【コミカライズ決定】真実の愛を見つけられた婚約者様を、全力で推しておりますの!
推し活物に挑戦しました。
「リーシャ様、またご覧になっていますわ」
「さぞお怒りなのでしょう」
「いつもお持ちのあのノートには、不貞の証拠が書き留められているという噂ですのよ」
木々の陰に隠れて中庭を見つめる私を見て、同級生の令嬢方が、噂されています。
ここは貴族学院。この国の貴族の子女が通う学園です。そして、私の視線の先にいらっしゃるのは、この国の王太子であるアレク様。私——リーシャ・シュナイダー公爵令嬢の婚約者様です。
初めてアレク様にお会いした瞬間、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。なんて素敵な方なのでしょう。それは完全なる一目惚れでした。以来、私はずっとアレク様に夢中でした。
しかし今、アレク様の隣にいるのは、私ではありません。いったいなぜか。理由は明白。アレク様は、真実の愛を見つけられたのです。アレク様の隣に立ち、上目遣いでそのお顔を見上げていらっしゃる彼女は、ミリア・ダーネル様。どこか幼げな雰囲気の、愛らしい子爵令嬢でいらっしゃいます。
しかしその時、ふとアレク様が顔をこちらに向け——いけませんわ、このままでは気づかれてしまいます。私が慌ててその場を離れましたところ——あら? 何かにぶつかって、地面に倒れてしまいました。
「大変失礼いたしました……! お怪我はありませんか?」
心配そうな表情で手を差し出されたこの方は……。そうですわ、カイン・フォンディーヌ伯爵令息。確か、ミリア様の婚約者でいらっしゃったはず。もしかして、カイン様も、お二人の逢瀬をご覧になっていたのでしょうか。
と、それどころではありませんわ! 私は重要なことに気が付きました。持っていたはずのノートがないのです! いったいどこにいってしまったのです!?
あっ、ありましたわ! 私は傍らに落ちていたノートを慌てて拾い上げ、
「いいえ、私の方こそ前をよく見ていなかったものですから。では、これで失礼いたします」
と、足早にその場を離れました。
ふう、危ないところでした。このノートだけは、誰にも見られるわけにはいかないのです。
さて、その後。誰もいない空き教室で、私はようやく一息つきました。人の寄り付かないこの場所は、一人で過ごすには絶好の穴場なのです。そして、いつもと同じように、こっそりとノートを開き——
な、何ですの、これは……! 私は一心不乱にページをめくります。まさか、そんな……。こんなことがあるだなんて……!
私はノートを閉じ、勢い良く立ち上がりました。とにかく、今すぐカイン様にお会いしなければ!
急いで中庭に舞い戻ったところ、ちょうど向こうからも駆けてくる男子生徒が一人。カイン様です。その腕には一冊の本——私のノートが抱えられています。
「カイン様、でしたわよね。私、あなたを探しておりましたの」
「私もです。リーシャ様」
出会った場所で、私たちは再び向かいあいました。
緊張感漂う雰囲気の中、しばらく無言で見つめ合った後、
「あなたは天才でいらっしゃいますわ!」
「あなたは天才でいらっしゃいます!」
私たちは同時に叫びました。
「失礼ながら、ノートの中身を拝見いたしました」
私は自分の持っていたノートをばっと開きました。これはカイン様のノートです。あの時、私たちのノートは入れ替わってしまっていたのです。
「これはアレク様とミリア様ですわよね」
カイン様のノートを見て、私は震えました。そのページはどれも、アレク様とミリア様——通称アレミリ(そう呼んでいるのは私だけでしょうか?)の絵で埋め尽くされていたのです。
「なんて……なんて素晴らしいのでしょう! アレミリの関係性、そのえもさが濃縮されていて、控えめに申し上げて最高です! まさに神絵師という称号に相応しい……」
「いえ、リーシャ様こそ素晴らしい!」
カイン様もすかさず、私のノートをばっと広げられました。ノートの中は、どのページも、細かい文字でびっしりと埋め尽くされています。私がずっとノートに書き留めていたもの。それは、アレク様とミリア様の小説だったのです。
「リーシャ様の筆によって紡がれる、二人の内に秘めた熱い思い。その繊細な描写に、何度涙を流しそうになったことか。まさに天才……」
「この構図が……」
「このシチュエーションが……」
私たちはしばらく互いの作品について語らった後、
「ですが、一番素晴らしいのは……」
「そう、素晴らしいのは……」
声を合わせ、
「原作ですわよね!」
「原作でしょう!」
原作——つまるところ、現実のアレク様とミリア様。
「ミリア様のあざとさといったら、たまりません! 研究しつくされた表情、台詞、仕草……。あの方は完全なる小悪魔ヒロインでいらっしゃる」
「それに翻弄される純粋なアレク様も、本当におかわいくていらっしゃいますわよね!」
「はい! それなのに、一生懸命かっこつけようとなさって……。そのご様子を見ていると、胸がこうぎゅっと……」
「そうなのです! ミリア様の方が年下なのに、実はリードしているという関係。だけど、それに気付かないアレク様。ああ、いいですわ! 尊いですわ!」
「分かります! 萌えは関係性なのです!」
ひとしきりアレミリについて語り合った後、
「同士よ……!」
私たちは固く手を握り合いました。
その後、ひとまず、私たちは落ち着いて話せる場所——私行きつけの空き教室へと移動しました。
ああ、それにしても、まだ感動が収まり切りませんわ……! アレミリを推している方が、まさか私以外にもいらっしゃったなんて……!
