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14/20

14:今日から私がエリーシャ

 ──ズキッと頭が痛む。

 

「う……」


 私は硬い床に伏しているようだった。

 じんわりと体に感覚が戻ってくる。遅れて首がピリッと痛み、顔を顰めた。


 そうだわ、私、エリアンナにやられて……。


 私は目を瞬かせる。

 どこか薄暗い場所にいるようだった。


 体は痺れており、ろくに動けない。

 やっとまぶたと口がわずかに動くようになった程度だ。


「ここ、は……」


 薄暗く、床は硬くて冷たい。横たわった体にゴツゴツした痛みも感じる。カーペットが敷かれていない石の床のようだ。


 気絶している間にどこかに連れてこられたらしい。


 ここは一体どこなのだろうか。あたりを見回したくても、まだそこまで動かせなかった。


「あら、もう目覚めたの? 結構頑丈なのね」


 上から声が降ってくる。エリアンナの声だ。


「エリーシャ、ここは屋敷の地下室よ。長年物置になってて使われていなかったのを有効活用しようと思ったの。ここね、調べたら昔は地下牢に使っていた時もあったみたいでね、魔法では壊すことができないんですって。すごい技術よね」

「エリ、アンナ……」

「ちなみに、大きな声を上げても無駄よ。外にはぜーんぜん、聞こえないから。もちろん使用人は私の味方。あんたの力じゃ、金属の扉も壊せないでしょう。一応、気を遣ってあげて、掃除させておいたから安心して。じゃなきゃ、私もこんな場所に一分だっていたくないもの」


 どうやら、私はエリアンナに地下室に連れてこられたらしい。

 少しずつ雷魔法の麻痺が取れてきて、首を動かして周りを見ることができるようになった。


 エリアンナの言う通り、ここは地下室のようで窓もない。出入り口は金属の扉が一つだけである。光は開いた金属扉から漏れてくるものだけだ。


 首を動かすのが精一杯で、体全体が動けるようになるまでには、もうしばらくかかりそうだった。


「あら、動けるようになってきたのね。ねえ、見てちょうだい! どうかしら、エリーシャ。やっぱり私の方が似合うわよねえ?」


 目線を上げると、開いた扉の前にエリアンナが立っているのが見えた。薄暗い中でほの光るような、アイボリーのドレスを身に纏っている。


「その、ドレス、は……」

「そうよ。ユリウス様からのプレゼントのドレス。本当に素敵。サイズも私にぴったりだし、軽くて着心地がいいのね! ふふっ!」


 エリアンナはご機嫌に、その場でクルッと回ってみせた。黄緑色のグラデーションに染まったシフォンの裾が柔らかく翻る。


「そ、そんなことをして……」

「あら、なぁに? そんなことって」

「それは、わたくし、の……」

「そうね、エリーシャのドレスよね。エリーシャが着ないと、ユリウス様に怒られてしまうわよね」


 エリアンナは満面の笑みを浮かべた。


「でも、大丈夫! 今日から私がエリーシャだから!」

「え……?」


 エリアンナは笑ったまま、歌うように言う。


「だって、私、エリーシャだけがいい目を見るのはぜーったい嫌なの。エリーシャが得た、いいもの全てが欲しいんだもの! だから、エリーシャの立場ごと、私がもらってあげる!」


 クスクス、クスクスと笑っている。

 その笑い声に背筋がゾッと冷えるのを感じた。


「あんたはもう、エリーシャじゃないの。ううん、エリアンナでもないから、誤解しないでね。あんたは名無し。これからはこの地下室で一生を過ごすのよ」

「な、何、言って……」

「やだ、察しが悪いのねぇ。だ・か・らぁ、私はエリアンナであり、エリーシャなのよ。どっちも美味しい部分だけ得たいんだもん。エリアンナの私は、お父様の後を継いで、イケメンで有能なお婿さんを貰って女公爵になるのよ。それだけじゃないわ。エリーシャの私はユリウス様とも結婚して、王子妃になるの」


 そんなこと、できるわけがない。

 そう思ったのが伝わったのか、エリアンナは首を傾げる。


「そんなことできないって思った? うんうん、きっと忙しくて大変よね。だからあんたを殺さなかったんじゃない! 命まで奪うのは可哀想だから、仕事だけはさせてあげる。あんたって、ガリ勉くらいしか取り柄がないでしょう? ここでのいい暇つぶしになると思うわ!」


 エリアンナの目はキラキラと輝き、自分がどれだけおかしなことを言っているのか、自覚がない様子だった。


「私はとっても幸せ。私が幸せならお父様もお母様も幸せ、私の婿になる方やユリウス様も、私と結婚できるのだから幸せでしょう? あんたも命を取られず、有効活用してもらえるのだもの! みんな幸せよねっ!」


 エリアンナは薔薇色に染まった頬を押さえた。

 私はエリアンナの言葉に、血の気が引いていく。

 同じ言葉を話しているはずなのに、意味がわからない。化け物を目の前にしている気分だった。


「あ、そろそろユリウス様とのデートの時間だわ。確か、歌劇だったかしら。あんまり興味ないのよね。まあ、いっか。ニコニコしてればいいでしょ。次はお買い物にしてもらいましょう!」

「ま、待って……」

「いってくるわね。あ、そうそう、あんたってここしばらく変な言葉遣いしていたわよね。逆に特徴的で演じやすいわ。えーと……わたくし、いってまいりますわね。では、ご機嫌よう!」


 エリアンナは私とまったく同じ声でそう言った。

 声だけではない。ふとした仕草や癖まで私そっくりにしている。


 待って、行かないでと言いたくても、痺れた体では追いかけることはおろか、大きな声すら出ない。


 震える手を伸ばしたが、エリアンナにはまったく届かない。


 ガシャン、と音がして扉が閉まる。


 私の世界は闇に閉ざされた。

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