背景は『天移門』にして静寂が支配し
「よう、元気そうで何より」
ゆったりとした足取り。数歩手前で立ち止まり気軽に声を掛けてきた人物。そいつをいざ目の前にすると軽い目眩を覚える。
「あっ! 本多くぅ〜ん!」
『猫乃木まどろみ』がとてててと歩み寄る。
『本多俊輔』に。
「いざ目の当たりにすると吐き気がするな」
「そう? お前、好きだったじゃん」
目の前に現れた奴は自分自身だった。
今更そんなことが起こったところで「この世界」にあって驚きやしない。ただ自分自身を見せつけられるようで、いや見せつけられて吐き気がするだけだ。
「生前から」というのもおかしな表現だが、僕は鏡を見るのがあまり好きじゃなかった。ヒゲを剃ったり髪型を整えたりと最低限は使っていたが、どうにも自分自身と目を合わせるのが嫌だった。
言うほど不細工ではないつもりだが、かと言って見惚れるほど良い面でもない。あぁ、面構えは良くは無いな。
たぶんポーカーフェイスが染み付いてる。仮面越しに世界を相手にしている。
それがこいつの表情に張り付いていた。僕も同じなのだろう、「自分」の顔なのだから。
今更そんな自分自身が現れたところで「どちらが本物で、どちらが偽物か?」なんて疑問すら湧かない。別にどっちだっていい。
「『猫乃木まどろみ』のこと言ってんじゃねぇよ。
とはいえそいつは二次元キャラだからいいのであって、最早僕には不快な存在でしか無い。もう1ミリも好きだって感情が湧かないな。
それに「吐き気がする」ってのはお前に対してだ、気持ち悪い」
「あらあら、おやおや。
嫌われちまったもんだね、お互いに」
『本多俊輔』と『猫乃木まどろみ』がお互いの頬をつつき合っている。何を見せつけてんだ、こいつは。
「……、早いとこ殺ろうぜ」
「まぁ慌てんなって、時期に始まるからさ。
それよりちょっと気になったんだけど、俺の一人称って僕だったっけ? いつの間に変えてんの、気持ち悪い」
「あ〜〜〜! 気持ち悪い上にウザいな、お前」
僕はこんなにウザい奴だったのか?
本人なんだから「真似されてる」って話しでは無いのか? ああ、つまりこれは自己嫌悪だ。
頭がおかしくなりそうだ。いやもう僕はおかしいのかもしれない。今更だろうがこの非現実的な世界に適応しちまってる気がする。受け入れてなお抗ってる気がする。
「せっかく、やっとこさここまで来たんだからさぁ。最後に再確認じゃね? ちゃんとルールってやつをさ?」
「おやや? ややや!
これはあたしの出番ですね! 本多くぅ〜ん!
ん? あれれ? あ! 本多くぅ〜んたちぃ!!」
『猫乃木まどろみ』が僕ら二人の間でクルクルと舞う。エフェクトとかいちいちウザい。
頭の中がハッピーなのは十分に理解した。だからその頭の中を展開するのはやめろ。
「七人殺して天移門をくぐる権利を得る。
ついにここまで来ましたね! すごいですね!すごいです! めでたく六人殺せました〜! ぱちぱちぱちぱち!
最初はぁ、ちょっと不安はありましたけれど本多くぅんならやってくれるって、あたしは信じてましたよ?
涙あり笑いありの」
「ねぇよ! さっさと進めろよ、ウゼぇ」
「も〜、もうもうもう!
ほんっと、こっちの本多くぅんはせっかちさんなんだからぁ。ここはほら感傷に浸って涙を流し、んでもって自己を徐々に奮い立たせながら「気負い十分!」ってなるところじゃないですかぁ。
そういう自己暗示みたいなテンション上げるのって、儀式的にも様式美的にも、みんな期待してるんですよ?」
「もういい、わかった」
『猫乃木まどろみ』が満足そうに微笑む。
ああ、確かにこんなシーンがあったかもな。こいつの劇場版のクライマックスと同じだ。
天を指し、そしてゆっくりとその指先を地へ降ろす。
余震のような振動と重低音。
相対する僕と奴の横に『天移門』が厳かに涌現する。
「さー、いよいよ七人目ですね!
これが最後ですよ〜!
張り切っていく? いっちゃいます?
まずはお馴染みの武器コーナーで……」
「いらねぇ。
それにお前ももういらねぇよ」
「くくくっ」と含み笑する俺。
いやほんと、どっちがどっちだかわからなくなってくるな。だが少なくとも自分は笑ってなんかいない。
とはいえ憎悪や怒りとは違う。嫌悪感だろうか。
楽しくないのは確かだ。
「準備はしっかり整ってる、てか。
心の準備、覚悟の方も大丈夫そうだな」
「あぁ、それこそお互い様にな」
僕の手にはすでに「武器」が、凶器が握られていた。それは奴も同じだった。
「んじゃ『猫乃木まどろみ』
君はもう退場ね。名残惜しく感じるけれど、君はもういいや。邪魔になるだけだし、ここからは俺の問題だから」
そして静寂が訪れる。
俺の問題か。あぁ確かに、ここからは『本多俊輔』が解決すべきことだな。それについては同感だ。




