12:エリアンナ視点:絶対に許さない
「ねえ、お父様、お母様、どうにかならないの!?」
「エリアンナ、今回は諦めなさい」
「そうね。可哀想に……代わりに別のドレスを新調しましょう」
「嫌よ! 私はあのドレスがいいの。お願い、お父様、お母様。エリーシャから取り上げて」
うるうると目に涙を溜めて両親に懇願する。
しかし、両親は首を縦に振ることはなかった。
「ユリウス様の機嫌を損ねるわけにはいかないんだよ。今回ばかりはエリーシャに分がある。それにユリウス様にエリーシャが輿入れすれば、それだけで大きな価値が得られるのだからね」
「そうねえ……。エリアンナ、いい子だから諦めてちょうだいね」
どうしてそんなことを言うの?
他のドレスじゃダメなのに。
この私が、エリーシャのあのドレスが欲しいって言ったのに!
──物心ついた時からエリーシャのことが嫌いだった。
双子の姉とか妹とか関係なく、全てが私だけに与えられるはずだったのに、エリーシャが不当に奪っていく。そんな気がしてしまう。
エリーシャのせいで公爵家の財産も両親からの愛も、何もかもが半分になってしまう。
それが嫌でたまらなかった。
だって、私だけを愛して、賞賛してほしいのだもの。
得るものが少しでも目減りすることなんて、あってはいけないわ。
私は部屋で苛立ちを物にぶつける。大きなぬいぐるみの足を掴み、あたりのものを薙ぎ倒した。
まだ着ていないけれど、もう心が浮き立たないドレスも宝石もいらない。
新しいものはもちろん買ってもらうつもりだけれど、エリーシャのあのドレスじゃなきゃ気持ちが収まらない。
留守中に部屋に侵入して貰ってあげようかとも思ったが、すでに何度か使ったことがある手だ。いくら馬鹿なエリーシャとはいえ、きっと鍵をかけるくらいはするだろう。
この手は使えない。
ああ、苛々する!
部屋でひとしきり暴れると、デスクからゴトンと重い音がして本が落ちた。
「あ、そういえばこんなものもあったわね」
私はその本を拾い上げる。
分厚くて重い、古臭い本だ。
本に興味なんてない。エリーシャじゃあるまいし。
数年前、この本を家の書庫で見つけた私は、エリーシャが手に取りそうだと感じたので、エリーシャが見つける前に自分のものにしたのだ。
角が擦り切れた革の表紙には、呪いをかける方法と書いてある。
どうせ子供騙しのおまじないの本だろう。
けれど、試してみるだけなら構わない。
そう思ってエリーシャにいくつか試したのだ。
その頃から両親が私をいっそう大切にするようになり、エリーシャは嫌われていった。多少の効果はあるのかと思っていた。
だから、エリーシャがユリウス様と婚約をする際にも『道化になる』という呪いをかけてやった。
すぐにユリウス様に嫌われて、きっと面白いことになると思ったのに。
でも、たかがおまじないの本だもの。効果なんてなかったのね。
こんな古臭い本も、私にはもう必要ない。
部屋の片隅に積み上がった、いらないドレスやアクセサリーの山に、本を投げ捨てた。
重い本がゴミの山に沈み込む。
あーあ、早くエリーシャがこんな風にユリウス様に捨てられたらいいのに。
どうせユリウス様だって、アーレント公爵家の娘だから、エリーシャを無碍にできないだけでしょ。
でなければ、あんなつまらない女がユリウス様に大切にされるはずがないもの。
ううん、きっとユリウス様も、エリーシャにはうんざりしているはず。
そうに決まってる。
もしも私が婚約者なら。
私はエリーシャのドレスを思い返した。
流行を取り入れつつも斬新で美しいドレス。真珠もたくさん縫い付けられていた。私が作ってもらったドレスのどれよりも、いい品だった。
──私が婚約者なら、あのドレスより、もっといいドレスをたくさんもらえるのではないかしら。
ごくり、と喉がなる。
あのドレスも、私が手にするべきものだ。
だって、ユリウス様の婚約者になるはずだったのは、元々私なんだから。
それならドレスだって、私のもののはず。
恋人がいるという噂が嫌でユリウス様との婚約は断ったけれど、きっと間違いだったのだ。それなら今からでも私が婚約者になった方がいいのではないかしら。
「エリーシャなんかが大切にされるのなら、私の方がもっと大切にされると思うのよねぇ」
そもそもエリーシャは私の身代わりで婚約者になったのだ。その立場を返して貰うだけ。
「でも、どうしたらスムーズに交替できるかしら。ユリウス様に悪い印象は与えたくないし……」
私はハッとした。
思いついてしまった。
ユリウス様の婚約者を交替するより、もっと簡単な方法があることに。
──私がエリーシャになってしまえばいい。
「……どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!」
私がエリーシャに成り代われば、エリーシャのもの全てを奪えるのだ。
そう思うと、目の前がキラキラと輝いて世界が美しくなったように感じる。
そうすれば、私はゆくゆくは王子妃。
今よりも贅沢ができる。
尊敬も集められるに違いない。
「ううん、もし第一王子に何かあって、ユリウス様が王太子にでもなれば……」
私は王妃になれるということ。この国で、誰よりも偉い。誰もが私に傅く。
考えただけで、ゾクゾクするほど気持ちがいい。
「ふ、ふふっ……なんて素敵な未来。私にこそ相応しいわ。そうと決まれば、作戦を練らなきゃ。侍女たちにも言い含めないと」
計画が動き出せば両親も私に味方してくれるのは間違いない。
エリーシャの味方なんてこの家にはいないのだから。
私は鼻歌混じりに脳を回転させる。
「待ってなさい、エリーシャ。あなたの全てを奪ってあげる──」




