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3:エリーシャとエリアンナ

 幼い頃から両親はエリアンナのことばかり可愛がっていた。

 エリアンナは私と全く同じ顔だけれど、愛嬌があり、甘え上手な子供だった。

 それでもまだ、明確な差別はされてはいなかったと思う。


 おかしいと思うようになったのは、わりと最近。ちょうど、王立魔法学園に入学する前後のことだろうか。


 学園では入学前に課題レポートを提出し、その成績がトップであれば主席として新入生代表の挨拶をすることになっている。そして私はかなりの努力をし、手ごたえも感じていた。


 もしかしたら首席になれるかもしれない。そんな期待に胸を膨らませていた。

 しかし、新入生代表に選ばれたのはエリアンナだった。


 ただ、レポートの内容で負けたのならなんとも思わなかった。もっと精進しようと思うだけだ。しかし、返却されたレポートを見て、私は愕然とした。

 レポートは私のものではなかったのだ。

 名前欄にこそエリーシャ・アーレントと書かれているけれど、私の字ではなくエリアンナの筆跡に見えた。


 このレポートは、エリアンナが自分で提出したいと言い張り、私の分も一緒に持って行ってくれたのだ。

 ──つまりエリアンナが名前を書き換えて提出したとしか考えられない。


 私は両親に訴えた。


「エリアンナが不正をしたとでも言いたいの?」

「エリーシャ、自分のレポートの出来が良くなかったからと言って、エリアンナのせいにするのは良くないことだ」

 

 しかし両親は聞く耳を持たなかった。

  

「あなたは真面目が取り柄の子だと思っていたけれどガッカリよ!」

「エリアンナを見習って、もっと努力しなさい」


 ──どうして信じてくれないの?


 私は言葉を尽くして訴えたが、両親の視線は冷たくなる一方。

 急に両親が言葉の通じない存在になってしまったかのようで、私はわかってもらうことを諦めてしまった。


 それからもおかしなことが続いた。

 街で体調不良の人を見かけ、私が応急処置をし、病院まで付き添ったことがあった。しかし、いつのまにかエリアンナがしたことになって表彰されていた。

 その逆に、エリアンナが花瓶を壊したのを、私のせいにされたこともあった。


 そんなことが次第に増えていき、両親はますますエリアンナを大切にし、私を疎んじるようになった。

 屋敷の使用人も両親の態度に倣い、私の扱いはどんどん悪くなった。見かねた叔父が両親に意見してくれたが、何も変わらなかった。



 極めつけは夜会のドレスだった。


「エリアンナ、新しいドレスを作ろうか。次の夜会に着ていけるようにね」

「嬉しい! お父様、大好き!」


 私はもうしばらく新しいドレスなんて作ってもらっていなかった。同い年なのに、エリアンナのお下がりのドレスばかり。

 お下がりをなんとか工夫して着ていたが、それでも成長期なので、サイズの問題はどうしようもない。

 さすがに誤魔化しようもなく、きつくて着れなくなってしまったのだ。


「あ、あの、お父様、私も新しいドレスを……」


 おそるおそる申し出たが、父は眉を寄せ、痛そうに額を押さえる。


「はあ……ドレスドレスと、強欲なことばかり言って。まったく、誰に似たんだか」


 強欲も何も、私にはまともに着れそうなドレスがないのに。

 俯く私に、エリアンナはクスクス笑う。


「大丈夫よ。エリーシャにはこのドレスをあげる」


 エリアンナが私に押し付けたのは、眩しい黄緑色のドレスだった。


「この黄緑色、今年の流行りの色らしいけれど、私の髪の色にしっくりこなくて似合わなかったのよねー。サイズは同じだし、エリーシャが着てちょうだい。ほら、お望みの新品のドレスよ。よかったわね」

「あ、ありがとう……」


 両親はドレスを譲ったエリアンナを優しい子だと褒め称える。

 エリアンナに似合わないのなら、そっくりな私にも似合わないのに。


 自室の鏡の前で当ててみると、確かに色味の強い赤毛と鮮やかな黄緑色が反発して目に痛いくらいだ。


「そうだわ」


 私は何年も前に買ってもらった黒いショールを羽織る。思った通り、髪の赤色と黄緑色が隣接しなければ、少し落ち着いて見えた。


「うん、いいかも。あとは黒い糸で刺繍もしてみましょう」


 黒い糸でドレスにレースの形に刺繍をしてみると、鮮やかな色味が落ち着き、流行の黄緑色を使いつつもシックな雰囲気になった。


 そうやって手間暇かけたドレスだったが、エリアンナに奪われてしまった。

 エリアンナが両親に泣きついたのだ。


「エリーシャったらひどいわ。ドレスを自慢してくるのよ! 私があげたドレスなのに……」

「エリーシャ、エリアンナにそのドレスを返してあげなさい」


 私は着られるドレスがなく、欠席するしかなかった。

 エリアンナは意気揚々と私のドレスを着て出かけ、夜会で褒められ、髪色に似合うように工夫したと、さも自分でやったかのように言ったらしい。

 センスがある、刺繍が上手だと評判になったようだった。



 エリアンナの評判は屋敷内にだけに留まらなかった。

 エリアンナはすぐに学園の人気者になり、いつも大勢の友人に囲まれ、楽しそうにしている。


 そして逆に、私は知らない生徒に悪い噂を流されていた。


 夜会で男性を侍らせ、遊びまくっているとか、婚約者がいる男性に言い寄ったとか、下位貴族の生徒に暴言を吐いたというものもあった。

 どれもまったく覚えがないが、弁明を聞いてくれる相手はいなかった。


 教室は針の筵で、休み時間は逃げるように図書館で過ごした。

 静寂の中、本を読んでいる時だけは私の悪い噂も、エリアンナの噂も流れてこない。


 それに、図書館では時折、第二王子のユリウス様を見かけたからだ。

 白皙の彫刻のような綺麗な顔をして本を読んでいるユリウス様。

 その横顔をそっと眺めながら本を読むひとときだけが、幸せを感じる時間だった。


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