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18:エリアンナ視点:完全勝利だと思ったのに

 毛虫なんてどこにもいなかった。

 ユリウス様ったら、私をからかったのね。結構子供っぽい人なのかしら。


 それでもなんとなく気持ち悪くて、私はドレスの裾を何度も払う。


 その時、視界の片隅で、ふと何かが光った気がした。


 硝子窓が陽光を反射したのかと思ったが、位置がおかしい。ずっと下の、土台の部分からのような。


 私は目線を下げ、血の気が引いた。


 地面スレスレの位置にある、金属製の小さな鉄格子窓のようなもの。

 ほんの手のひらくらいのサイズしかないからすぐに気づけなかったが、もしかしてこれは、地下室の換気口ではないだろうか。


 間違いない。換気口の中で光が点滅している。それも、何度も。

 エリーシャが、助けを求める合図を送っているのだ。


「ユ、ユリウス様っ、そろそろ時間じゃありませんこと? わたくし、歌劇場に早く行きたいんですの!」


 なんとか誤魔化してユリウス様をここから引き離さなければ。

 そうすれば、私の勝ち。

 エリーシャは私が帰ってきた後、ゆっくりと、もう二度と反抗する気も起きないくらいのお仕置きをしてやればいい。


 頭の中でユリウス様を言いくるめる言葉と共に、何をすればエリーシャの心が折れるかを考えて気持ちを落ち着ける。


「ね、ユリウス様──」


 言いかけた私はヒュッと息を呑んだ。


 ユリウス様は、私をまっすぐに見つめていた。

 その青い瞳は氷のように冷たい。

 視線に射抜かれただけで、体が勝手にブルブルッと震えてしまうのを止められなかった。


「──もういい。お前の企みは全て看破している」


 ユリウス様がスッと片手を挙げた瞬間、バタバタとたくさんの人が走るような物音が聞こえた。それも屋敷の玄関の方だけではなく、あちこちから。


 ──全てバレていたのだ。


「え、え、あの、これは……」


 ザアッと血の気が引いて、手が震えた。

 足元がぐにゃぐにゃと柔らかく崩れたような気がする。


「屋敷の使用人も全て捕えよ。抵抗するなら武器の使用も許可する」


 いつのまにか、ユリウス様のそばに武器を所持した男が立っていた。


「え、な、何?」


 その護衛らしき男が私を羽交締めにしてきた。首をぎゅっと腕で押さえ込まれ、呼吸ができない。


「ぐッ……ぁ、ッ!」


 口をぱくぱく動かしても酸素が肺に入っていかない。苦しい。


「まだ殺すな」


 ユリウス様がそう言ったことで腕がわずかに緩み、呼吸できるようになった。


 それでも喉がヒューヒューと鳴ってしまう。苦しさのせいだけではない。恐ろしい。

 怖くてたまらない。

 恐怖に体が震えるのを止められなかった。


 なんで、どうして。

 いつからバレていたの。

 どうして、私が。


 言い訳しなければ。

 私の目にドッと涙が溢れる。

 何度も練習した。鼻が赤くならないように、涙だけをハラハラと美しく零して清らかに泣くやり方を。


 眉を下げれば儚げに見えるはず。

 唇を震わせて、頬を赤らめて、上目遣いで。

 いつも通りに思いついた言葉を言えばいい。そうしたら言い訳じゃなく、きっと真実になる。


「あの、あのあの、違うんですこれは、聞いてくださいユリウス様、」

「黙れ」

「ヒッ……」


 全身に鳥肌が立った。


 有無を言わさない声。

 ユリウス様の青い瞳は完全に凍てついたように何の変化もない。なのに、怒鳴られるよりずっと恐ろしい。


 どうして。私が泣けば、お父様やお母様、家庭教師に侍女、クラスメイトも知り合ったばかりの男たちもみんなみんな、私の思い通りになったのに。


 護衛に変な首輪をつけられ、やっと羽交締めから解放された。首輪に魔力が吸われて気持ち悪い。


「何よ、これ」

「それは魔力封じの首輪です」

「こんなの、まるで罪人みたいじゃない!」

「罪人ですが? 王族の婚約者を危険に晒したのですから」

「は? エリーシャは家族なのに! ただの姉妹喧嘩でしょ!」

「……まさか、まだそんなおめでたい考えだとは。そんなわけないでしょう。あなたはユリウス様を甘く考えすぎです」


 引きずられるように屋敷の中に入ると、侍女が縛られて泣いていた。

 助けを求めるように私を見てくるが、私の方が助けて欲しい。

 抵抗しようとしたのか、お気に入りの従僕が頬を赤く腫らして縛られていた。あの従僕はそこそこイケメンで、褒美として足を舐めさせるだけで何でも言うことを聞いたから重宝していたのに。


「さあ、早くエリーシャのいる地下室に案内してもらおう」


 ユリウス様は冷たいなんてものではない、凍えるような目をしている。


「だが、もしエリーシャの身が無事でなかったなら……この屋敷にいる人間は皆殺しにし、屋敷に火をつけるように」

「かしこまりました」


 脅すためではない。本気でそうするつもりだ。

 侍女は耳がつんざくような悲鳴を上げる。


 と、その時、両親が連れて来られるのが見えた。


 侍女たちとは違い、縛られてはいない。

 公爵と公爵夫人にはさすがに手は出せないのだ。

 これで何とかなる。


「お父様、助けて! 私……っ!」


 きっと、すぐにお父様が助けてくれるはず。


 しかしお父様は私の顔を見て、ぶんぶんともげそうなほどの勢いで首を横に振った。


「わ、私は何も知らない! 全部エリアンナがやったんだ!」

「そ、そうよ。エリアンナが仕組んだの。私たちは反対したのに、エリアンナが!」

「は……?」


 私は呆然と立ちすくむ。

 ずっと優しかったお父様とお母様がまるで別人のようだった。


「わ、私たちも命令されただけでっ! 逆らえなかったんです! い、命ばかりは……!」

「そ、そうです。エリアンナ様……いえ、この女は我々を洗脳していたんだ!」


 侍女に、お気に入りの従僕まで、そう吐き捨てた。


 ……どうして、こんなことに。


 私はその場に崩れるように座り込む。

 もう誰も私のことなど見ていない。

 私の言うことも聞いてくれない。

 どうしようもない。


 今この瞬間、私の全ては終わってしまったのだ。


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