「でも、意外でしたわ。カイン様はてっきり、お二人の関係を苦々しくお思いになっているのかと」
「私もです。リーシャ様はお二人の仲を憎まれていると、生徒たちの間では専らの噂ですから」
学園内では、アレク様とミリア様の仲をよく思っていない生徒が大半です。そして、その筆頭が、婚約者である私、そしてカイン様であると認識されているようで。
「だって私は、アレク様のことが大好きなのですもの。その幸福を応援するのは当然のことでしょう?」
「私の愛するミリア様。彼女が夢中になるお相手なら、まとめて推し申し上げるに決まっています」
うんうん、と私たちは頷きます。
「なぜなのでしょうね。私たちはこんなにもアレミリを推しておりますのに」
「本当に。ぜひ皆様にも、アレミリの良さを知っていただきたいものなのですが」
「……カイン様、私に一つ考えがございますわ」
実は、カイン様の絵を見た時から、一つ思っていたことがあったのです。
「私が文を、そしてカイン様が絵を担当し、二人でアレミリの絵物語を創作するのはどうでしょう。私たちの手で、アレミリを皆様に布教するのですわ!」
私は拳を握りしめました。
「布教……」
カイン様は目をまじまじと見開いた後、
「ぜひ! ぜひやらせてください!」
と、前のめりになっておっしゃいました。
*
かくして、アレク様とミリア様の愛の物語『君と真実の愛を』、通称『キミシン』の連載は始まったのです。更新は三日に一度。学園内にある、数か所の掲示板に張り出すことにしました。
気付けば私たちは、空いた時間はずっと空き教室に籠るようになっていました。それぞれが仕入れたアレミリのエピソードを交換し、二人でぎゃあぎゃあ身もだえた後、それを作品に落とし込む。ああ、なんて充実した日々なのでしょう。推し活は一人でするのも良いですが、尊さを分かち合える仲間ができると、こんなに楽しいだなんて……!
そして、連載開始から一月。
「ねえ、『キミシン』の最新話、もう読まれました?」
「もちろんですわ! この学園の生徒で、もはや読んでいない者などおりませんもの」
「まさか、あのお二人にあんな物語があっただなんて……」
「ええ。以前はお二人の交際に反対しておりましたが、いつの間にか応援するようになってしまって」
「『キミシン』と言えば、絵も最高だよな!」
「ああ! ミリア様がかわいいのなんのって!」
「あら、アレク様もかっこいいですわ!」
「それにしても、いったい誰が作っているんだ……!?」
「神だ! 創作の神だ! そして、アレミリは神の祝福を受けた、至高のカップルなんだ!」
『キミシン』は爆発的人気を博していました。その結果、アレク様とミリア様への反対ムードはやわらぎ、今では、学園中がお二人の恋路を応援するように。
「これほどまで人気になるとは、やはりリーシャ様の物語が素晴らしいのでしょうね」
「いいえ、カイン様の美麗な絵があってこそですわ」
『キミシン』を製作しながら、私とカイン様は言葉を交わします。
さて、それからまた一月。アレク様とミリア様の関係は、ついに国の上層部の耳にまで入ったようです。王太子と子爵令嬢の恋。しかも、二人にはそれぞれ婚約者も決まっている。このことは大きな問題とされているとか。
「そのせいでしょうか。最近はお二人がご一緒にいらっしゃるのを、滅多にお見かけしなくなりましたわね」
そんなお二人を見た生徒の中には、とっくに愛は冷めたのだとか、王太子妃になれないと気付いたミリア様が別れを切り出したとか、勝手な憶測を述べる者も一定数いるようで。
「ああ、身分差故に苦しみ、あえて離れようとなさるお二人……! しかし、離れれば離れるほど、互いの存在の大きさを思い知ることに……。ああ、その内面の葛藤を、ぜひ表現しなければ!」
「会いたいのに会えない、お二人の切ない表情……。描きがいがありますね!」
一方で、私たちの創作熱はさらに盛り上がっていました。
そんな折、
「リーシャ、君に話がある」
私はアレク様に呼び出されました。
「いったいどうなさったのです、アレク様?」
「君が僕とミリアのことに怒っていることは知っている。だが、違うんだ。ミリアとは単なる一時の遊びというか……。色々あって、結局合わないと分かって、その、もう愛は冷めたんだ。だから、許してはくれないだろうか。考えた結果、やはり僕にはリーシャが相応しいと気付いた。だから、もう一度僕と……」
