目隠れ女
俺の通っていた学校には、「目隠れ女」と呼ばれる怪異の噂があった。
それは、放課後の校舎に現れる前髪の長い女の幽霊。
顔はほとんど髪で隠れていて、誰もその素顔を見たことがない。
でも、もし彼女の顔を覗き込んでしまったら――呪われる。
そんな話を聞いたのは、ちょうど去年の今頃だった。
***
あの日、俺は友達と居残りの作業をしていて、帰るのが遅くなった。
友達と別れ、校舎の裏門へ向かう途中、ふと視線を感じた。
廊下の隅に、女が立っていた。
古びた制服を着た、黒髪の女子生徒。
顔は長い前髪で覆われていて、表情は分からない。
ただ、不自然にじっと立っていた。
それだけなのに、異様な寒気がした。
俺は目を逸らして足早に通り過ぎようとした。
――その時だった。
「ねえ……」
低く、かすれた声。
心臓が跳ね上がる。
――話しかけられた。
でも、答えてはいけない気がした。
俺は無視して歩き続けた。
「ねえ……見て……」
ゾクッとした。
彼女の髪が、少し揺れた。
俺は反射的に、目を向けてしまった。
――見えてしまった。
髪の隙間。
目がない。
そこには、何もなかった。
目のあるべき場所が、ただ滑らかな肌になっていた。
息が止まった。
彼女の口元が、ゆっくりと歪んだ。
笑っている。
「見たね……」
その瞬間、校舎全体がぐにゃりと歪んだ気がした。
耳元で、**「見たね……」**と囁かれる。
俺は弾かれたように走った。
全力で校舎を飛び出し、家まで一気に駆け抜けた。
***
翌日、学校に行くと、妙なことが起きた。
クラスの皆が、俺の顔をじっと見つめる。
「……お前、なんか変じゃね?」
「昨日と……顔、違くね?」
鏡を見て、息を呑んだ。
――俺の顔が、ぼやけている。
写真でも、ガラスの反射でも、俺の顔だけが異様にぼやけている。
「見たね……」
昨日の声が、頭の奥で響いた気がした。
俺はその日から、学校を休んだ。
そして、二度と戻らなかった。
今も時々、鏡を見るたびに思う。
俺の顔は、まだ……ちゃんと見えているだろうか、と。