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2:破滅ルートだけはご勘弁を

 前世の記憶によると、悪役令嬢エリーはユリウス様の形だけの婚約者で、ゲームの主人公に嫌がらせの限りを尽くす。

 さらに法で禁じられている呪いを用いて主人公を亡き者にしようとするのだ。

 それがバレて、ユリウス様から直々に断罪されてしまう。


 どのルートでも悪役令嬢エリーの末路は変わらない。

 最終的に極寒の地にある、修道院とは名ばかりの女性犯罪者用施設に収容され、生涯強制労働をすることになってしまう。


 ──そんな破滅ルートだけはごめんだわ。


 そして、エリアンナがユリウス様には恋人がいると言っていた。すでに乙女ゲームの主人公はユリウス様のルートに入っている可能性がある。


 破滅から逃れるためにどうするべきか。頭をフル回転させる。


 そうだわ。

 こちらから先に、恋人がいらっしゃるなら邪魔をしませんと宣言してしまうのはどうかしら。

 敵ではないと示して穏便に婚約解消をしてもらえばいい。


 婚約解消された後は私は実家から追い出されるかもしれないが、前世の記憶を使えば、なんとか生きていけるだろう。

 ……まあ、不安だけれど、破滅に比べれば……。


「どうかした? 緊張しているのかな?」


 ユリウス様にそう問いかけられて私はハッとした。

 急に記憶が蘇ったことで、目の前のユリウス様を放って、色々考え込んでしまっていたのだ。


「し、失礼いたしました」


 内心では慌てながらも、礼儀正しくカーテシーをする。節度ある挨拶をし、それから婚約についての話をしよう。そう思って口を開く。


「このわたくしがユリウス様の婚約者、エリーシャ・アーレントですわ! どうぞお見知りおきくださいまし!」


 ──は?


 いやいやいや。

 私はごく普通に名乗り、よろしくお願いします、と言おうとしたつもりだった。本当に。


「ええと……エリーシャ?」

「ええ、わたくしがエリーシャでございますが、何か?」


 口が私の意思に反したように、変な言葉が飛び出してしまう。


 ほら、ユリウス様もドン引きしてる!


 何これ。

 悪役令嬢の呪いか何か? 

 それともシナリオの強制力とかそういう謎パワー?

 もしかして、婚約初日で断罪破滅ルート!?


 言葉だけではない。

 声自体もいつもより少し高く、声量も大きい。堂々とした声だ。


 さらに、まるで悪役令嬢エリーそのもののように、背筋はピンと伸び、胸を張ってしまう。やりすぎてふんぞり返って見えるくらいだ。


 手は勝手に扇を広げ、バッサバッサと仰いでしまうし、誤魔化すために軽く微笑むつもりだったが、口に手を当て、オーッホッホッホと高笑いが出た。


 おかしなエセお嬢様口調──いえ、悪役令嬢口調とでも言うべきか。

 こんな口調は、本物の公爵令嬢ながら今まで一度も使ったことなどない。


 泣きたい気持ちだけれど、表情も自信満々といった悪役令嬢エリーのままなので、どうにもならない。


 ダラダラと汗が流れる。

 そのままドロッと溶けて、ユリウス様の前から消え失せてしまいたい。


 そっとユリウス様を窺うと、彼は口元を押さえ、わずかに震えているようだった。


 それはそうだろう。

 いきなりこんな態度を取るおかしな女が婚約者として現れたなんて、恐怖でしかない。


 ああ、このまま私は衛兵を呼ばれて拘束され、破滅RTAになってしまうんだわ。


 目の前が真っ暗になった──その時。


「──ふ、ふふっ、エリーシャ、君って面白い子だったんだね」


 ユリウス様はクスクスと笑っていた。


 あれ?

 気にしていない?


 震えていたのは笑いを堪えていたからのようだ。


 黙っていると整いすぎて彫刻のように感じる美形だけれど、笑うと目尻が垂れ、親しみやすい雰囲気になった。隠し味として可愛さをひとつまみ、という感じ。


「今更だけれど、君のことをエリーシャと名前で呼んで構わないかな?」


 そう聞かれて、今度こそいつも通りの口調で承知しようとする。


「ええ、わたくしのことはエリーシャとお呼びになって構いませんことよ!」


 しかし出るのは、相も変わらずおかしな口調。


 正直、不敬罪待ったなしのはずだけれど、ユリウス様は咎めるどころかニコッと微笑み、手を差し出した。


「エリーシャ、今日からよろしく」

「え、ええ!」


 握手を求めているらしい。

 私はこれ以上おかしなことにならないように祈りながら手を差し出すが、勝手に指がピンと伸び、ビシッとポーズを決めてしまう。


 ……何をやっても高慢な悪役令嬢仕草になっている。


 握手をするのだと思っていたのだが、ユリウス様は微笑みを浮かべたまま、私の手を恭しく取った。


 え、と思う暇もなく、ユリウス様は私の手の甲にそっと口付けを落とした。


 心臓がドンッと飛び跳ねる。声が出ない。


「君が婚約者で嬉しいよ、エリーシャ」


 蜂蜜のような甘い声。甘い甘い微笑み。

 さっきとは別の意味で、全身が溶けてしまいそうだった。




 呆然としたまま帰宅した。


 頭が混乱したのもあって、婚約の解消を打診することまで気が回らなかった。


「……ですけれど、初日に婚約破棄されることは免れましたわね」


 独り言でさえ悪役令嬢のような言葉になってしまう。


 それどころか、不思議と気に入られた気がする。

 何故かはまったくわからない。


 今日のことを思い返す。

 ユリウス様の顔を見たら急に記憶が戻ったのだ。しかし、私はユリウス様を初めて見るわけではない。


 ユリウス様も私も王立魔法学園の学生だ。学年はユリウス様が一つ上だけれど、第二王子ともなれば目立つし、間近で顔を合わせたこともある。


 その時との違いはといえば。


 ──やっぱり、このドレスかしら。


 真っ赤でド派手なこのドレスは、ゲームの断罪時に悪役令嬢エリーの着ていたドレスと同じ。


 ドレスとユリウス様の顔の両方が引き金になって記憶が蘇った、とか?


 そこまで考え、不意に、手の甲に口付けられた感触を思い出してしまった。

 心臓がドキドキと激しい音を立てている。


 優しい声も微笑みも、私にとって久方ぶりの温かさだった。

 


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