死者しか帰えらない盆踊りで
手に取ったずっしりと重たいそれを見る。
手榴弾。もちろん実生活では使ったことは無い。知識はゲームや漫画のそれだが、見たところその知識で十分だろう。安全ピンを抜く、手を離せばセーフティレバーが自動的に跳ね上がる、そのまま時間内に目標に向かって投げる。それだけだ。何も考えることも思うこともない。
深く目をつぶる。ゆっくりと開ける。
目を開けたのにもかかわらず辺りが暗い。場転。
遠くから徐々に音量を増す人々の喧騒。闇に目が慣れ、視線を前へと上げる。提灯の光、ぼやっと淡い。
祭り? 太鼓ばやしが聞こえる。これは……、盆踊りか?
輪郭をはっきりさせていくその風景に、俺は嫌な予感に背筋がゾワッとした。
いや、まさか、そんな……
次の相手の予想、予測。
それを、その答えを心が全否定する。
「本多くぅ〜ん、早く行きましょ?
フランクとか、綿あめとか、りんご飴とか!」
「うるせぇ……」
前にまわり込み俺の手をひこうとする『猫乃木まどろみ』
浴衣姿で下駄をカタリと鳴らすそいつに視線は合わせない。
横へとかわして一歩踏み出す。
何年振り以来だろう、ここに来るのは。
いや、それはおかしな表現だ。ここは俺の記憶から作られた架空の世界なのだから。それは差し置いたとしよう。
……、これは10年振りの邂逅だろうか。
県外の高校へと進み、俺はその街の大学へと進み、そしてまたその地を離れていた。性分なのか何なのか。俺は一か所に定住するタイプではなかった。就職後は出張の多い仕事だったせいか生活基盤として一つの街に留まっているが、そこは生まれ育った町でも青春時代を過ごした街でもない。
この街の、大学生時代に過ごしたこの街の盆踊り。色々な地域で大小様々な盆踊りが行われていたが、中でもここは街の中心部で行われてた一番大きな会場だった。
不思議な光景だ。人々の喧騒、確かに賑わう屋台、揺れる提灯の灯り。そういったものが確かに息づいているのに、それを成す人々が居ない。いる気配はあるのに居ない。まるで見えない幽霊が多く集まっているかのようだ。
唐突に「死」という概念を意識する。恐怖感に晒される。「自分の死」にではない。ここが「死んだものだけ」の場所であることに恐怖する。
確認するのが怖かったが、それでも確認することなくこの恐怖感に晒され続けることの方が苦だった。先を、答えを知るために、一歩一歩と進む。
やがて視界が開かれ、その中央で迎え入れるかのように大きなやぐらが立つ。
太鼓囃子と朗々と歌われる盆踊り。目に写らぬ多くの浴衣姿の男女がやぐらを中心に二重三重と舞っているのがわかる。静寂と躍動が共存するおかしな光景。
あの日、あの時。
高校を卒業し、その次の年のお盆。
大学で出来た、つかず離れずな数人の友達グループ。特に目的を持っていたわけでもなんでもなく、暇だし折角だしと訪れただけだった。
ふと見た先に居た彼女。お互いに気が付く。
「もみじちゃん先生!」
彼女は言葉を発することなく会釈した。
俺のことを忘れていたわけでも何でもなかったが、突然の再会に頭がついていかなかったらしい(そのことは後から知った)
はにかむような、驚いたような微笑み、あるいは俺の勢いに苦笑。
彼女は高校の時の副担任で現国担当の教師で、俺が秘かに憧れを抱いた人だった。淡い恋というにはあまりに青臭く、一方的な想い。俺にしたってその心を打ち明けたりはしなかった。あくまで先生と生徒。ただ俺は彼女から多くのこと、勉強以外の多くのことを学んだと思う。
「お久しぶりです! あ、今日はお友達とですか?」
彼女の後ろにいる二人の女性に気が付き、慌ててその場を取り繕う。
「うん。……元気そうね」
「はい、どうにか元気です、ははは。
僕も友達と来てました。えっと、それじゃぁ……」
あの時はやはり勢い任せだった。再会できた喜びに後押しされた。
でもだから、俺はもう一歩踏み出した。
「あの、先生の連絡先、教えてください!」
勢いにのせられたからだろうか。彼女がつぶやくように言った電話番号。それを手の甲に書き込んだ。
「近いうちに連絡します!」
その場を後にしたが、離れれば離れるほど、時間が経てば経つほどに心臓が高鳴る。緊張で視界がふわふわと現実感を失う。
その日のその後のことはあまり覚えていない。ただ彼女の微笑みと大きな盆踊りの音だけ。
それから数日後。今度は勢いでもなんでもなく、勇気を振り絞って一歩踏み出した。連絡を取り再び会った。近況報告や色々なことを話した。その後も機会があれば会った。
俺は「生徒」から「元教え子」に、そして「知り合い」から「友達」になった。でも「恋人」にはならなかった。
「もみじちゃん先生」から「進藤さん」に、「進藤さん」から『もみじさん』に。
「本多くん」から「俊くん」に。
姉のような存在。「親戚以上、恋人未満」な関係。
「お久しぶりだね、俊くん。」
音と光しかない盆踊り会場。そこにいたのは『もみじさん』だった。
あの日、あの時のままの姿で。あの日あの時の微笑みで。
憧れの、憧れのままでいてくれた姉のような存在。初恋のその人。




