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第5話 モテたいとか言った気がするけども

 薄暗い玄関で、押し倒されたままの俺。

 俺に跨るどころか今まさに俺を襲う態勢にしか見えない彼女の姉。

 そして、その現場に居合わせた彼女。

 絵面は完全に修羅場だ。


「百合さん、そのっ、これは、偶々転んだだけでっ!」


 俺は一切の非が無いのにも関わらず、何故か口からは弁明が飛び出す。これでは俺がやらかしたみたいじゃねーか。

 だが、段々と近づく百合さんの顔は不思議と怒りは見えてこなかった。むしろ、笑っているような――  


「お姉ちゃん、勝手に手を出すのはダメって言ったでしょ。巧くんが怖がってるじゃない」

「ちょっとぐらい良いじゃん。百合に言われた通り足止めしてあげたんだから」

「巧くん、まだ慣れてないし、昨日痛くて気絶しちゃったから……」

「じゃあ、今度から手伝ってあげない」

「…………ちょっとだけなら」


 微笑ましい姉妹の会話の中で、あっさりと俺が売られていた。


 ――逃げよう


 気を抜いている今しかない。俺は一気に力を入れて上に載っていた菫さんを押し退けようとした――したのだが、


「巧くん、どこ行こうとしているの?」   


 上体を起こそうとした瞬間に、百合さんが近づいてきて俺の肩を床に押さえつける。


「私の事、好きって言ったよね?」


 悪夢のような彼女の微笑みが、うっとりと俺を見つめていた。





  


 そう言えば、今年の初詣にモテたいって願掛けした気がする。賽銭は一応現担ぎの五円入れたけど、あれ良くなかったかなぁ。

 それともあれか。この部屋が事故物件だからか。ちょっと古いけど、2DKで家賃格安。ラッキーぐらいに思って安直に飛びついたのがダメだったのか。前の人、部屋で首吊って自殺したとは聞いてたけど……まさか、ね。

      


 現実逃避再び――目のやり場に困って俯く俺は、今。ソファーの上で美人二人に囲まれている。絵面だけなら何か始まりそうですね。

 

 …………何かって、何だ。


 ゴロゴロしながらテレビを見たいと言う願望で購入した少し広めのソファー。三人で座っても多少の余裕があり、これでゲームも動画も寝転がりながら快適にエンジョイできるという仕様だ。決して、恐怖の対象に囲まれるために大きめのソファーを買ったんじゃない。


 右手には絶賛別れたい今カノ。左手にはそのお姉さん。

 これが漫画ならマジで何か始まりそうですが、命の危機しか感じないのは何故でしょう。あぁ、目が青いから……あとは、見ないようにしている牙の所為か。


 つくづく頭の中は、現実を受け入れられずに混乱を極めている。

 その諸悪の根源。俺を惑わし続ける二人が俺を挟んで引っ付いて、どうすれば俺から離れてくれるのか、考えるのも嫌になっているのもある。


 世の中には素直に二人に血を吸わせてくれる若い男なんて他にもいると思うんですよ。プラスで貢いでくれる人もいるって、多分。


「あの、俺こう見えて口は堅い方なので、昨日の事とか、お二人の目とか牙の事とか誰にも離したりしません。ましてやSNSとかで、撒き散らしたりなんてしません」 

「だから?」


 透き通る声が、ツンと冷たい。


「いや、あの……俺の許容範囲を超えてると言いますか……その、百合さんが……()()的な人だと……知らなかったので……」

()()って?」


 姉妹が俺を挟んでクスクスと笑う。

 怖い。けどもう答えるしか選択は残されていなかった。


「お二人は……その、吸血鬼……的な」

「昔ならそう呼ばれたかもね」


 右側から、透明感のある声でさっぱりと答える百合さん。

 

「そんなの今の時代にいるわけないわよ。私たち昼間も行動できるし、巧くんが吸血鬼みたいな何かになっちゃう事も無いし」


 左からは、絡みつくような甘い声で返す菫さん。だがその声は、ただ――と続けた。


「普段は薬で吸血症状を抑えてるんだけど……時々、どうしても血が飲みたくなるだけ」


 妖しい声はどんどんと俺の耳元へと近づくと同時に、百合さんとはまた違った細い指が首筋……昨日の傷痕を摩っていた。

 俺には恐怖が募るばかりで、思わず百合さんへと向けて目線を上げてみる。


「ごめんね、最初はどうしても痛いと思うんだけど、」

 

 声だけは同情めいているが、表情ばかりは隠す気がないらしく楽しそうなのは何故なのか。俺の手を握って、我慢してねと言う。ここまでくると、この女イカれてるとしか思えなくなってきた。

 そう脳裏に浮かんだ矢先、ブツッ――と皮膚を突き破る音が響いた。

 俺の背後に回り込んだ菫さんが容赦なく牙を突き立て、右隣では百合さんが俺に抱きついているのか押さえつけているのか……どちらかはわからない。

 ただ、ぼんやりとし始めた視界で百合さんを見れば、その目は完全に好物を前にした動物と同じだった。


 ――俺の事を美味そうな獲物(そんな)を目で見るのはやめていただけませんか?

 


 おしまい

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