処ノ女(トコノメ)
親父の実家がある村には、ちょっと変わった風習があった。
その村では、若い男女が付き合うことを禁じられていたんだ。村の年寄りたちは「掟だから」としか言わないけど、実は理由がある。
それは「処ノ女」という存在のせいだ。
処ノ女は、その村にしか現れないと言われている。見た目はすごく美しい女で、背が高くて、どこか浮世離れした雰囲気を持っているらしい。でも、めったに人前に姿を見せない。
ただ、一度でも出会ってしまうと、必ずこう尋ねられる。
「あなたには、恋人がいますか?」
その時、「いる」と答えたら、もう終わりだ。
呪われる。最初は何の異変もない。でも、数日後から、夜中に妙な音が聞こえ始める。戸を叩くような音だったり、畳の上を何かが這いずる音だったり…。そうして、一週間以内に、その人は必ず死ぬ。
詳しいことを知っている人は少ない。なぜなら、呪われた人は決して助からないからだ。
俺は昔、夏休みに親父の実家へ遊びに行った時に、この話を初めて聞いた。最初はただの迷信かと思ってた。でも、その村では本当に若い男女の付き合いが禁止されているし、親戚の中には「あの人も処ノ女に…」と噂される死に方をした人が何人かいるらしい。
そんなある夜、俺は布団の中でふと目が覚めた。外は月明かりで薄暗い。何となく嫌な気がして、ふと障子の向こうを見たんだ。
そこに、いた。
障子の向こうに、すらりとした影が立っていた。
女だった。
ゆっくりと、障子の隙間から覗き込んでくる。美しい女の顔が、ゆっくりと、ゆっくりと俺の方を見つめる。唇が動く。
「あなたには、恋人がいますか?」
俺は答えなかった。息を殺して、目を閉じた。
どれくらい時間が経ったかわからない。でも、いつの間にか気配は消えていた。
翌朝、村のばあちゃんに話したら、ひどく青ざめた顔で言われた。
「絶対に、答えてはいけないよ」
あれから、親父の実家には行っていない。行くつもりもない。
処ノ女が、まだそこにいるかもしれないから。