唄うということは感情の発露だけではなく
「僕らはさぁ、死んじゃったわけだけど。
シュンちゃんはどんな気持ち?」
一転して明るく柔らかく、そう訊ねてくる『スナキヨ』
「あまり……、いい気分じゃねぇな」
嘘だ「あまりいい気分じゃない」どころじゃない。
最悪としか言いようがない。でもつい強がって応えてしまう。
「僕はね、まぁこれで良かったかな、って」
笑みを絶やさずこちらへとゆっくり歩んでくる『スナキヨ』
「誤解しないでね? 別に死にたかった、ってわけじゃないんだよ?
でもうん、生きるのが辛かった」
「……。」
「今考えるとさ、この時が一番マシだったのかも」
「中学……ん時がかよ」
「声変わりして……
少しずつ、少しずつ身体がね、僕じゃないものに作り替えられていく。
望む望まないにかかわらず強制的に。心と身体が剥離していく。
否が応でも、自分の性別を見せつけられていく。男の子になっていく」
お互いが手を伸ばせば届きそうな距離で、『スナキヨ』が立ち止まり俯いた。
かける言葉が出てこなかった。否定も肯定もできなかった。
「自分が死ぬんだな、ってわかった時にね。
まぁしょうがないかなって。頑張った方だよなって。
まぁこれで良かったかなって。僕はイレギュラーだったんだし」
「良いわけねぇだろ!
それに、お前はイレギュラーなんかじゃねぇ!
死んで良かったなんてあるわけねぇ!」
なにに苛ついた。何に対して俺は怒った。瞬時に怒鳴ってしまった。
ただ自己否定する『スナキヨ』を否定した。
再び俺に背を向け、顔を見せない『スナキヨ』
駆けよれば手が届く距離なのに、動けない、動かない俺。
静寂が闇と共に俺らを遮る。
「シュンちゃんってさぁ、なんだかんだいって優しいよねぇ」
「……、
無ぇし。」
再びゆっくりと俺から離れていく。
「3年生の時の合唱コンクール、って覚えてる?」
「合唱コンクール?」
「うん、個性豊かなうちのクラスだったけどさ。いつもならまとまりが無いクラスだったけどさ。あの時はほら、一番まとまった。一つになったと思うんだ」
薄霧のかかった記憶をたどる。
誰もいなかった、俺と『スナキヨ』しかいなかった教室に、まるで幽霊のようにボンヤリと当時のクラスメート達が現れていく。
それぞれがそれぞれに、好きなように己の立ち位置、居場所、小集団を形成していた。今考えると珍しいクラスだったのかもしれない。孤立してる者がいなかった。少なくとも表面上は。
「女子はソプラノとアルト、男子はテノールとバス。西城さんがピアノだった。
いつものグループ分けじゃなく、声質で再カテゴライズされた区分け」
教室の後ろ、そこの中央で『スナキヨ』が立ち止まり、壁の方を向く。
右から左へとゆっくりと視線を巡らせる。柔らかい微笑をたたえて。そして誰もいない客席に向かって、優雅に一礼した。
「僕はテノールよりも声質が高かった。アルトですらなくメゾ・ソプラノなんだ。
だから歌うのは、声を出すのは嫌だったから。
それにさ、一度はみんなの中心にいたいじゃない」
恭しく首を揚げ、振り返りクラス全体を見回す『スナキヨ』
両手を軽く上げ、一人一人を確認するように視線を合わせ、自身とリンクさせていく。
最後に右端に居る西城さんに向け、優しくうなづく。
ピアノが旋律を奏で始める。『スナキヨ』が指揮を始める。
「ねぇ、シュンちゃんさぁ。
練習の時はいつも隣にいた小山田くんと、コンクールの時は立つ場所を離されたじゃない。あれってね、僕が先生と相談して決めたんだ」
『スナキヨ』が当時を思い出してるようにクスクスと笑う。
小山田、小山田……、あぁあいつな。スポーツも勉強も、委員会とかも精力的だった万能タイプな奴。
「合唱なのに、声を合わせなきゃいけないのにさ。
シュンちゃんと小山田くん、競い合うように声を張り上げてたでしょ?」
「いやだって、
みんなやる気が無かったから二人で真剣に取り組んだ、つうかなんつうか」
「そんなことなかったと思うけどな~。
ライバル心高かったよね、二人とも。シュンちゃんてばさ、自分の得意分野とかだったらいつも張り合ってたじゃない」
「意識したこと……無ぇし」
合唱が始まる。歌声が教室の中に響く。『スナキヨ』が全身一杯に指揮を執る。
「コンクールは惜しくも準優勝。でもあのコンクールに優勝クラスは無かった。4組とウチのクラスが準優勝だった」
「そう、だったな」
「全校生徒の前での優勝クラスのお披露目。だから3年だけ準優勝のふたクラスが歌ったじゃない。あの日さ、シュンちゃん、ううん、小山田くんも手を抜いて歌ったでしょ?」
「覚えてねぇよ、そんなこと」
「合唱ってさ、競い合うものじゃない。声を合わせること。
コンクールじゃないからみんなリラックスしてた。いい具合に力が抜けてた。それでいてね、誇らしく、堂々と、楽しく、胸を張って明るく。みんなが一致したんだよ」
『スナキヨ』がフィナーレに向かって全員をまとめ上げ、感情を最大限まで引き上げる。声が、ハーモニーが一つになる。
「ねぇ知ってた? あのお披露目の時が僕らの完成だったんだ。
審査した音楽の先生から聞いたんだよ、あとから。あれを合唱コンクールでやってたら断トツで優勝だったって」
指揮が締められ余韻の音が闇へと吸い込まれていく。
「ねぇシュンちゃん。気負うことないよ。
だからリラックスして、僕を殺して?」
微笑みをたたえ、そう締めくくる。




