食べ物を残しちゃいけないのはわかっているけれども
「お前は、命というものをなんと心得る」
ゆっくりと歩み寄ってくる『親父』
明らかにわかるその身に纏った強敵、いやラスボス、蹂躙オーラ。勝てるとか勝てないとかじゃなく一方的に殺られるところしか想像つかない。しかも不可避。
▶本多俊輔は逃走した!
▶だが逃げられない!
▶本多侭(親父)の攻撃!
▶99999のダメージ!
▶本多俊輔は死んだ……
だとか、
▶本多俊輔の攻撃!
▶ふらふらと撃つへなちょこパンチ!
▶本多侭(親父)はかわした!
▶かわすついでのカウンターアタック!
▶99999のダメージ!
▶本多俊輔は死んだ……
とかしか、そういう展開しか思い浮かばない。もはや無理ゲーだろこれ。
とはいえだ。ここで何もしないわけにもいかない。「命とは?」みたいなことを問われているのだ。で、あるならば尚更、答えながら活路を見出すほか選択肢が無い。
生前に、この際どちらの生前かはさて置きだ。『親父』が口にした言葉、その中でも教訓のような言葉を思い出す。
正直なところ「思い出さねばならない」というほど難しくはない。元々からして口数の少ない『親父』だったのだ。
残すな。
これしかない。つまり「食べ物を残すな」ということだ。
たった一言の「残すな。」だったが、そこに含まれる範囲は実に多かった。
一つ、好き嫌いはするな
一つ、出されたものは全て食え
一つ、欲に負けて箸を伸ばすな
一つ、故に箸をつけたからには責任をもって食え
一つ、最後の一粒、一滴まで味わえ
そしてその本質はだ。
一つ、育て取り、運び作り、全ての食に関わった人々に感謝しろ
一つ、命を食っていることを知れ
一つ、故に生かされていることを忘れるな
つまり「生きていることに感謝しろ」というのが本旨。
つまり答えは「感謝の気持ち」一択!
「かんしy」
「感謝の気持ち」と答える間も無く、巨大スパナが顔面へと横殴りに振るわれる。振りかぶり動作に反射的に自ら飛び退けるも、先端が頬を掠った。鈍器と見せかけてこの速度では掠っただけで肉が裂かれる。転がりながらその鋭い痛みが追っかけて来た。
つか質問しといて答える前に殴るかよ『親父』!
「待ってよ! 父さん!」
僅かに稼いだ距離。懸命に嘆願を試みる。
「自ら捨てたにもかかわらず、見苦しいものだ」
いやだから! 自殺じゃねぇ!!
全く以て言訳無用、説得の余地なし。「問いに答える」をもって活路を見出そうとするも、その余地無し。甘かった、そうだよこの『親父』様という人は!
ゆっくりと、じわりじわりと詰め寄るを、尻を地に付けながらずりずりと後退する。対『親父』はやっぱり無理ゲーだ。圧倒的暴力と軌道修正不能な会話。勝ち目など皆無だ。
「嗚呼! 義父様!! およし下さいまし!
本多くぅん、いいえ俊輔くんの言葉を聞いて下さいまし!!
ここにあるあたしへの愛は本物で御座いますの! そんな俊輔くんが!
まさか自死などと! よょょょょ!!」
マジ混乱するから割り込んでくんじゃねぇよ! 『猫乃木まどろみ』!
お前が割り込んできて『親父』が止まるとでも思ってるのかよ!!
「……。」
「どうか! どぉうか俊輔くぅんに!
ラスト・フォーエバー・クラウチング・ラブラブビーム・アナザー・グレイト・ヒップホップ・メガモリ・クレイジー・ナマコサンバイズ・シースルー・アンタッチャブル・ソメイヨシノ・ブギウギ
で、最期の釈明の余地を頂けないでしょうか! 早漏じゃなく候!!」
もはや理解不能な『猫乃木まどろみ』の割り込み&弁護に『親父』が止まる。
いやこれは止まる止まらないじゃなく、意味が分からないだけだろ!
「……、わかった。釈明を許そう」
わかったのかよ!
いやわかってねぇだろ! 『親父』様!!
いやだが、これはチャンスだ。『猫乃木まどろみ』はマジで意味が分からんが、これは間違いなくチャンス。答えながらではなく、答えて活路を見出すしかない。
「い、命とは感謝すること」
『猫乃木まどろみ』がズリズリと後ずさり、三つ指ついて『親父」に進路を譲る。だが奥ゆかしさは表面だけで、存在そのものが情緒も何もない。そこを『親父』がゆっくりと歩んでくる。自分の生唾を飲み込む音だけが響く。
「つまり……」
ゆっくりと天へと掲げられる巨大スパナ。
「お前は感謝の気持ちが足らんということか」
最大限の溜めのあとに渾身の振り下ろし。正中線を、脳天へと目掛けた絶対的かつ真正面からの攻撃。そこに一切の迷いも躊躇もない。
やっぱりじゃん! 釈明の余地なんてないじゃん! 詰んでるよ!!
咄嗟に横へと転がり、ギリギリで避ける。
高速で振り下ろされたとはいえ、その軌道は馬鹿正直に真っ直ぐだ。まさに『親父』様の性格そのもの。頑固なまでに真っ直ぐ。
転がりながら叫ぶ。
「足りんのかもしれんけど、俺は自殺じゃねぇ!
命を粗末にしたつもりはない!!」
俺の叫ぶ声をかき消すように地面が爆ぜる轟音が響く。
もはや人間技じゃない。補正かかってないか? これ??
再び僅かな距離を取り振り返る。スパナを振り下ろした体勢から、ゆっくりと立ち上がる『親父』
「ならば、抗え。」
転がった先で、指先に触れた冷たく硬い感触。それを手繰り寄せるように取り、杖のように立てて身体を起こす。
「くっそ上等だよ!」
俺は「赤い金属バット」を身構え、『親父』に正対した。




