13:ごめんなさいエリーシャ
あっという間に数日が経過し、ユリウス様とのデートは数時間後に迫っていた。
エリアンナから何かしら妨害があるかと思っていたのだが、意外なことに何もなく、エリアンナは大人しくしている。
──やっとわかってくれたのかしら。
そんな甘いことを考えてしまい、私は心の中でかぶりを振った。
油断はしないようにしなきゃ。
「さてと、ドレスを用意しておかなければなりませんわね」
私は出かける準備を整え、着る予定のドレスもトルソーに着せて、皺にならないようにしておく。
ユリウス様に贈られた美しいドレスに、思わず笑みが零れた。
屋敷の侍女にはエリアンナの息がかかっている。出かける準備どころか掃除や洗濯にいたるまで、室内のことは全て自分で行い、誰も入れないようにしていた。
自分で家事をするのは、本来なら公爵令嬢としてあるまじき行為ではあるのだが、前世の記憶があるせいで拒否感はないし、魔法を使えば大抵のことは簡単にできるのだ。魔法がある世界でよかった。
出かける準備を終えた頃、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「どなたですの?」
「エリーシャ、私よ」
「エリアンナ!? いったい何のご用かしら。ドレスは渡せないと言ったはずですけれど?」
私は扉を開けずに、扉の向こうのエリアンナにそう告げた。
「ええ、わかってる。その……これまでごめんなさい。エリーシャにちゃんと謝りたくて」
「エリアンナ、どういうつもりですの?」
「謝るから、これまでのことはユリウス様には黙っていてほしいの!」
なるほど、エリアンナは私がユリウス様に告げ口をすることを恐れているのだろう。
「お願いよ。実はね、私の方も婚約者が決まりそうなの。侯爵家の三男坊で、有能な上にすっごいイケメンなのよ。私、あの人をお婿さんにして、アーレント公爵家を継ぎたいの。もうエリーシャにも迷惑かけないって誓うから」
ぐす、ぐす、と泣いているような声でエリアンナはそう言った。
どうやらエリアンナの望み通りの相手を両親が探してきたらしい。私がユリウス様に告げ口して、せっかくの婚約をなかったことにされないように、慌てて謝罪しにきたということのようだ。
まったく、エリアンナらしい。
少し呆れながらも、理由なくエリアンナが謝罪すると思っていなかったから、ホッとする。
「あのね、今回は本当に反省したのよ。エリーシャから取ったものも返しにきたの。ねえ、扉を開けて。信用できないなら、指一本分だけでもいいわ。私があなたに返すために大荷物を抱えてるのが見えるから」
そう言われ、私は息を吐く。
エリアンナがこれまでのことを本気で後悔しているとは思えない。
けれど、とりあえず謝罪の意を伝えるために返しにきたのだろう。
エリアンナに取られたものの中には、唯一私に態度を変えず、優しくしてくれた叔父からのプレゼントがあった。それだけは返して欲しい。
エリアンナを心から許すわけではないが、今後関わらないでくれるなら構わない。
ユリウス様に告げ口する気も最初からなかった。
……なんならユリウス様はとっくに気づいていそうだし。
「……今後、わたくしの邪魔をしないと誓っていただけるなら、扉を開けてもよろしくてよ」
「誓うわ! だから、ね? ユリウス様には言わないで!」
「わかりましてよ」
私は用心して少しだけ扉を開けると、大量の荷物を抱えたエリアンナがポツネンと立っているのが見えた。
エリアンナ一人なら大したこともできないだろう。双子だから腕力も互角だし、何より魔法がある。魔法の成績は練習嫌いのエリアンナより、私の方が上なのだ。
「どうぞお入りになって」
エリアンナは目尻に涙を浮かべ、クスンクスンと鼻を鳴らしている。
「エリーシャ、ごめんなさい。これ、返すから」
「もうわかりましたわ。それを置いたら部屋から出ていってくださる? それで手打ちといたしましょう」
これまで、たくさんの辛いことがあった。
誰からも愛されず、必要とされず、俯いてばかりの日々。
けれど、回り回ってユリウス様に愛された。雪乃という友人もできた。
もうそれでじゅうぶんじゃないかと思うのだ。
エリアンナのことは好きではないけれど、何から何までそっくりな双子の妹なのだ。
破滅させて苦しめたいわけではない。
反省して、これからは構わないでくれるなら、許してもいい。
「エリーシャ、本当にごめんなさい……私……っ、きゃあ!」
大荷物を抱えたエリアンナは、謝罪の途中で転倒した。
抱えた荷物で前がよく見えず、スカートの裾を踏んでしまったのだろう。
その場に、エリアンナが持ってきたドレスや小物、本が散らばる。
「まあ」
「あっ、ごめんなさい、ごめんなさい!」
エリアンナはその場に這いつくばり、散らばってしまったドレスや小物を慌てて拾い集めようとしている。
泣きながら拾い集めるエリアンナは本当に私とそっくりだ。昔の、弱かった私に。
私も足元に転がってきたブローチや本を拾う。
分厚いカーペットのおかげで、傷などはついてなさそうだ。
「エリーシャ」
拾った本を確認し、埃を払っていた私のすぐそばでエリアンナの声がした。
「あなたって、本当に優しくて──馬鹿な子」
「え?」
その瞬間、私の首に衝撃が走った。
目の前が紫の光でカッと染まる。
「かっ、ぁ……!」
雷魔法を首から撃ち込まれたのだと気づいたのは、床に伏してからのことだった。
体が痺れて動けない。
声すら出ない。
「ほーんと愚かね、エリーシャって。簡単に騙されちゃって、馬鹿すぎ」
エリアンナが私を見下ろしている。
下から見上げるエリアンナの顔には影が落ち、赤い唇が裂けたように笑っていた。
──あれ、見たことがある。これって……
その答えが出る前に、私の意識は闇に塗りつぶされていった。