「いいえ、アレク様。そのようなことをおっしゃる必要はありません」
私はアレク様のお言葉を遮りました。
「私はお二人を心から応援しておりますの。私だけではありません。『キミシン』読者は皆、アレク様とミリア様の味方です。ですから、アレク様は絶対に、ミリア様と真実の愛を貫いてくださいませ。それがアレミリファンの総意でございます」
「き、君は何を言って……」
「ということで、私はこれで失礼いたしますわ」
「ま、待ってくれ、リーシャ!」
アレク様を置いて、私は駆け出しました。なんということでしょう! 物語が大きく動きましたわ! 早くカイン様にこの新展開をお伝えしなければ!
「カイン様! 大変ですわ!」
私が教室に駆け込んだところ、しかし、当のカイン様がいらっしゃいません。いつもは私よりも早くいらして、作業場所を整えてくださっているのに。
それから待つことしばらく、
「お待たせして申し訳ありません、リーシャ様!」
と、息を切らしたカイン様が、教室に飛び込んでこられました。
「大イベントが発生したのです! なんと、ミリア様が私を呼び出されて……」
「まあ、カイン様もなのですか!? 実は私も先ほどアレク様に呼び出されましたの!」
私たちはすぐさま情報を共有しました。
ミリア様がおっしゃることには、アレク様とは、一時の火遊びに浮かれていただけ。王太子と付き合ったところで、王太子妃にはなれないと分かって、もうやめることにした。だから、カイン様とよりを戻したい、とか。おおむね、アレク様が私におっしゃった内容と似たようなものです。
「なるほど、つまりそういうことなのですね」
「ええ、そうに決まっています」
一つの結論に至った私たちは、
「無理やり言わせられているのですわ!」
「無理やり言わせられているのでしょう!」
と、頷き合いました。
「まさか、お二人の本心であるはずがありません。だって、お二人は真実の愛のお相手同士なんですもの」
「ええ、圧力です。若い二人の恋を引き裂こうなど、なんて残酷な……!」
推しの身に降りかかる災いに、私たちは激しく動揺しました。
「このままでは私たちの愛するアレミリが引き離されてしまいます! だとして、私たちはそれを、黙って見ていることしかできず……」
カイン様は唇をかみ、うつむいてしまわれました。
しかし、
「いいえ、諦めてはなりませんわ」
と、私はきっと顔を上げました。
「推しが苦難に直面している時こそ、ファンである私たちが支えなければ。私たちの『キミシン』で、人々の心を、ひいてはお二人の運命を動かすのです。打ちひしがれている場合ではありません。さあ、やりましょう! 私たちにできる、最高の推し活を!」
そう言うが早いが、私は『キミシン』次話の執筆に取り掛かりました。
「リーシャ様……」
カイン様はそう呟かれた後、
「あなたのお覚悟、伝わりました。私も全力で取り組みます。二人で『キミシン』を最高の作品にしましょう」
と、ペンを握られました。
残酷な運命。引き裂かれた二人。そして、離れて通う二人の気持ち。『キミシン』は今や佳境に入りました。そして、現実のカイン様とミリア様の物語もまた、クライマックスに向け、動き出したのです。
*
「今回、そなたらを呼び出したのは他でもない」
と、国王陛下が、重々しく口を開かれました。
私は今、御前会議に出席していました。アレク様とミリア様の件について、ついに国王陛下が直々に裁かれることとなったのです。陛下、そして国の重鎮方の前に、アレク様とミリア様、そしてその婚約者である私、そしてカイン様が呼び出されています。
「アレクよ。そなた、婚約者であるリーシャ嬢を捨て置き、こちらのミリア嬢に現を抜かしているらしいな。私の耳にまで入ってきているぞ。一時の感情で婚約者をないがしろにするなど、愚の骨頂。もはや醜聞は学園中に広まっているというではないか。公爵家、ひいては我が王家の顔にまで泥を塗ったその行為、決して許されることではない」
陛下の凄みに、アレク様は小さくなってしまわれ、何もおっしゃれないご様子です。
そこで、
「いいえ、それは違います」
と、私が立ち上がりました。
「アレク様とミリア様は、真実に愛し合っておいでです。決して一時の浮ついた気持ちなどではありません」
