10:エリアンナ視点:エリーシャのくせに
最近、エリーシャの様子がおかしい。
元々変な子だと思っていたけれど、最近は輪をかけておかしいのだ。
今も気が滅入りそうな雨だというのに、帰宅したエリーシャは、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌だった。
──気持ち悪い。
「おかえりなさい、エリーシャ。早かったのね。とうとうユリウス様に嫌われてしまったのかしら?」
「まあ、エリアンナ。いえ、幸い、そういうことではございませんのよ。ユリウス様はご公務の予定がおありでしたの」
それから、言葉遣いもおかしい。まるで下々の人間が背伸びして使うような、めちゃくちゃな言葉だ。
「ねえ、前も言ったけれど、その言葉遣いは何のつもり?」
「……さあ、わたくしにも存じませんわ。部屋に戻りますので、ごめんあそばせ」
「待ちなさいってば」
逃げようとするエリーシャを追いかける。
こうして逃げ場をなくして追い詰められ、顔色を悪くするエリーシャの顔を見るのが快感なのだ。
私はエリーシャに追いつき、閉める寸前の扉の内に滑り込む。
「逃げないでよね、エリーシャ。そんな風に妹をいじめるなんて、お父様やお母様が知ったらなんて言うかしら」
いつもなら、そう言えばなにも反論せず、おどおどと俯く姿が見られる。
しかし、エリーシャはツンと顎を上げている。
「逃げてはおりませんわ。それで、ご用はなんですの? わたくし、やることがございますから、早めに済ませてくださる?」
なによ。エリーシャのくせに生意気。
私はつい親指の爪を噛みかけて、慌てて口から離した。
この癖は淑女らしくないものね。
私は何としてでもエリーシャにダメージを与えたくて、エリーシャの部屋を見回す。
いつも通り、ろくなものがない部屋だ。
当然か、エリーシャに相応しくないものは、私が貰ってあげているんだから。
しかし、いつもと違い、部屋の中央に大きな木箱が置かれているのに気づいた。
艶々と飴色に光る木箱は、いいものが入っているという予感を掻き立てる。
「あら、その箱は何かしら? エリーシャ、私にも見せてくれるわよね」
「ちょっと、エリアンナ」
エリーシャの静止など気にせず、木箱を開ける。
そして私は息を呑んだ。
中には美しいドレスが入っていたのだ。
「わあ、素敵なドレス……!」
柔らかそうなシフォン生地に思わず手を伸ばす。
「勝手に触らないでくださいましっ!」
パンッと手を払われ、エリーシャにドレスを奪われていた。
なにしてくれるわけ? エリーシャのくせに!
キッと睨むと、いつもならオドオドと泣きそうな顔になるのに、エリーシャは生意気にも睨み返してくる。
「ねえ、エリーシャ。そのドレスどうしたのよ。随分といいものじゃない」
「……ユリウス様からいただいたのですわ」
「へえ……なら、一流の品よね。ねえ、あなたが着るには不相応だし、もったいないと思わない? だって、エリーシャにはそんな素敵なドレスを着ていく場所なんてないでしょう。私ね、来週、夜会に招待されているの。そのドレス、私が貰って着てあげる!」
だって素敵なドレスなんだもの。
私にこそ相応しい。
どうせ少し強く言えば、エリーシャだって、いつも通りに私に差し出すはず。
しかしエリーシャは首を縦に振ることはなかった。
「お断りですわ。ユリウス様からいただいたと言ったはずですが、聞こえませんでしたの? ユリウス様と出かける用事があるのです。その時に着る約束をいたしました。このドレスは私のもの。エリアンナには指一本触れさせません!」
はあ?
なに言ってるの?
エリーシャのくせに、この私に反論をしたっていうの?
頭が怒りでカッと熱くなる。
それを抑え、目に涙を潤ませた。
「どうしてそんなひどいことを言うの? お父様とお母様に、エリーシャにひどいことを言われたって報告するから!」
私は即座にエリーシャのことを両親に言いに行った。
ポロポロと零れる真珠のような涙を見れば、すぐに両親も私の味方になるんだもの。
「エリーシャ、またエリアンナをいじめたそうだな! まったくどうしてお前という娘は……」
「ああ、エリアンナ……可哀想に」
お父様はエリーシャを叱り、お母様が私を抱きしめてくれる。
私は口元を手で覆いながら、つい唇がニヤッとしてしまうのを我慢できなかった。
ほら、私の言う通り、最初から差し出せばいいのに。
馬鹿なエリーシャ。
しかしエリーシャはいつものオドオドした態度に戻らなかった。
「いじめただなんて、人聞きが悪いことをおっしゃいますのね。エリアンナがわたくしのドレスを盗もうとしたから、やめてほしいと言っただけですのに」
「ど、どうしたんだ、エリーシャ」
お父様もエリーシャのおかしな態度に狼狽えている。
「どうしたとは? わたくし、意味がわかりかねますわ! そもそも、このドレスはユリウス様よりいただきましたの。着る予定もございますから、エリアンナには渡せないと言っただけでしてよ。お父様、お母様、わたくしが何かおかしなことを言っていて?」
お父様は二の句が告げない。
代わりにお母様が私を抱きしめながら援護してくれた。
「でもエリアンナが可哀想でしょう。そんな風に見せびらかして!」
「見せびらかしてなどおりません。勝手に人の部屋に入り、箱を開けたのはエリアンナですわ。それに、可哀想だからといって、プレゼントされたドレスをわたくし以外が着るということは、ユリウス様に失礼なことになりましてよ。さすがにそれがわからないなどと愚かなことは言わないでくださいましね」
お父様だけでなく、お母様も黙ってしまった。
「……もうよろしくて?」
エリーシャは私を蔑むような目で見た。
ひどい。
ひどいわ、エリーシャ。
──エリーシャのくせに。
食いしばった顎からギリリ、と嫌な音がした。




