15:破滅ルートより酷い
地下室は真っ暗だった。明かり取りの小窓もなく、一筋の光もない完全な暗闇。
音も遮断されているのか、それとも地下のせいなのか、何も聞こえない。私の身じろぎする音と耳鳴りだけだった。
目を開けても閉じても変わらない闇の中でどれだけの時間が経ったのだろうか。
少しずつ雷魔法による痺れが取れ、起き上がれるようになった。
身を起こすと、石の床がじゃりっと音を立てた。
まだ完全に痺れが取れたわけではなく、体は鉛のように重い。まだ立ち上がることもできそうにない。
ふらついた私は再びその場に横になっていた。
実際に体が思うようにならないだけではなく、絶望が重くのしかかって動けなかった。
「……これから、どうすればいいのかしら……」
心がポッキリと折れてしまったのを感じていた。
目に涙が浮かぶ。
「わたくし……なんのために……」
エリアンナに騙されたのだ。
これまで何度も何度も騙されては奪われてきた。
その度に学習しても、エリアンナはいつもその上をいく。
今回も『婚約が決まったから、ユリウス様に言いつけられないように謝りたい』という言葉に騙された。
それらしい理由に納得させられてしまった。
全部、私を騙すための策だったのに。
地下室は灯りがないだけでなく、うっすら寒い。元は地下牢だと言っていた。
エリアンナはこういう時に嘘はつかない。
私の力ではこの地下室からは出られないのは確かだ。
私のドレスを着たエリアンナは、鏡を覗き込んだかのようにそっくりだった。
子供の頃、エリアンナはよく私のフリをしてくることがあったが、両親ですら見分けられなかった。
ユリウス様も、おそらくは。
はあ、とため息が出る。
これまで頑張ってきたことの全てが粉々になってしまった。
これなら、まだ断罪されて、北の修道院に入れられた方がマシだったかもしれない。
同じ強制労働だとしても、北の修道院ならエリアンナがいないからだ。
これから私は、エリアンナのために働く以外、何もなくなってしまう。
外にも出られず、大切な人にも二度と会うことは叶わず。
エリアンナが幸せになるために利用され続ける。そんな人生に何の意味があるのだろうか。
それならば、いっそ──
そんな弱気な考えが頭を占め、振り払うように首を横に振った。
まだ、そうなると決まったわけではない。
私には前世の記憶がある。何か使える記憶があるかもしれない。そう思って頭をフル回転させる。
「あっ……!」
そうだ、思い出した。
さっき、エリアンナが私を見下ろした時、顔に影がかかり、笑みを浮かべた赤い唇が裂けたように見えた、あの顔。
あれと同じ表情を浮かべるスチルがあったはずだ。
ゲームで悪役令嬢エリーが雪乃を倉庫に閉じ込めるイベントがあった。
私はそれを思い出したのだった。
倉庫と地下室で、場所は違うけれど、閉じ込めるという行為は同じだ。
以前、中庭で雪乃が突き飛ばされていた時も、シナリオとまったく同じではなかったが、かなり近かった。
あのイベントが脱出のヒントになるかもしれない。
雪乃が閉じ込められたイベントを思い出す。
確か、雪乃も同じく、光が差さない真っ暗な倉庫に閉じ込められる。しかし雪乃は光魔法が得意で、聖女と呼ばれるほどの実力者なのだ。
ライト代わりに魔法で出した光の球を浮かべ、倉庫内を照らして脱出できそうなところがないか調べるのである。
私も雪乃がやったように、光の球を出そうとする。
しかし、パチッと音がして一瞬で光の珠はかき消えた。
「……そうでしたわ。わたくし、光魔法はあまり得意ではありませんでしたわね」
家系によって魔法にも得意、不得意があるものである。
アーレント家は光や闇より、五大属性系の火、水、風、土、雷の魔法が得意なのだ。
しかも、エリアンナが元々地下牢と言っていた通り、魔法対策が施されているようだ。あまり得意でない光魔法は今のように一瞬しか使えない。
しかし魔法自体がまったく使えないわけではなく、結界か何かで効果が弱められているだけのようだ。
闇の中を照らすのなら火であろう。
私は人差し指を立て、小さな火の魔法を灯す。
光の球ほど明るくはないが、蝋燭のように暗闇が照らされて周囲を見ることができた。
壁も床と同様、石で出来ている。壁をあちこち叩いてみたが、硬い音しかしない。
出入り口はさっきも見た通り、金属製の扉が一つだけ。三段ほどの階段を上がった先にある。ドアノブに触れたが、当然鍵がかかっているため、ガチャガチャ音を立てるだけで開かない。
地下室には家具や道具類もなく、床には壁から剥離した破片が落ちているだけだ。
しかし、床がほんのわずか傾斜になっているようだ。辿ると排水口があり、掃除などの際に水を流せるようになっている。
つまりここも完全な密閉状態ではないのだ。
であれば、と壁の上方や天井を炎で照らす。
「ありましたわ! 換気口ですわ!」
酸欠にならないように、天井に換気口があったのだ。
私は重い体を引きずって、換気口の真下に来ると、土魔法で足場を作る。
天井までの踏み台代わりにするのだ。
体の痺れはまだ残っているし、魔法を弱められているから、魔法を使うといつもより疲労感が大きい。
休み休みやって、なんとか換気口に手が届くくらいの足場を作った。
換気口に人差し指に灯った炎を近づけると、炎がゆらゆらと揺れる。思った通り、風が吹いていた。ここは外に繋がっているはずだ。
しかし換気口は私の手のひら程度の大きさしかない。通れるのは鼠くらいだろう。
ここから脱出は無理にせよ、助けを求めることはできないだろうか。
そう思った時、私の耳に微かな物音が聞こえた。
外の音だ。
私は耳を澄ませた。




