奇人と書いてトリックスターと読む
「よくぞ来ました勇者よ!」
「いらん! そういうのはッ!」
「うえぇぇ~?」
巨大石像と化した『猫乃木まどろみ』に間髪入れず申し立てる。
なんなんだこいつ、なんなんだお前! 俺の精神を挫くのが目的か!
「だってだてぇ~、なってみたいじゃないですか巨大石像!」
なりたくはない。
巨大石像として現れた『猫乃木まどろみ』は、石像らしくポージングは女神のままで微動だにせず、その表情だけを変化させている。
あぁ、かえって気持ち悪い。
せっかくでかくなったのだから、これでもかってくらい銃弾を浴びせたい。
余すことなく削り去りたい。
だが残念なことに俺に銃器は無い。
「大事な局面に突入するから、邪魔だけはするな。
いやもうしゃべるな!」
俺はアホな『猫乃木まどろみ』を意識から切り離し、追ってきている『ベネッツ』へと集中する。
ここからは繊細な計算、集中力、そして『ベネッツ』の行動をどれだけ読めるかにかかっている。チャンスは一度きり。もう射程内に入っているのだ。仕留めに入ってくる『ベネッツ』から逃れるすべはない。
ここで俺ならあの階段中段の石柱に潜む。
右に逃げたらそのまま狙撃する。その場合の命中率は70%程度だろうか。
左に逃げたら……
アホだな、とか思いながら逆サイドに身を転じ、移動しながら行く手を阻むように数発。
そして立ち止まったところにヘッドショット。
じゃあそのまま正面へと現れたなら?
おそらく突拍子もない行動に一瞬だけ驚く。
続けて「罠?」と思いながらワンテンポ躊躇する。
そして「いや、血迷ったか!」と判断し、前進して確実に当てるために一発だけ撃つ。心臓をめがけて撃つ。
それが狙い目だ。
『ベネッツ』が前進し、銃を構えるであろうポイント。その銃口と俺を結ぶ射角。それから導き出される俺が立つべき位置。
最大の注意を払いながら『ベネッツ』が潜んだであろうタイミングで、俺は正面へと躍り出た。
『ベネッツ』、過去の自分とシンクロし動きを読む。
驚く、躊躇する、判断して前進、銃を構え照準を合わせ、引き金を……
俺は真後ろへと飛ぶように倒れた。
銃弾が胸を掠める。
完全にかわすことは無理だった。
だが銃弾はそのまま俺の狙い通りの位置へと真っ直ぐ飛ぶ。
巨大神殿の中央にあるシンボルへと。
直後、巨大神殿が轟音を立てて崩れていく。
「巨大神殿のシンボルを撃つと、巨大神殿が半壊する。」という演出は、通常は変わらない構造物が変化する、という特殊な環境をこのゲームに与える。
身を隠していた構造物が倒壊するだとか、倒壊した構造物で視界を遮られるだとか。色々な隠しギミックがあるのも、このゲームの醍醐味だった。
武器の無い(包丁一本)俺としては、その倒壊する構造物で『ベネッツ』を倒せればいいのだが、残念ながらそういうことは起きない。
だがこれは「勝つ可能性」を拾うために、やらなければいけなかった。
まして俺に銃がない以上、『ベネッツ』に撃ってもらわなければならなかった。
倒れた壁の噴煙に乗じて移動する。そして『ベネッツ』を探す。
このお互いの距離、この状況なら見つけられるはずだ。直接『ベネッツ』を見ることが出来るはずだ。
「勝てるか勝てないか」の分水嶺として、どうしても『ベネッツ』を直接見て確認する必要があった。銃をどちらの手で持っているのかを。
視界の端をかすめるように移動する『ベネッツ』を捉える。
銃は……、左手に持っていた。
俺は右利きだ。
かつて遊んでいたFPS。
上位ランカーになるまでは、殺して殺して殺しまくって。ただただ相手を倒すことだけを考えてゲームしていた。たぶんその前後が一番の全盛期だったと思う。
上位ランカーになってからは、勝つことに物足りなくなっていた。
いわゆる遊びに走った。
その一つが「左手に銃を持つ」ということだ。
面白い仕様だったが、左手に銃を持つとコントローラーの操作も右手と左手の役割が逆になった。つまり「縛りプレイ」に走ったのだ。
ちなみに両手に二丁持つことも可能だったが、所詮は視点(銃の照準)が一方向だし、割り当てボタンが減る分移動に制限が掛かるしで、「見た目が格好いい」というメリット以外あまりなかったのですぐやめた。
俺は『ベネッツ』が全盛期なのか晩成期なのか確認したかった。
全盛期の『ベネッツ』にはまず勝てない。仮に銃器を持っていたとしても、フル装備だったとしても「ブランクのある自分」対「全盛期の自分」に勝てるはずがない。
そもそも包丁でなどでは万に一つもない。
だが『ベネッツ』は晩成期だ。
俺はズボンを脱いだ。
「うは~! なんですか?なんですか??
漢祭りが始まるのですかぁ??」
いつの間にか現れた『猫乃木まどろみ』の顔面に、脱いだズボンを丸めて投げつける。
「うるせぇ、邪魔するな」
至近距離なのに匍匐前進&双眼鏡で寄ってくるな。
まるでムカデのようだ。嫌悪感しか浮かばねぇ。