逝った先に救いがあるわけじゃなかった
「七人……、殺せ?」
何言ってんだこいつ? 頭わいてんのか?
「は~い!
本多くんにはこれから、七人殺してもらいますね!」
笑顔でいうセリフじゃねぇだろ!
「だからどういう意味だよ? いやなんでか聞いてんだよ!」
「えっと~、本多くんが天移門をくぐるためにはそれをやってもらうの、でっす!」
「それは理由じゃなくて条件だ」
「う~ん」
はにかむような仕草で頬に指をあて、考えるそぶりを見せる。
まどろっこしい。そういう演出、表現は結構だ。
「本多くんは自殺したから、ですねっ!」
自殺……、自殺か。
自殺するつもりはなかった。ただ俺には自傷癖があった。いわゆるリスカというやつだ。でもそこまで重度じゃない。頻繁にやっていたわけじゃない。
ただ時折、寝れない日があった。ある日突然、恐怖心や罪悪感、抑圧された黒い何かが俺の中を侵食した。何の理由も、何の前触れもなく。
そんな日は朝まで眠られずに堪えるか、堪えきれなければ……、切った。
「切った」といっても浅くだ。その痛み、その血になぜか俺は贖罪を感じ、解放感を得ていた。何を許してほしいのかわからない。でも俺は許しを求めていた。
だが今回は、いつものように軽くやるつもりが手が滑った。深くやってしまった。
すぐに止血すれば良かったんだと思う。すぐに風呂場から出て止血すれば死ぬことはなかったんだと思う。
いつもより多く流れる己の血。その恍惚感と、それに相反する倦怠感。俺は身を委ねた。「終わるなら……、ここで終わってもいいかな」と、霞む視界の中で思ってしまった。
繰り返し繰り返し歩く出口の見えない洞窟。その洞窟の壁に俺は……、背を預けた。
「自殺した方はですね、ここで七人殺して、今までを清算して頂かないとダメなんですぅ~。」
頭の上で大きくバッテン印を出す『猫乃木まどろみ』
軽い話じゃない。「死ぬ」のも「殺す」という話も。
「普通に、病死とか事故で亡くなった人はどうなんだよ」
「そういう方も清算するんですけどぉ~、んまぁ心の整理とかですかね?
ほら、生きていたころに心残りがあると、パパっと門をくぐれないじゃないですかぁ。
ですからね! 心情的にわかりますよね!
だからここで気が済むまでお祈りとか、そういうのをしてもらってます!」
要は清算しないとこの『天移門』とかいうやつをくぐれないということか。
結局それは条件であって理由じゃねぇけど。
「俺は……、自殺じゃねぇ。あれは事故だ」
「え~~~っ! 往生際わるいですよぉう、本多くぅ~ん!」
『猫乃木まどろみ』がアワアワと、大げさに慌てふためく。
「じゃあ、……今すぐ現世に戻せ、やり直させろ」
「それは無理だな~。戻せなくもないですけど、やり直せませんよ?」
「ああ? 戻れんのか?」
勢いで「現世に戻せ」とは言ったが、戻れるのか?
「あまりお勧めじゃないですぅ~」
その含んだ言い方、続きがあるだろうと俺は黙った。
『猫乃木まどろみ』がモジモジと体をくねらせる。一々ウザい。
「だって死んじゃったわけじゃないですかぁ?
たまに普通の方でも戻りたいっていう方いるんですけどね?
もう肉体はなくなるわけですよぉう。そうすると、ん~、世間でいう魂だけになるじゃないですかぁ」
「なんだ……、幽霊にでもなるっていうのか」
「ふふ、それはちょっと違うんだなぁ~」
つかつかと寄ってきた『猫乃木まどろみ』が後ろ手で腰を折り、下から俺の顔を覗き込む。アニメで定番の萌えポーズ。こういう状況じゃなければ、いや画面越しのアニメじゃなきゃ萌えねぇ。
「本多くんて、死ぬとき何考えてました?
どう思いました? どう感じました?」
可愛く聞く質問じゃねぇよ。
「ここで現世に戻したとしても、肉体が無ければそれはただの思念体でっす!
最期の感情だけをずっとず~っと繰り返す思念体。
誰かに干渉することも干渉されることもない、認識もされない石ころ以下の存在です!
んま~、稀に見えちゃう人っていうか、感じちゃう人はいるみたいですけど~。それって気配や気のせいで終わっちゃいます! いずれその他の気配に溶けてなくなってしまいます!
そんなものになりたいんですか? 本多くん?」
「くそ……」
選択の余地がない以上、これは条件じゃなく強制執行だ。
「まぁまぁ本多くんっ! そんなに気負わないで下さいよぉ~。
人を殺してここに来た方は逆に殺されるわけですから~!」
「殺される?」
「はいっ!」
舞い踊るようにくるくると俺から離れ、天高らかに言う。
「七人に殺されます! あ~、七回殺されるって言った方が正確なのかな?
かな? かなかな??」
その言葉に、一気に戦慄を覚える。
決して俺は人殺しをしたわけじゃない。だから殺されるわけじゃない。
そんなはずはない。
でもどうだ? これから七人を殺せと言っているんだぞ? こいつは。
「……、ちなみに聞くが。七回殺されたそいつは……、どうなるんだ?」
なぜそんなことを聞く? みたいな顔しやがって。
どうもこいつは重要なことははぐらかしてるのか、開示しない傾向にある。
「天移門をくぐれますよ?」
「たったそれだけでか。たったそれだけの贖罪でか?」
殺されたことがあるわけじゃない。
でも七回殺されたぐらいで人殺しの罪が消えるというのか。
たとえどんな殺され方をしようとも。
「あはは! だいたい1~2回目で精神崩壊するんで、7回目までもつ人いないんですよねぇ~!」
「だったら……、どうなるんだよ」
「どーなるもなにも~。
崩壊して思念体すらなくなっちゃったら、うん。終わりですよぉ~」
もういい。もうたくさんだ。
これは罪人に対する贖罪だってことがわかった。
「……。最後に二つ聞く。
これから俺が殺すというのは殺人に、お前の言うやつに該当しないよな」
「それはもちろん! だから安心してくださいね! 本多くんっ!」
「逆に……、そいつらに俺が殺される可能性はあるのか?」
にへら、と『猫乃木まどろみ』が笑う。
「本多くん次第ですねっ!!」
これ以上は聞く必要は無い。
俺は天移門を前に、贖罪の機会が与えられたのだ。
成されなければ無。ただ砂塵に還るだけだ。
『猫乃木まどろみ』
死後の世界に現れた案内人。主人公のイチ推しアニメキャラで現れる。
キャラを周到しているものの、言う内容は辛辣。