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文庫本が俺に語るもの

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」


 俺へと刻み込むように『スナキヨ』の言葉の一言一言が刺さる。


「……、そっか」

「でもさ、もう一回言うけれど。

 生きてく「意味」や「理由」なんて必要ないんだよ」


 頭では理解できる。だがそれは心では納得できなかった。


「だから、だけど。

 僕は精一杯に生きたよ?」

「だろうな。話してて感じたよ」

「ありがとう。」


 『スナキヨ』が微笑む。


「ありがとう、って言われるほどのことは言ってねぇし」

「でも受け入れてくれたわけでしょ? 僕を、僕の生き方を」

「……、否定なんか出来ねえだろ」


「も~、シュンちゃんは意地悪なんだか優しいんだか!」


 『スナキヨ』がカラカラと笑う。

全く以て架空な、作られたかつての「教室」だったが、ありもしないそよ風が頬を撫でた気がした。



「スナキヨ、」


 神なる奴の「目的」が気になる、知りたかった。

それによって俺が進むも諦めるも、何かしらを決められると思っていた。

だが、それすらも霞む。

生きていく「理由」なんて無くても生きていていいと肯定されては。


「なぁ、スナキヨ。」


 しっかりと『スナキヨ』を見つめる。


「これでお前は……、幸せに()()()のか?」


 ゆっくりと『スナキヨ』が拳銃をこめかみへと持っていく。

五つの穴、そこに込められた三発の銃弾。確率は60% 必ずしも当たるとは言えない確率。だがなんだ、その先を悟ったような表情はなんなんだよ『スナキヨ』



「うん。」


 短い返事、言葉。

それは神なる奴を肯定する返事じゃねぇか。そしてこれが終わりだってわかってる表情じゃねぇか。



「ねぇシュンちゃん。

 こんな終わり方は僕だって不本意だし、シュンちゃんだってまだまだ聞きたいことがあったと思うんだ」

「あぁ、もちろんだ」

「だよね。

 でもさ……」


 さっきまで滞ることなく話してきた『スナキヨ』が言葉を詰まらせる。



「ここから先は、僕の独り言。

 黙って聞いていてくれる?」

「……。」


 俺はゆっくりと頷いた。



「僕は本を読むのが好きなんだ。文庫本が好き。

 手に収まるサイズと、この紙の手ざわり。持ち歩ける安心感」


 中学の時、『スナキヨ』はよく本を読んでいた。文庫本を。

何かしらのルールなのか、必ずカバーを外した状態で持ち歩いていた。

その質素な文庫本が妙に『スナキヨ』という人物にマッチしていた。


「大人になってからもずっと読んでたよ」


 こめかみに当てていた拳銃を降ろし、まじまじと眺める『スナキヨ』

文庫本とは似ても似つかぬそれに、『スナキヨ』は不満そうに顔をしかめた。


「本ってさ、

 小説も詩集もエッセイも、その作者の現在(いま)を切り取ったものでさ。うん、一枚の写真みたいなさ。それって僕の手元にあるのは過去なんだろうけれども、でも。

生きているんだ。僕が読むかぎりは」

「そうだな……」


 思わず相槌を打った。黙って聞いててくれとは言ったが、相槌ぐらいは許されるだろう。「聞いてくれる?」って言われたんだから。

『スナキヨ』が俺の相槌に視線を上げる。


「思い出と同じ。良かった思い出も嫌な思い出も。

 本を読んで、それがね、やがて僕と一つになる。僕の中で生き続ける」


 『スナキヨ』は微笑みを絶やさなかった。


「本ってさ、偽物だと思う?」

「……、」


 質問に答えようとする俺を『スナキヨ』は手を挙げて制した。


「本ってさ、作者の「今」なんだ。作者そのもの。

 だから偽物なんてないんだよ。仮に作者が嘘を書いても、空想を文字に表していたとしても。やっぱり作者そのもの。

 ふふ、だって普通の人だって嘘をつく時もあるし、自分を飾る時もあるでしょ?

 それをもって「偽物」とは言わない。それも含めてその人なんだから」



 再び『スナキヨ』が拳銃をこめかみに当てる。微笑みのままに。


「シュンちゃん、僕が本物か偽物か気になるのは本当に知りたいことじゃないと思うよ。シュンちゃんが知りたいのは、いや知るべきなのは……

 うん、この先はシュンちゃんなら自分で気が付くよね?」


 ここに来て「謎かけは謎かけのままに」、か。

だが『スナキヨ』は俺に多くのメッセージを伝えようとしている。俺に手を差し伸べている。それだけは少なくともわかる。


「シュンちゃんの目の前に居る「スナキヨ」は、再び目の前から居なくなる。

 一時の邂逅だったけれど、楽しかったよ、シュンちゃん」


 俺は手を伸ばした。


「また会おうね、シュンちゃん。

 次に会う時は、とびっきり良い女になってる予定だから、ね。」


 俺の手に『スナキヨ』が指先だけ触れてくる。

一層、柔らかく優しく、そして哀しみを添えて微笑む。





()()()()()()()()()()、じゃあ、行くね?」




 暗い教室。雑に並べられた机といす。揺れることのないカーテン。

無駄に張られた掲示板の何か。棚の上に飾られた場違いなトロフィー。

そして机の上に置かれた一冊の文庫本。


 静寂を、一発の銃声が切り裂く。

『スナキヨ』

 中学時代の親友。卒業後は疎遠となっていた。

 同窓会で病死したことを知った。

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― 新着の感想 ―
[一言] >それをもって「偽物」とは言わない。それも含めてその人なんだから 深い( ˘ω˘ )
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