鎖につながれた象、改め俺
「鎖につながれた象」の話をご存じだろうか。
先入観、幼少期の失敗体験に縛られた、文字通りその「鎖」につながれた象の寓話だ。彼に「再挑戦」という言葉は無い。
今の俺は確かにそうなのかもしれない。『親父』様に敵う気がしない。乗り越えられることが想像できない。だがどうなんだ、俺は成長していないのか? 『親父』のように肉体労働者として鍛え上げられた身体ではない。だが身長も体重も当然に成人男性として成長している。
戦闘経験はリアルでは無い。でも仮想とはいえ知識としては経験してるし、さっきまでだって動けないわけじゃなかった。たとえぎこちなくとも、何もできない子供じゃあない。
『親父』は「抗え」と言った。
抵抗しろ、挑戦しろ、立ち向かえ、勝ち負けだとかではなく挑めと。
お前の言い分、主張があるなら俺に歯向かって来いと。
ストレート、実直。思いのまま突っ込んで来いと。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」
雄叫びを上げ、自身を鼓舞し、バットを振り上げて『親父』へと突っ込む。
走る勢い、思い、よくわからない情念。全てを込めて振り下ろす。
正中線に振り下ろした渾身のバットを『親父』は巨大スパナを水平に構え、正面から受け止める。沈む身体。重たい衝撃音。崩壊する足元の石畳。生じる爆風。舞い上がる噴煙。
だが『親父』は俺の一撃を受けきった。
「……、悪くない」
跳ね除けるように巨大スパナを振り払う。その勢いに圧され吹き飛ばされる。
「が、弱い。
お前の怒りはそんなものか」
怯むことなく態勢を整え着地、と同時に再び突っ込む。横薙ぎ。
大木、いや岩石を打ったかのような衝撃が腕に跳ね返ってくる。
「怒りとはなんだ」
答えようとする間もなく、蹴り転がされる。
「生きる原動力の一つだ」
いやいやいや『親父』様、即問即答ユアセルフ!
「では、お前の死はなんだ」
歩み寄ってくる『親父』がゆっくりと巨大スパナを後方へと、ボーリングのように腕を振り上げる。
来るッ! 咄嗟にバットの両端を持ち備える。
地を走るようなスイング。全身に走る衝撃。ボーリングの玉というより打たれるゴルフボール。
「悲しみか。苦しみか。」
衝撃を少しでも抑えようと自ら後方へと飛んだ。どうにか態勢を整え着地する。
「それは死の原動力か。」
「ち、違うッ!!」
そこからは我武者羅にバットを振り続けた。怒りなのか何なのかわからない衝動のまま、ただひたすらに『親父』へとバットを振り続けた。作戦もくそも、技も何もかもない。ただ感情をぶつける我儘な子供のように。
一つ一つを避けることなく、いなすことなく受け続ける『親父』
口をはさむことも攻撃を挟むこともなく、真正面から受け止めてくる。
積極的に遊んでくれるような、コミュニケーションを取るような父親ではなかった。だがらといって、子供からのアクションを拒絶するようなタイプでもなかったように思う。幼少期はじゃれついたように思うし我儘も言ったように思う。
いつからだろう。生意気なことも意見も、俺の方から言わなくなったのは。拒絶されていたわけでもないのに会話は無かった。いつの間にか「話しても無駄だ」と決めつけていた。
苦しみも悲しみも、誰にも理解は出来ないと思ってた。実際、自分自身ですら理解出来ない衝動だった。
やはり「鎖につながれた象」か、俺は。
感情のままに抗う。その感情を一方的に受け止める『親父』
そこに一切の会話は無かった。だけれど会話以上の「会話」があった。
どれくらい暴れていたのだろうか。どれくらい一心不乱に感情をぶつけていたのだろうか。
未だ感情は昂ったままだったが、攻撃の手を止めて『親父』から距離を取る。肩で荒く息をする。『親父』は最初と変わらず、まさに仁王立ち。俺が動なら『親父』は静だった。
『親父』がおもむろに腰を下ろし胡坐をかく。巨大スパナを床に置く。
「抗え」
静かに、深く、重く、ゆっくりと。『親父』が一言だけ俺に伝える。
その言葉は多くを含んでいるんだと思う。ただ俺には「生きろ」と聞こえた。
俺は渾身の力を込めてバットを振った。
手ごたえはあったはずなのに、別の何かが伝わり残った。
ピクセルとなって消えていく『親父』
振り切って地に投げ捨てたバット。
カランカランという音だけが響く。
「あっは~!
うっわぁ~、躊躇ないですぅ~! すごいです、すっごいですぅ~!
あと二人で達成でっすよぉ??」
むかつく。虫唾が走る。目の前のこいつに嫌悪感しか浮かばない。
さっさと『猫乃木まどろみ』殺傷して滅したい。全てを砂塵に帰したい。
それが無理だとわかっている。だからさっさとこの「七人殺し」を終わらせたい。
「うっせ。
さっさと次を出せよ、クソ野郎」
あと二人。あと二人殺せば終わるのか、これは。
いや、そんな甘かないはずだ。こいつはクソ野郎なのだから。
「ではでは恒例の~~~っ!」
巨大陳列棚が湧出する。
「武器選び、でっす!!」
くるくると回る『猫乃木まどろみ』を無視し、俺は目の前にあった塊を手に取った。最早こんなことに悩んだり時間をかけたくはなかった。
『父さん、親父(本多侭)』
主人公の父親。二年前に病死。天寿というには早すぎる年齢だった。
車や船などの整備工場を営んでいたが、死去と共に廃業となっている。




