20:そして、エリーシャは
ゲームには悪役令嬢エリーが双子だった記述はなかった。
そもそも前世の記憶を持つ私という存在自体がイレギュラーなのだ。そのせいで色々変わってもおかしくはない。
とにかく、悪役令嬢エリーの断罪は少し違う形で終了した。
エリアンナ・アーレントは死んだことになり、犯罪はエリーという貴族を騙る庶民の娘の仕業ということになった。
そして、エリーは北の修道院に送られることが決まった。
呪いは魔法を使った犯罪の中でも刑が重いらしく、生涯出られる見込みはないとのことだ。
両親は今回の責任を取り、監視付きで遠方の小さな屋敷で暮らすことになった。いわゆる蟄居である。贅沢から無縁な生活になることだろう。
そして私に唯一優しかった叔父が公爵を継ぐことになっている。
屋敷もエリアンナの息がかかっていた使用人は全ていなくなり、何人かはエリーの共犯として逮捕された。
ユリウス様は終始氷のような冷たい目で粛々と処分を行っていたが、不意に私を振り返り、不安そうな目で見つめてくる。
「……リーシャ、僕のことが怖くなってしまったかな」
私は首を横に振った。
「いいえ! ユリウス様は公正でお優しい方ですわ。あの方たちはご自分で罪を重ねたのですもの。ユリウス様はそれを裁いただけでございましょう? そして、何もしていないわたくしをユリウス様は信じてくださいました。わたくしにとって、それが真実ですわ!」
「ありがとう、リーシャ」
「お礼を言うのはこちらですのに。ユリウス様には感謝しております」
「……君に嫌われたら生きていけないところだったよ」
ぎゅっと抱きしめられ、私は笑う。
ユリウス様にはちょっぴり腹黒なところがあるのは事実だ。ゲームでも純粋なキラキラ王子様キャラというだけではなかったし。
けれど、それは王族として必要なことを行っているからだ。
人を好きになるように、嫌いになることだって当たり前の感情で、人の心を無理矢理変えることはできない。人が綺麗な面だけでないことは私もよく知っている。大切なのは、嫌いという感情をどう扱うかだと思う。
エリアンナが呪いをかけたからだとしても、両親や使用人は、嫌いになった私への態度を取り繕うことをしなかった。
だからエリアンナのことも止められなかったのだし、その責任は取る必要があると思っている。
心根が清い方がいいのは当然だけれど、清くあろうと努力することだって素晴らしい。実際の心がどうであれ、いつも正しくあろうと律しているユリウス様はとても立派だし、そういうところも素敵だと思うのだ。
「ですが、どうしてこんなにもユリウス様がわたくしを好いてくださるのかは謎ですわ」
「そう? 僕としては当たり前に君を好きになっただけだよ。君がか弱いだけの存在ではないのを知っている。努力家なところや、芯が強いところ、諦めない心も。僕にはリーシャの全てが眩しくて、愛しいんだよ」
「ユリウス様……わたくしも、ユリウス様のことが好きですわ」
ユリウス様は私の唇にそっと甘いキスを落としたのだった。
※※※
そして、断罪の後。
私が突然、悪役令嬢口調になってしまった時は、てっきりシナリオの強制力によるものかと思っていたのだが、実のところエリアンナの呪いの効果だったらしい。
なので光魔法が得意で聖女と名高い雪乃にこの呪いを解いてもらうことになった。
雪乃が私の手を握り、祈りの言葉を呟く。次の瞬間、部屋中を塗りつぶす眩しい光にギュッと目を閉じた。
「エリーシャ、どう?」
「ええ、ちょっとすっきりしたような気がするけど。私……うん、呪いは解除されたみたい」
久しぶりの自分の口調が出てくる。
「いつもの『わたくし!』ってビシッとした感じがないね。よかった、成功した」
「ありがとう、雪乃」
なんでも、道化になるという呪いだったらしい。
それがどうして悪役令嬢口調になったのか。私のイメージ的なものが関係していたのかもしれない。
「なんだか落ち着かないかも……。あ、せっかく呪いを解いてもらったのに、ごめんね」
そんな私に雪乃はクスッと笑う。
「まあ、呪いは体調に悪影響出ることもあるし、解いてよかったよ。でも普通の口調のエリーシャって新鮮。おとなしそうな感じがするね」
「や、やっぱりそうかな? 私、あの口調になって、やっと言いたいこと言えるようになったものだから……」
私は離れたところで待っていてくれたユリウス様をチラッと見る。
「ユリウス様、あの……変じゃないですか?」
おかしなことに、悪役令嬢口調に慣れた今ではいつもの口調の方が、自信がなくなってしまう。
「リーシャはどんな口調でも魅力的だし、世界で一番可愛いよ」
「ユリウス様……」
「おやおや、ごちそうさまです」
「ゆ、雪乃!」
雪乃に混ぜっ返され、私は熱くなった頬を押さえる。
「ええと、その、私……」
恥ずかしさに言葉がなかなか出てこない。
「ひゅーひゅー」
「んもう、雪乃! いい加減にしてくださいましっ!」
囃し立てる雪乃に、気がついたら悪役令嬢口調が飛び出していた。
「……あれ、呪い解けてなかった?」
「ううん。解けてる。でも、このままの口調だと緊張してしまって」
だから、と私は大きく息を吸う。
「わたくし、これからもこの口調で参りますわ!」
とびっきりの大きな声が出る。ああ、すっきり。
ユリウス様も雪乃も目を丸くして、それから弾けるように笑った。
「リーシャ、君は最高だよ。いつも僕を楽しませてくれる」
「ユリウス様、こんなわたくしでよろしくて?」
「もちろんさ」
「うんうん、私もどんな口調でもエリーシャのこと好きだな」
「もう呪いではございませんから、時と場合に寄って使い分けする予定ですわ」
手をビシリ、と口元に当て、私は笑う。
ただのプラセボ効果かもしれないが、この口調なら強くなれる。誇り高い自分でいられる気がした。
大切な友人と、愛する人のそばで、私はこれからも笑い続ける。
悪役令嬢のように、高らかに。
「わたくし、幸せですわ!」
おわり
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