赤いバットが届く前に衝撃
手の下に置いていた文庫本が、風に流される砂のように俺の手からサラサラと消えていく。ピクセルの粒が煌めきながら消えていく。『スナキヨ』と一緒に俺の前から去って行く。
「……、くそが」
つぶやいた言葉も流れ去る。
俺の座っている椅子、そして目の前の机を残して風景が、教室が霞んでいく。
『スナキヨ』は自ら望み、自らの手で立ち去った。間接的に俺に「7人殺し」という業を達成させながら。それは『スナキヨ』の優しさか、それとも俺の覚悟がないことを見限ったからか。
そこに残された、『スナキヨ』から渡されたメッセージ。
「7人殺し」という目標、でもこれは目的じゃない。残された言葉の中に答えがある。だが俺はまだその答えに辿り着けずにいる。
どういうことだ、その答えを得ることが目的なのか? たどり着くことが俺の目的で、神なる者の目的なのか?
「起きろよ、猫乃木まどろみ。どうせ死んでねぇだろ」
「あっは~!
お早う御座います!おめでとうございます!順調ですね!!」
飛び跳ねるように起き上がる『猫乃木まどろみ』
とりあえずキモいからそのスプラッタな見た目をどうにかしろ。
「さ~て、さてさてさて!
恒例の武器チョイスのお時間で御座いますよ~~~!」
椅子に座ってるからなのか何なのか。今までのように石畳の地面から湧き上がることなく、まるで通過列車のように轟音を立てて棚が前から出現する。
いらない演出だ。
止まった棚を見る。その中で一つの赤い金属バットが目に留まった。
ぶっちゃけ、この武器選びに意味はあるのだろうか。役に立つだとか立たないとかじゃなく、選ぶことに意味があるように思えない。何を選んだって結果は変わらない。何を選んだって同じじゃないか?
立ち上がり、その目に留まった金属バットを手に取った。
「あ~らあらあら~! 金属バットとか選んじゃうなんて!
本多くんったら、ヤ・バ・ン♡」
「死ね、十回死ね」
「も~~~!
そんな殺伐とした本多くんが好きですよ♪」
本当に死んでほしい。こいつをなぜ使者にするんだ神は。
俺の妄想が根拠だとしても、この世界に嫌悪感を抱かせる役割しかしてねぇじゃねぇか、この『猫乃木まどろみ』は。
いや違うな、こいつに対する嫌悪感のお陰で闘争心が消えない。そういう意味では一役買ってると言えようか。悲しみに暮れることなく怒りに身を委ねられるのは、こいつのお陰と言えるのかもしれない。
「そう言ってくれると助かるよ。感謝してる」
バッターボックスに立った甲子園球児よろしく、俺はバットを構えた。
「お陰で心置きなく素振りできる!」
野球は本格的にやっていたわけじゃない。だが、子供の頃は多少なりとも草野球ぐらいはしていた。俺は思いっきり『猫乃木まどろみ』の頭部へとスイングした。
「おっとっと! も~、野蛮に滾る☆皆殺しボーイなんだから~、本多くぅんわぁ~!」
ゾンビよろしく『猫乃木まどろみ』がグラリと無挙動で傾き、俺のスイングを躱す。気持ち悪ぃな! その動き!
だがそう来ることは予測していた。間髪入れず前進して逆袈裟に振り上げ胴を薙ぎにいく。
「手前ぇの雇い主は何考えてやがる!」
『猫乃木まどろみ』が足を動かすことなく、崩れた態勢のままススス~と後退した。またも空振りするバット。その反動で回転し、一周したところでバットを地に突き立て『猫乃木まどろみ』を睨む。
「さぁ? あたしはただの、本多君を愛するナビゲーターなので、
そういう難しいことはわかんないんですよね~~~」
「……、愛するとか余計だ。気持ち悪ぃ」
「そんなつれないこと言わないでくださいよ~~、こんなに健気に献身してるじゃないですかぁ」
ケラケラと笑いながら『猫乃木まどろみ』が、そのゾンビな体をくねらせる。
無駄か、無駄だな。こいつとの会話は。
いくらこいつを問い詰め攻撃したところで、俺が知りたいことをこいつは開示しない。どこまで行っても、むかつくだけのただのナビゲーターだ。
そういう仕様に仕立て上げやがった神とやらにムカつくな。俺の目の前に出てきて直接言えってんだよ。
お前はいったい俺に何をさせたい。何を目的にしてる。
「あぁ確かにそうだな、バッティングセンターの的ぐらいの価値はあるな!」
再び俺はバッターボックスに立ってるかのようにスタンスを取り、バットを構える。
「あ! 投げましょうか? 投げますか?
あたしたちの愛の始球式! ですね!!」
まるでアニメのワンシーンかのように高速で回転し始める『猫乃木まどろみ』
土煙が巻き起こり、竜巻となる。
上等じゃねぇか、お前が相手なら心置きなく殺れる!!
バットを強く握りしめる。
「てへっ!」
と、思いきやピタリと止まった『猫乃木まどろみ』
チアガールと野球ユニフォームを混ぜたような出で立ち。そして決めのポージング。
変身シーンかよ!
「いきまっすよ~~~!」
『猫乃木まどろみ』が大きく振りかぶる。
俺はバットをフルスイングした。やつが投げる前に。
バットが俺の手を離れ、回転しながら一直線に『猫乃木まどろみ』へと飛んでいく。
バカ野郎、手前ぇは的だと言ったろうが!
飛んでいくバットを見届けようとした矢先、不意に背後からの殺気に反射的に振り返った。
あぁ? 審判なんていたか??
バチンッッ!!
突如と襲い掛かる衝撃。痛みを感じる暇もなく俺は吹き飛んだ。
なんだ? 何が起こった?




