1:もしかして悪役令嬢エリーって、私!?
『──エリー。僕は君との婚約を破棄する!』
不意に、そんな声が聞こえた気がした。
同時に金髪のイケメンが脳裏に浮かび、目の前にいる第二王子ユリウス様と重なって見えた。
金髪イケメンが、派手な赤いドレスに赤い髪の女性を断罪するシーンのスチル。いえ、スチルってなんだったかしら。
あっ、そうだ、どうして忘れていたのだろう。スチルっていうのは乙女ゲームのイベントシーンで使われるイラストのことで──
その瞬間、雪崩のようにドッと記憶が蘇った。
乙女ゲーム好きの、ごく普通の学生だった前世の記憶。
不幸な事故で早逝した私は生まれ変わり、エリーシャ・アーレント公爵令嬢として十七年間生きてきたのだと。
前世の私とエリーシャとしての私の記憶が混じり合う。
うん、どちらも間違いなく私だ。
そしてあることに気づく。
この世界が、前世にあった乙女ゲーム『雪の花が咲く頃に、君と』にそっくりだということに。
そう、目の前のユリウス様も攻略対象キャラだった。
突然蘇った前世の記憶に頭がクラクラする。ふらついて長い赤色の髪がふわっと揺れた。
同時に視界に入ったのは、自分が着ている真っ赤なドレス。
悪役令嬢が着ていたドレスに似ている。
いえ、似ているなんてものではない。まるでそのもの。
ということは──
もしかして、あの乙女ゲームで断罪された悪役令嬢エリーって、私!?
※※※
両親にとって、可愛い娘はいつもエリアンナだ。
『可愛い娘、自慢の娘、大切な娘』
そして私は『じゃない方』の娘、エリーシャである。
「エリアンナに素晴らしい贈り物があるんだよ」
両親は帰宅するなり、エリアンナにそう言った。
エリアンナは緑色の瞳をキラキラ輝かせている。
赤い髪を揺らして微笑むエリアンナは、鏡写しのように私と同じ顔をしている。私とエリアンナは双子だから。
けれど両親の愛が平等に与えられることはなかった。
「まあ、何かしら。指輪? それともネックレス?」
「残念だけどハズレだ。エリアンナに素晴らしい婚約が決まったんだよ。なんと、第二王子のユリウス様だ!」
「……ユリウス様?」
「ええ、眉目秀麗、文武両道で非の打ち所がない方よ。可愛いエリアンナにぴったりの相手ね」
「嫌よ」
理想的ともいえる相手だったが、エリアンナは眉を寄せてそう言い放つ。その言葉に両親は慌てた。
「な、何故だい?」
「だって、ユリウス様って恋人がいるのよ。同じ学園の聖女って呼ばれている子!」
エリアンナはぷいっと顔を背ける。
「少し光魔法が得意だからって、聖女なんて呼ばれてチヤホヤされているのは、ユリウス様と結婚させるためって噂だわ。そんなんじゃユリウス様の婚約者になっても、すぐに婚約破棄されちゃうかもしれないでしょ。それに私は、私のことを一番に愛してくれる人がいいの。恋人がいる人なんて嫌。断ってちょうだい!」
「だ、だが、婚約はもう決まったんだよ。可愛いエリアンナならそんな噂の恋人よりユリウス様に愛されるのは間違いないから……」
「嫌ったら嫌! そんなに婚約者が必要なら、私じゃなくてエリーシャにすればいいんじゃない?」
エリアンナがそう言うと、両親は今更思い出したかのように私の方を振り返る。
「ああ、そうか。エリーシャがいたな」
「ええ。エリアンナがそんなに嫌がるなら可哀想だもの。エリーシャ、構わないわね」
「え……そんな、私……」
「エリーシャ、よかったわね、玉の輿よ。あなたなら愛されないことも慣れてるし、ユリウス様に恋人がいても平気でしょ?」
エリアンナのチクリと刺すような嫌味に、私は俯くことしかできなかった。
「お父様、お母様、私は女公爵としてこのアーレント家を継いであげる。だからとーっても素敵で有能なお婿さんが欲しいの!」
「あらあら、エリアンナったら」
「エリアンナに頼まれたら応えないわけにはいかないね。素晴らしい若者を探さなければ」
両親はもうすっかり私のことなど忘れたようだ。彼らの楽しげに笑う声だけが響いていた。
それから数日後。婚約者となるユリウス様に挨拶に行くことになった。
「エリーシャ、あなたはまともなドレスを持ってないでしょう。これ、あげるわ」
渡されたのは真っ赤で目が痛くなりそうな派手なドレスだった。
「着るものに気が回るとは、エリアンナはよく気がつく子だ。ご褒美に新しいドレスを買ってあげよう」
「ふふっ、嬉しい!」
「エリアンナは優しいわね。エリーシャ、お礼を言いなさい」
「あ、ありがとう、エリアンナ」
私はお礼を言ってドレスを受け取る。
私にまともなドレスがないのは、いつもエリアンナだけがドレスを新調し、私はエリアンナのお下がりを与えられていたからだ。公爵家が困窮しているわけではない。理由は贔屓以外に思いつかなかった。
受け取ったドレスはゴテゴテとフリルとリボンに覆われ、袖やスカートの形も少し前の流行りのボリュームがあるタイプだった。
(──まるで悪役令嬢みたいなドレスね)
そんなことを考え、こめかみにズキッと痛みが走る。
(悪役令嬢……? それ、なんだったかしら……)
自分が考えたことなのに意味がわからない。
私はこめかみをさすり、首を捻った。
私は父と王城で形式通りの顔合わせを済ませる。父が国王陛下と話している間に、私はユリウス様にご挨拶をすることになった。
通された部屋で待っていると、しばらくしてドアがノックされ、第二王子のユリウス様が部屋に入ってくる。
ユリウス様は艶のある金糸のような髪をさらりと揺らす。宝石よりも美しい青い瞳が私に向けられた。
芸術品のように整った顔立ちをした絶世の美男子だ。
「君がエリーシャ・アーレント公爵令嬢だね。僕はユリウス・フォルミニアだ。よろしく」
ユリウスがニコッと私に微笑みかけた。
心臓がトクンと音を立てた、その瞬間。
私は前世の記憶が蘇ったのだった。
そして私は、断罪される運命にある悪役令嬢エリーらしい。
……どうしよう。




