幽霊として学校に出て誰得かと考える
「死んで夜の学校とか……
幽霊かよ、笑えねぇ」
そこは「夜の学校」らしく明るさも楽しさもない。思い出と結びつけるものが全て眠っている。いや、死んでるように静か。死んでるように暗い。
ここは、正面玄関か。わずかな外明かりに照らされた無機質な下駄箱。整然と並び立ち、格子に区切られた棚のそれはまるで、生徒を数字や記号に置き換える感情の無い変換システム。没個性の象徴のようだった。
自分の服をあらためて見るも学生服になっているわけではなかった。身長も感覚では今現在と同じか。靴を履き替えることなくそのまま中へと進む。
廊下にある掲示板。張られた学校通信のようなもの。その発行日を見る。
今の年号じゃない。予想通りと言えば予想通りだったが、やはりここは俺の記憶、過去を基に再現されている。今の暦と書かれた日付、そして俺の年齢。
ここが「中学3年生の頃」だと理解する。
ということは……、まず向かうべきは3年の時の教室だろうか。
階段は正面玄関を抜けると目の前にあった。が、俺はいつも自分の教室から近い奥の階段を使っていた。なんとなく人が多い道を選びたくなかったから。
昔からそうだ、俺は。
協調性や迎合性の無い、少数派を選びたがる性格。良く言えばサブカル派。悪く言えばただ性格が捻じ曲がっているだけ。結局のところ何一つ選ぶことも突き進むことも出来ず、自分は多数とは違うと悦に入っていただけだ。中学生の頃から何も変わっちゃいない。何も得ちゃいない。
朧げな記憶に従い、一階の職員室やら保健室の前を通り過ぎ廊下を進む。
人気は無い。
夜の学校で肝試し、なんてドラマやアニメの定番だが、俺はやったことはない。
せいぜいが学校祭の準備で、陽が落ちて生徒の少なくなった校舎の中を歩いたことがあるぐらいだろうか。それでも周りには友達がいたし、職員室からも明かりが漏れていた。
明かりも音も、人の気配もない学校。
人がいないというだけで、こんなにも様相が変わるものなのだろうか。
無駄に騒がしく、無駄に明るいイメージしかなかった中学校。あの能天気な世界を作っていたのは「学校」という箱、システムではなく、結局のところその中身を構成する「僕ら」であったわけだ。
思春期の、思春期ならではの、無駄に能天気な世界。
記憶が朧げだ。
楽しかったのか、寂しかったのか。それとも苛立っていたのか。思い出よりも感情の渦だけが呼び起こされる。
二階に上がったところで立ち止まった。
予想通り階段を駆け下りてくる足音。それを耳にして一歩退いた。
「キャッ!」
「……。」
「……、えへへ」
ぶつかってないのに短く悲鳴を上げる『猫乃木まどろみ』
中学時代の女子の制服に身を包んだ『猫乃木まどろみ』
最悪だ。記憶の実体がアニメ化されるというのは。
「も~~~、ここはぶつかるシーンですよ! 本多くぅん!
定番、テンプレ、王道じゃないですかぁ~! 乗ってくださいよ~、ここは!」
「いらん。」
角を曲がって、あるいは階段の踊り場で出合い頭に女子と衝突。その後のバリエーションはいくつかあるが、いずれもお前には望まん。
「どうせ出てくるなら地縛霊とかそういう類。……そうだな、
理科室の人体模型とか下半身が無くて腕だけで廊下を走るやつとか。
そういうのにしてほしかったな」
「うぇ? な、な、なんでですかぁ??」
『猫乃木まどろみ』の横を通り抜ける。
「驚き間違った体で、心置きなく撃てるから」
立ちはだかっていた『猫乃木まどろみ』に視線を合わせることなく、邪魔なやつをどかすように押した。
「キャッ!」
強く押したわけではなかったが『猫乃木まどろみ』が転び尻もちをつく。ぶつかった場合の続きを始めたのか。思いっきり両足を開きパンツをあらわに……
無視して階段を上っていく。
「いたたたた……、
キャッ! も~~~! 本多くんのエッチィ~~!!
って、あれ?」
そのパターンか。
やりたかっただけだろ? 勝手にやってろ。
三階に上って二番目の教室。俺が通っていた場所。
ドアは閉まっている。その前を真っすぐに伸びる暗い廊下、誰もいない廊下。真っすぐすぎて長すぎてかえって歪に見える。遠近感がありすぎて平衡感覚が狂う。
軽い眩暈と嘔吐感。
上がってきた胃液を無理やり戻す。焼かれたような痛みが喉を走る。
ため息にも似た深呼吸を一回。教室のドアを開いた。
カララとドアの滑車が鳴く。
久しぶりに見たかつての教室。
かつて一年間の喜怒哀楽と共に過ごした教室。
込み上げる懐かしさ。そしてそれを追い越し飲み込む何とも言えない喪失感。
ここで得たものは何だった? ここで失ったものは何だった?
なあ「俺」よ。
お前はここで学び、経験し、考え、ここで現在の俺を形作る「何か」の土台となったんじゃないのか?
静寂しかない教室。
窓際の後方、そこの席に座る男子。
制服をきっちりと着て、文庫本に目線を落としている。長めの髪をかき上げる仕草。華奢な体つき。
ゆっくりと視線を上げ、こちらへと振り向く。
「やぁ、久しぶり。シュンちゃん」
声変わりを迎えていない高めの声。
やっぱりここに居るのはお前なのか、『スナキヨ』。