「私からもお願いいたします。アレク様とミリア様のお心を汲み取り、どうかお二人の仲を認めてはくださいませんでしょうか」
と、カイン様も立たれます。
「陛下、どうかこれを読んでくださいませ」
今までのストーリーをまとめ、製本した、『キミシン』完全版を、私は陛下に差し出しました。
「これは……?」
「お二人の愛の軌跡ですわ。どうかご一読を」
その間に、カイン様は他の方々に『キミシン』を配られます。御前会議が決まった時から、私たちは、寝る間も惜しみ、全員分の『キミシン』を作成したのです。そのために、私たち二人の右手は、ペンだことインク汚れでぼろぼろになっています。
「な、なぜ『キミシン』をあなたたちが持っているの……!?」
「まさか、君たちが『キミシン』を書いていたのか……!?」
隣では、ミリア様とアレク様が青ざめていらっしゃいます。婚約者である私たちが、『キミシン』でお二人を応援していたなど、にわかには信じられないのでしょう。
そして、いよいよ『キミシン』は陛下、そして重鎮方の目に触れることとなりました。皆様の手がページをめくるのを、私とカイン様は、固唾をのんで見つめます。
お読みになることしばらく。陛下はついに冊子を閉じられました。
「知らなかった。二人がこんなにも愛し合っていたなど……」
その頬を、一筋の涙が伝っています。
「そ、そんな、父上、私はミリアのことなどもう……!」
「陛下! 私もアレク様とは……!」
「もうよい。そなたらの愛、十分に伝わったぞ」
お二人を制止なさる陛下の横で、重鎮方もしきりに頷いていらっしゃいます。
「しかし、王太子であるそなたが、子爵令嬢と結ばれることはできない。それは理解しているはずだ。また、秩序を乱した罪も重い」
厳しいお顔の陛下は、しかし最後、
「よって、アレク。そなたを辺境伯とし、ミリア嬢と二人まとめて辺境行きとする。辺境の地で、二人、いつまでも幸せに暮らすのだぞ」
と、表情を和らげられました。
瞬間、重鎮方は立ち上がり、場は拍手と歓声で埋め尽くされました。そんな中、アレク様とミリア様だけが死んだように沈黙なさっていて、きっとあまりの喜びに、放心状態になってしまわれたのでしょう。
「良かったです……。本当に」
私を見ながら、カイン様は泣きそうな顔で微笑まれました。
「ええ、そうですわね」
私もそれに微笑み返しました。
こうして真実の愛は成し遂げられたのです。
*
アレク様とミリア様は今朝方、王都を旅立たれました。あれ以来、お二人は一言も口をきいていらっしゃらないのだとか。きっと万感の思いに貫かれていらっしゃるのでしょう。
「『……二人はいつまでも幸せに暮らしました』、と。後はこれを掲示したらおしまいですわね」
そして、『キミシン』もついに最終回を迎えました。
「なんでしょう……この気持ちは」
私は呟きます。
「推しがいなくなってしまうというのは、こんなにも寂しいものなのですわね」
同意してくださるかと思ったカイン様は、しかし、
「私にはもう新しい推しがいますよ」
と、信じられないことをおっしゃいました。
驚いて顔を上げると、
「あなたが私の推しです、リーシャ様。これからも、天才作家リーシャ様を推させてくださいませんか?」
と、カイン様が真っ直ぐな瞳で私を見つめ、手を差し出していらっしゃいました。
「もちろんですわ! 私も神絵師カイン様を推しておりますもの!」
私はその手を取り、再び固く握り合いました。
「ああ、でも……コラボなさるなら、ぜひこれからも私を呼んでくださいませ。カイン様が他の方と合作なさるなんて……なんだか嫉妬してしまいそうなのです」
そう言いながら、なんだか頬が熱くなる感覚があって、何なのでしょう、これは。まあ、いいですわ。とりあえず、私たちの推し活はまだまだ続きそうです。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。まだまだ勉強中ですので、ぜひアドバイスなどいただけると嬉しいです。
追記を失礼いたします。12月13日に、「押し付けられ令嬢ですが、姉の身代わりに嫁いだら、まさかな結末になりました。」という身代わり物を投稿しました。まだあまり読んでいただけていないので、よろしければそちらもお読みいただけると幸いです。