オタクに優しいギャル
俺は地味なオタクだ。
放課後はアニメショップに直行し、休日はイベントに出かける。
クラスでは目立たず、ひとり静かに過ごしている。
そんな俺に、ある日 クラスのギャル が話しかけてきた。
「おっはよー! またそのTシャツ着てんの? 好きなんでしょ、それ?」
金髪にピアス、派手なネイル。
短いスカートに厚底のスニーカー。
いかにも陽キャなギャル――南 ひまり。
でも、彼女は俺をバカにしない。
むしろ、やたらと優しい。
「え、まじ? そのアニメ、映画になんの? やばくない?」
「この前、コミケ行ったんでしょ? どうだった?」
「えー、私もなんかオタクっぽいの興味あるんだけど! おすすめ教えてよ!」
話しかけられるたびに、俺は戸惑った。
なぜなら、こんな存在、現実にはいないからだ。
アニメや漫画ならわかる。
「オタクに優しいギャル」は、二次元にしか存在しない幻想のはず。
それなのに、彼女はいる。
しかも、俺だけに優しい。
最初はラッキーだと思っていた。
でも、だんだんと違和感が増していった。
たとえば――
ある日、俺が「最近気になるゲームがある」と言った。
次の日、彼女はそのゲームを買っていた。
「昨日のやつ、買っちゃった! やば、めっちゃ面白いんだけど!」
違和感①:昨日話したばかりなのに、もう買ってやり込んでる。
また別の日、俺はふと「最近、深夜に怖い動画を見るのが好き」と言った。
すると次の日、彼女は――
「昨日、怖い動画めっちゃ見ちゃってさー。おかげで夜中、変な声聞こえたんだよね!」
違和感②:俺の興味に異常なスピードで適応してくる。
それだけじゃない。
彼女が俺に話しかけるとき、周りのクラスメイトは――
まるで何も見ていないかのように無反応だった。
***
ある日、俺は決定的な場面を目撃する。
放課後、ひまりが誰かと話していた。
相手は、俺ではない。
「ねぇ、オタクくんさ、最近ホラー好きらしいよ?」
「ふーん、次はそっち路線にするか……」
次の瞬間、彼女が振り返った。
俺と目が合った。
「……あ。」
その瞬間だった。
彼女の顔が、瞬間的に歪んだ。
普段の笑顔とは違う、無機質な表情。
まるで、表情を作るのを忘れたマネキンのような顔。
俺は息を飲み、口を開いた。
「お前……オタクに優しいギャルなのか?」
ピシッ――
教室の空気が、一瞬で凍りついた。
その瞬間、彼女は一切の動作を止めた。
まるで時間が止まったように、微動だにしない。
次の瞬間――
いなくなった。
まばたきをする間に、彼女は消えていた。
俺は呆然と立ち尽くした。
周りのクラスメイトも、教師も、誰も気にしていない。
まるで最初からそこにいなかったかのように。
俺は無意識に席に戻った。
***
翌日。
俺はいつものように登校し、教室に入った。
そこには――
「おはよー!」
南 ひまり がいた。
昨日と同じ金髪、同じ服装、同じ笑顔。
でも――違う。
彼女は、もう俺を特別扱いしなかった。
昨日までのように、俺の趣味に興味を示すことはない。
「え、まじ? そのアニメ映画になんの? へぇ~」
話し方は変わらない。
でも、それ以上深掘りすることはなくなった。
俺の言葉に、適当に相槌を打つだけ。
まるで――
最初から、ただの普通のクラスメイトだったかのように。
周りのクラスメイトも、それを不審に思う様子はなかった。
俺は確信した。
昨日までの**「オタクに優しいギャル」**は、もういない。
俺がその存在を指摘した瞬間、リセットされたのだ。
そして、今日いるのは――
昨日までの「南 ひまり」と、同じ顔をした別人だった。
俺は静かに席に座り、深く息を吐いた。
知ってしまった。
「オタクに優しいギャル」は、この世界にはいない。
でも、それを演じる「何か」は、確かに存在する。
そして、決してその名を呼んではいけない。
さもないと――
次の日には、全てがなかったことになる。