それでもなお……副音声はいらない
俺は「下はパンツだけ」といういで立ちで堂々と歩む。
パンイチも考えたが(パンツは脱げない仕様だった)、そういうキャラメイクは案外普通だったので、あえてズボンだけ脱いだ。さぞかし奇異に映っているに違いない。
両手を大きく上方へと掲げ、仁王立ちになる。
このゲームに「投降」というシステムは無い。せいぜい無抵抗で撃たれるのを待つだけ。
(中には敗戦濃厚になるとログアウトする奴もいたが、それはマナー違反だ。)
『ベネッツ』が姿を現す。
あぁ、格好いいなぁ(自画自賛)、改めてみると格好いい。銃器のほとんどをマッドに仕上げ、装備や服装は無骨でありつつスタイリッシュ。口元にはガスマスクが付けられているが目元はそのまま。鋭い眼光に痺れる!
懐かしさでなんだか胸に熱いものが込み上げてきた。
あのゲームをやめてから何年たったのだろう。あんなにハマっていたのに。
それに引き換え俺は俺のままで、ましてパンツ丸出し!
さぁ見るがいい! 俺の姿を確認するがいい! 次はお前が見る番だ!
両手を挙げたまま『ベネッツ』へとゆっくりと歩む。
まるでホールドアップ、負けを認めたようなジェスチャー。だがそうじゃない。
「よう、相棒! 調子はどうだい?」
そうだ、これはホールドアップなんかじゃない。旧知の友、俺の相棒、『ベネッツ』を抱擁するかのように迎え入れるジェスチャー!
「……、?」
『ベネッツ』が首をかしげるようなしぐさを取る。
ゆっくりと銃を天に向け、威嚇するように数発射撃する。
あ~~~、怖ぇ~~~!
負けを認めたと早とちりして、撃ってこなくてよかった~~~!
心臓が早鐘を打つ。逃げ出したい恐怖心を飲み込む。そうだ笑顔のままだ!
全身から汗が噴き出すのがわかる。
よく見てくれ! 俺を!
そして俺は知っているぞ! 背中と腰の間に装備しているものを! 実用はほとんどないけど装飾品として付けてるその武器を!
【主人公が大きな賭けに出ているため、以下の副音声はOFFになっております】
「本多くぅ~ん! ズボン脱いで歩くだなんて、変態さんだったんですかぁ??
丸腰じゃねぇぜ? 俺にはビックマグナムがあるからな!
ってアピールですかぁ?
でもでもぉ~、そんなにビックじゃない、けふんけふん。
でもあたし! そんな本多くんのそれ! 可愛くて好きですよっ!
ん? あれ? あれれ?
いつもの冷たいツッコミが無い! それこそ冷たい!!
うぇ~~~ん、あたしも参加させて下さいよぉう。
戦いに花を添えるメインヒロインじゃないですかぁ~~!
脳内OFFとかひどいですよ! 放置プレイとか冷酷ですよぉ!!
いつも可憐な涼風と、甘い香りをお届けしているのに~~~」
【※集中力が高まり、必要のない音声は主人公には届いておりません】
『ベネッツ』が銃を下ろす。
来た!! 来たよな?
そう、この頃の『ベネッツ』、この頃の俺は「縛りプレイ」に縛られていた。
つまり「相手と同程度、同じ武器を使う」だ。武器による性能や特徴を相手に合わせて戦っていた。
『ベネッツ』が銃器の装備を解き、腰に装備していたサバイバルナイフを構える。
きっと「ハハハ、ナイフ1本で挑むだなんて、お前狂気だな~! お~し、付き合っちゃんゼ!」とか考えているんじゃないだろうか。その表情からは読み取れないが。
よし来た! これで同じ土俵だ! どう考えたって包丁1本で銃器に敵うはずなどない。
映画に出てくるような凄腕アサシンならやってくれそうだが、俺はそうじゃない!
これで賭けには勝った。勝ち筋へは、一歩は近づいた。
『ベネッツ』がナイフを構えたのを見て俺は素早く接近する。
読み、予測が正しければ離れるのは得策じゃない、適切な距離が死なないために必須だ。
俺のやっていたFPS。これはあくまで「3次元シューティングゲーム」だ。
つまり「撃つこと」を主体としたゲームであって、格闘ゲームではない。
ナイフの活用方法は限られてる。
接近戦では切りつける。超接近戦では心臓を一突き、背後からだと喉を掻っ切る。
仕様上、それ以外のアクションがない。
中距離だと投擲。これが一番、今の俺にとってはヤバい。投擲されたら十中八九、かわさねば命中するだろう。たぶん今の俺にはそんなかわせる能力はない。
あぁ……
見え見えだよ『ベネッツ』、見え見えだよその攻撃は。
心臓を突いてくるか、振りぬくかしかないじゃないか。
タイミングだけのゲームならリズムゲーと変わらない。まして守るべきポイントは一か所。
それに対して俺が出来るアクションは無限にある。
俺は四肢、末端を中心に狙い切る。一定の距離を保ちながら対応する。
確実に、油断することなく。
このゲーム。無駄なところでリアリティな仕様だった。
四肢にダメージ(被弾)があった場合には、徐々に行動が制限される。
包丁とサバイバルナイフというリーチの差はあれど、同じ場所しか狙えない『ベネッツ』に対し、自由な場所を攻撃できる俺とは、力量の差が大きく出た。
動きの鈍くなった『ベネッツ』の心臓へと、俺は包丁を突きさす。
なんだろう、この喪失感は。
なんだろうこの、何か大切なものを失った感覚は。
勝ったはずなのに。
『ベネッツ』
FPS(3次元シューティングゲーム)で主人公が作ったキャラクター。
見た目などは好きだったバンドボーカル(故人)を模している。