19:悪役令嬢エリーとは
突然、網膜を焼くような光が差し込む。地下室の扉が開いたのだ。
「あ……」
眩しさに思わず目を閉じると、回転するような激しい眩暈がした。
「──リーシャ!」
聞き間違いではない。ずっと聞きたいと願っていた声。
「……ユ、リウス、様」
フラッと体が傾ぐ。
ああ、もう、ダメ。
土魔法で作った足場の上にいた私はバランスを崩し、そのまま石の床に投げ出される。
落ちる!
そう思ったのに、しばらく経っても痛みはやってこない。
その代わり、私はユリウス様の温かな腕に抱き留められていたのだった。
「リーシャ」
優しい声を聞きながら、私の意識は闇の中に飲まれていった。
温かさに目を覚ますと、私はソファに座っているユリウス様に抱きかかえられていた。
「ユリウス様……!?」
「リーシャ、目が覚めたんだね」
「ここは……」
「屋敷の居間だよ。ああ、無理に起き上がろうとしないで、ゆっくりでいいからね」
私は目を瞬かせ、ゆっくり上体を起こす。
背中をユリウス様が支えてくれた。ユリウス様の胸元にもたれかかる体勢になり、少し気恥ずかしいが、魔力不足で体が重く、無理せずそのままでいた。体温も下がっているらしくユリウス様の体温が心地いい。
「わ、わたくし、助かったのですわね。ユリウス様……ありがとうございますわ」
「君が眠っている間に医者に診てもらったんだ。特に怪我はないようだけれど、痛いところはないかな?」
「ええ、ございません。落ちそうになった時、ユリウス様が受け止めてくださったのでしょう」
助かった実感がようやく湧いてくる。
「あれがなければ……いえ、全部ユリウス様のおかげですわ」
ユリウス様は眩しいものを見るように目を細めた。
「……無事でよかった。リーシャ」
「わたくしがエリアンナに騙されてしまったばかりに……そういえば、エリアンナは?」
今気がついたが、居間には誰もいない。エリアンナはおろか、両親も使用人の姿すらない。
「事情聴取中だよ。彼女は正式に僕と婚約したリーシャを害そうとし、また君に扮して僕を騙そうとしてしまった。さすがにもう姉妹喧嘩で済むようなことではないんだ」
「そうですのね……」
コンコン、と扉がノックされ、ユリウス様の従者が入ってきた。
私はユリウス様にもたれかかったままだったので少し恥ずかしいが、ユリウス様は私を離すつもりはないようだ。
「失礼致します。聴取が終了いたしました。それから、エリアンナの部屋からこんなものが」
従者の手にはどこかで見た分厚い本がある。直に触れないように、布越しに掴んでいた。
「禁制の呪いの本です。使用形跡の魔力残滓があります。エリアンナはこの本で呪いをかけていた様子です」
呪いという言葉に私は目を見開く。
見たことがあると感じたはずだ。
ゲームで悪役令嬢エリーが主人公に呪いをかけるのに使ったのがあの本だったのだ。
そして、使用痕跡ということは──
「そうか。エリアンナはリーシャに呪いをかけていたんだね」
「わ、わたくしに……?」
ユリウス様の言葉に私は顔を上げる。
「実は、リーシャと婚約する前、アーレント家を調べたことがあったんだ。君の両親や使用人たちが、ああもエリアンナに盲目的になるのか、不思議に思っていた。君が彼女に劣っているとは思えないし、個人的な好みはあったとしても、あそこまであからさまな態度になるのはおかしい。だが、呪いなら話は別だ。エリアンナは呪いをかけて周囲の人の感情を操っていたのだろう」
「そんな……」
私はユリウス様に抱きかかえられていなければ、そのまま倒れてしまっていたと思うほどショックを受けた。
ずっと苦しんで、私が何かしてしまったのかとずっと悩み続けて、それでも出なかった答えが呪いだったなんて。
「大丈夫だよ、リーシャ」
ユリウス様は私をぎゅっと抱きしめた。
「全て僕に任せてくれ」
ユリウス様が合図をすると、扉が開き、エリアンナが部屋に入ってきた。その後ろには真っ青な顔をした両親。
思わず身を固くした私に、ユリウス様はもう一度抱きしめ、安心させるように額にキスをしてくれた。
「……エリアンナ、わたくしに呪いをかけていたのね」
「だから何よ」
エリアンナはじっとりと私を睨みつけた。
「私はあんたのことが嫌いだった。呪いなんかじゃなくてさっさと殺しておけばよかった……!」
エリアンナがそう言いながら私に掴みかかろうとし、すぐに護衛らしき人に押さえられ、膝をついて獣のように唸った。
両親はそんなエリアンナに、ますます顔を青くしている。
「アーレント公爵。僕はエリーシャと結婚するつもりだ。しかし王室規範には犯罪者の身内との結婚は禁じられている。……この意味がわかるかな?」
ユリウスの言葉に、お父様は雷に打たれたかのようにハッとし、深く頷く。
「は、はい。我が娘、エリアンナは亡くなりました。この女は我が娘ではございません。どこの誰とも知らない女です!」
お母様もお父様に追従するように何度も頷く。
エリアンナは顔を真っ青にした。そんなことを両親から言われるとは思わなかったのだろう。
「ど、どうして……っ! お父様……!」
「黙れ。お前など娘じゃない!」
アーレント家から尻尾切りされ、エリアンナは死んだことにされた。
目の前の彼女は、もうエリアンナと呼ばれることもない。
私から全てを奪おうとしていたエリアンナこそ、立場も名前も未来も……本当に全てを失ったのだ。
エリアンナもそれがわかったのか、抵抗を止め、膝をついた。
「名前がなければ不便だろう。今後はエリーと名乗るといい」
ユリウス様がそう言い、エリアンナ──いや『エリー』を見下ろす。
ああ、これは悪役令嬢エリーの断罪シーンだ。
『悪役令嬢エリー』は膝をつき、高慢そうな顔を歪めている。
乙女ゲームのスチルとはあちこち違う。ドレスもあの真っ赤なドレスではないし、私の立場には本来なら雪乃がいるはずだ。話している内容も全然違う。けれど断罪シーンとシンクロしていた。
悪役令嬢エリーとは、私ではなく──エリアンナのことだったのだ。




