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所詮は細分化されたカテゴライズの中だとしても

「久しぶりだな、スナキヨ。

 ……。そう返せばいいのかわからんけど」


 俺は『スナキヨ』から視線を外し、後ろを向いて静かに教室のドアを閉めた。


 『スナキヨ』、砂田清彦。

中学時代の親友と呼んでいいのか俺にはわからない。『スナキヨ』とは2年の頃から同じクラスになった。小学校も同じじゃない。

でも「中学」という閉じられた世界の中で、真っ先に思い起こすのは『スナキヨ』だった。



 学校、いや会社でもそうかもしれない。「組織」という同じ会社、同じ課。同じ学校、同じクラス。そういう大枠に囲われた集団は知らないうちに、段階ごとのグループが発生する。

特に「学校」というのは年齢が同じ、すでにカテゴライズされている。

そこに男子女子という二分。そこから先は小集団、コミュニティが自然発生的に「区分け」として存在する。

「ヤンキー」「オタク」「まじめ」「パリピ」「スポーティ」

呼び名は何でもいいが、3~5人程度の仲良しグループ。


 俺は特にどのグループにも所属していなかった。

孤立していたわけじゃない。横断的に「グループ」を渡り歩く変わり者、といった感じなのかもしれない。今になって当時の自分を顧みてみれば。

ヤンキーな奴らともつるんだし、オタクな連中から推しアニメやマンガを教えてもらった。真面目なやつとクラス会で論争したり、委員の候補で争ったり。スポーツは得意ではなかったけれど、なぜかマラソンは得意だったから部活系のやつと競い合ったりもした。


 結局は「どこにも所属せず」「何も得られず」



 『スナキヨ』も俺と似たような奴だった。

いや、性格は対極だった。俺が「お調子者の道化」な感じに対し、『スナキヨ』は物静かで思慮深い感じだった。

共通してるのは「どのグループにも属さない」ことと「笑顔で当り障りなく人と接する」という、結局は「広く浅い人付き合い」というところかもしれない。



「大人になったねぇ、シュンちゃん」

「ハハッ、そりゃま。卒業してから何年たったと思ってるよ?」


 その後の言葉を俺は飲み込んだ。


「ふふ、おじさんになったねぇ。

 あ! 悪い意味じゃないよ? 上手く言えないけどさ、

 いい男になったよねぇ」

「誉め言葉に聞こえねぇ、つうの」

「うん、僕の思っていた通りの歳の取り方をしてると思う」

「なんだ……それ」


 俺は振り返り、再び『スナキヨ』に視線を合わせる。

中学の時の姿から変わってない。最後の記憶のままの『スナキヨ』



「お前さ、やっぱ……」

「うん、死んだよ。」


 俺が言葉をつづける前に『スナキヨ』は応えた。



 社会人になり、突拍子もなく連絡がきた中学のクラス会。

卒業して初めてだった。クラス会に参加したのは6割7割だったろうか。


 幹事を務めた発起人の奴から、クラス会をやった切っ掛けを宴もたけなわってところで聞いた。

『スナキヨ』が病死したということを。

その葬儀の時に当時のクラスメートが少なかったこと、いつ誰が死ぬかなんてわからないということ、少しでも思い出を思い出のまま終わらせたくなかった、ということを。


 『スナキヨ』


 俺が知らないうちに死んで、俺が最初に思い浮かぶ中学の友達。



「こういう形でまたシュンちゃんと再会できるだなんて、

 なんか不思議だよねぇ」

「いや、そうは言ったって……」


 その後の言葉を続けられない。

『スナキヨ』はスナキヨなんだろうか? 俺の記憶から生み出された幻想ではないのか? 偶像ではないのか?

魂という概念はどうなる? 『ベネッツ』も『メガドラゴン』も架空の産物だ。俺が作り出した幻想だ。魂なんてあるわけがない。じゃあ『小梅』は? 小梅がこの()()()()()にもし、もう一度生き返らされていたのだとしたら? 二度死んだのか? 二度殺されたのか? 俺は殺したのか? そして俺はまた……


「あはは。

 なんでお前だけ中学生の姿だよ! って言うのは無しだよ? シュンちゃん。

 僕だってこの姿には抵抗あるんだから」

「うん、まあ。

 中学卒業以来、会ってなかったしな。それは俺の落ち度かもしれんけど。

 それより、いやつまり……」

「僕さ、多分中学のこの頃に違和感に気が付いたんだと思う。

 それからはね、この違和感が苦痛で苦痛で。それを隠しながら過ごしてた」


 『スナキヨ』がすっと静かに立ち上がり窓際へと行く。

垂れさがる薄っぺらいカーテンの端を掴む。窓の外は暗闇しか映していない。

その先に何を見るんだ『スナキヨ』、その先に何を見たんだ。


「なんで僕はこの姿なんだろう。なんで僕はこの世に生まれて来たんだろう。

 なんで僕は、」


 その背中はあまりに小さく、あまりに心細い。


「男の子として生まれたんだろう」



 いつだったか。3年の時の修学旅行の時だったか。

それとも何かのイベント的な時だったろうか。


 『スナキヨ』が俺の手を取って言った。


「シュンちゃんってさぁ、

 細いのに手がゴツゴツしてて、やっぱり男の子だよねぇ」

「な、なに言ってんだよスナキヨ! 当ったり前だろ! バカ!

 気持ちわりぃな! よせよ!!」


 俺は訳も分からず手を引っ込め、立ち上がった。




「僕の初恋で、そして失恋で。 最初の思った気持ち。」




 振り返った『スナキヨ』が寂しそうに、静かに微笑む。


 それはあの時に見た微笑みと同じだった。

俺の記憶に残っている『スナキヨ』の寂しさと優しさだった。

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