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納品前チェックは言語道断に

 吹き飛ばされ俺はゴロゴロと地を転がっていく。

体中を地に打ち付ける衝撃。情報過多。脳みそが置かれている現状把握に追いつかない。俺は転がるタンブルウィード、生物から無生物へと成り下がる。


「女子供に手をあげるような男に育てた覚えは無い」


 転がる俺を追いかけるように聞こえる、地響きのように太く低い声。

が、その言葉を俺の脳みそは理解できない。ただ情報を音として拾っただけ。



 いやその声、その響き。

聞き覚えがある。いや、そんなレベルじゃない。

一気にいらない情報を捨て去り、俺の脳みそは理解する。強制的にその理解に俺の脳みそは支配される。


「オヤ……、ジ?」



 『親父』


 俺は『親父』に張り倒されたのか?


 実際のところ『親父』をオヤジと呼んだことは無い。実際は「父さん」としか呼んだことしかない。一度か二度、「親父(オヤジ)さま」とふざけ半分で呼んだことがあるぐらいだろうか。

自分の中で、妹との会話で、あるいは友達や知人との会話で用いたことがあるが、本人に対しては使ったことのない呼称。


 享年57歳。『親父』が亡くなってから2年が過ぎていた。

ベテランで『親父』より年上な従業員を一人、そして常時アルバイトを1~2人使っていた。「町工場」といった感じの整備工場。半分は船のエンジン整備、残りは車だとかバイクだとか発電機だとか。

個人経営な整備工場の社長兼メカニック兼なんでも全部。いわゆる職人系な父。

亡くなるとともに工場は閉鎖された。


 真面目で寡黙。

それは家庭でも仕事でもそうだったらしい。借金らしい借金は無く、父が早世したにもかかわらず幾つかかけていた生命保険やらなにやらのお陰で、残された母の生活は困ることは無かった。

ただ僕らに、その唐突な死でポッカリと漠然に、大きな穴をあけて立ち去った。



「俺より先に死ななかったのは親孝行と認めてやろう。

 が、自ら死を選ぶなどとは」


 上体を起こし、ぶれる視線を声のする方へと合わせる。

いつの間に舞台が変わっていた。ここはかつての『親父』の工場(こうば)か……

上下繋ぎの作業着。油や錆にまみれた全身。俺とは違い、筋肉質でガタイの良い立ち姿。あの頃の『親父』のまま父が仁王立ちしている。


「言語道断だ。」

「いや父さん! ありゃ事故だ! 誤解なんだって!」


 なんの言い訳だ。いや言い訳なつもりの無い弁明なはずなのに、どうしたって身内に対して、親に対しては必死に答えてしまう。その発言は、すればするほど嘘くさくなろうとも。


「言い訳を聞くつもりは、ない。

 俺は事実を言ったまでだ」


 ですよねぇ……。


 『親父』は職人気質な頑固さがあった。いや頑固というよりは信念。

その信念は柔軟性こそないものの、確かに正論で正道。間違ったことを言う人じゃなかった。ただ一本道をゆっくり堂々と進むタイプ、と言えばいいのだろうか。

信念、信じた道を着実堅実に歩む。そこにつけ入る隙は無い。



「あぁ! お義父(とう)様! 俊輔くんを許してあげて下さい!

 死に急ぎで自暴自棄に自殺しちゃいましたけど、割と世の中に対して辛辣ですけど、ちょっとクールな頭脳派を演じてますけど、

 でもあたしを愛してくれてるのです!!」


 くっそぅ手前ぇ『猫乃木まどろみ』!!

フォローですらねぇ! ツッコミどころ満載過ぎて怒りしか出てこねぇ!

まず名前呼びするな! 俺は死に急ぎでも自暴自棄でも自殺でもねぇ!

世の中に辛辣なんじゃなくて手前ぇ限定に辛辣、いや心の奥から嫌悪してるだけだ!

それを「愛してる」と捉えるお前はヤンデレか! そんなキャラ設定だったか!!

さっきまでのアホ丸出しなチアガールもどきはどうした!

一転してなんで昭和なお見合いよろしく着物姿だよ!

よよよよ、っと効果音を口にしながら割り込んでくるんじゃねぇよ!!


「……。」


 ほら! 『親父』だって言葉が出てこねぇじゃねえか!!



「こんな服装ですまない。俊輔をよろしく頼む」

「嗚呼、義父様! あたしが!

 あたしがちゃんと俊輔くんをお支え致しますから!!」


 深々と首を垂れる『親父』

寄り添うようにしゃがみ込み、半ば抱きしめるように。着物が油で汚れるのもいとわないといった勢いで「古き良き」を演じる『猫乃木まどろみ』


 いやちょっと待って?

『親父』今の状況わかってる? 死んでるよね? 俺も死んでるよ?

そしてこいつは二次元キャラだよ??

おかしいよね? ここまでの流れ? え? なに?

ついてってないの俺だけ??


「愚かにも自ら死を選ぶ男に育ってしまった……

 それもこれも全て俺が死んだ為か」

「いいえ、そんなことは御座いませんよ、お義父様!

 あとはあたしがちゃんと責任をもって、髪の先から足の爪まで!

 骨の髄から血液、皮膚の至るところまで! じゅるり。

 責任をもってお導き致しますわ! よよよょょ!」

「そうは、言うが……」


 『親父』がゆっくりと首を上げ、俺に視線を合わす。 




「納品前に、こいつを再教育せねばな。

 おちおち死んでもいられん」




 いやいやいやいや! 『親父』様!!

なんで巨大スパナ片手に本気と書いてマジ・モードなの?

「納品」って俺は商品かよ!!


 今までの会話の流れとか聞いてました??

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― 新着の感想 ―
[一言] この人選、心に沁み……いやシミを作るねぇ。ジワジワとw そしてまどろみの早変わり、映画の「MASK」を思い出しますね。ええ、今でもヘビロテで見ます。ブルースブラザースやジャイアントロボと同じ…
[一言] やはり男にとって、親父は超えねばならない壁ですよね( ˘ω˘ )
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