トンコツと名付けられた豚の生き残り戦略
うちのオークは豚系獣人でよろしくお願いします。
思えば、主は可愛いもの好きであった。
「あれぇ、うりぼー。かわいー」
気の抜けたような声が上から聞こえた。群れから追い出されて数日、すでに死にそうなくらい腹が減っている。身動きが出来そうもなかった。
「うん? イノシシじゃないのかな? 可愛い豚ちゃん」
ふふっと笑いながら私を抱き上げる。お、意外と重いと言われたが取り落とされることもない。
「そうだなぁ。君の名前はトンコツ。おいしく育ってね」
ぞくっとしたのは、気のせいだと思っていたかった。
拾われた日から一年たち、二年たち、気がつけば五年経過していた。
のんびりと主に可愛がられながらの日々は穏やかだった。ときおり、おいしそーと呟かれる以外は。
主はトールという。森の中で、家を建ててくらしていた。のんびりとしたような言動ではあるが意外と目つきが鋭い。あと意外と筋肉ある。それから意外と生活力にあふれている。
私がいた群れなら即追い出されそうな感じなのに、一人で野菜作ったり、道具を作ったりで生計を立てている。群れではそれの専業がいるし、複数人従事するものがいたようなことばかりだった。
一人分だからねぇと言いはするが、余剰分は売っている。
森の奥からやってくる謎の売人の野菜は奥様方が争奪戦を繰り広げ、ただのナイフに猟師や精肉業者が群がる。そして、その豚売らないかとか言いだす。
悪いけど、おいしく育ててるんだ、と恐ろしいことを言いながら断るのも常だった。
食べるの? 本気で食べるの? 違うよね? 私、あなたの可愛い豚ちゃん、だよね?
といつも思う。
いつか食われるかもしれん。物理で。
今までよくしてもらった飼い主に食べられるのであれば……嫌だ。嫌すぎる。ずっと一緒とか言いながら僕の血肉におなり、とか言いだすタイプだ。
それはそれこれはこれ、食欲はさらに別。
逃げ出したほうがいいような気もするけど、逃げられる気もしない。なんだかこう、運命がある気がした。繋がってる。こいつ捕まえておけという本能。ねじ伏せがたいなにか。
そんな恐怖と愛情に満ちた日々の中、ある獣人が私たちに目を止めた。
彼が言うには、私も獣人だという。
あ、そうだった。と今頃思い出す私も私だ。豚生活、快適すぎて忘れてた。
私豚獣人、いつまでも人化できないから捨てられた。
「……は? 獣人のなりそこない? トンコツが?」
「そうですよ。ここまで育ったのを見ることは珍しいです。小さいうちに、森で死ぬか、そうでなければに」
「はい、トンコツ耳ふさごうかっ!」
耳をふさがれた。
なんもきこえないくらいぎゅうぎゅうにされて痛いくらいなんだが。
少し彼らは話をして去っていった。
全くデリカシーがないとぼやいているが、主も大概である。
「君は獣人で、人の言葉を理解しているような態度ではなく、実際理解してたと。
そこまで育って、人化しないならこの先も通常では人化しない。人化できないなら人型に近いものに進化するしかない。
ってことらしいよ」
進化。
というのは? と思った瞬間、何かが見えた。あ、あった、と今まで気がつかなかったのが不思議なくらいに選択肢が広がっていた。
その中で燦然と輝く、トンコツの星というものから目をそらした。なんかそこはまずい気がした。色々、やばそうだ。
「進化ツリーってわかる? あ、わかるんだ。それで人型になる系統があるっていう話。
人の進化は禁じられてるから、スキルを極めていくって話だけどさ……。あ、なんか生えた。
テイマーねー、よく、捨てスキルとか、クズとか言われるやつじゃないかなぁ」
「ぶひ」
「うん? 慰めてくれるんだ? かわいいな僕のトンコツ。そのままでもいいよ。僕が養うし」
「ぶひ」
「大丈夫だって、森に引きこもりなら任せてよ。スローライフ快適すぎて都会怖いし」
「ぶふー」
「うん。帰ろう。ってどこいくのっ」
本屋だ。
この優しい主に任せていたら、快適生活をしすぎてほんとに食われる。おいしいお肉されてしまう!
きっとあのショウガヤキもトンカツもギョウザもなんか食べ物なんだろう。
「ぶぶっ」
「買えって? トンコツ文字読めたんだ? すごいな。天才」
ふふんと得意げになっても可愛いと撫でてくれる主。好き。
でも、食われたくない。ホントに、嫌だ。
それなら、やってやりましょう、進化をっ!
遠くに燦然と煌めく王への道を歩み出した私。
それからさらに1年、本格的に、間違っていたらしいということを知ったのは、進化後のことだった。
これで主を守れるし! 主より強いから食べられない、たぶん! と思ってのことだったのは秘密にしておきたい。
思えば、やはり、主は可愛いもの好きだった。
最初に拾われたのもかわいーうりぼーというところだった。小物も意外と可愛いものでそろえたり。
その主から。
「トンコツ、可愛くない。いっそ僕よりイケメン」
という衝撃の言葉をもらった一夜を超えて、私は決意した。可愛くなってやると。
絶対絶対、世界一のかわいいを手に入れてやる。
ぶたさんだー!