バカとショートソードも使いよう
等身大(いや俺が等身大じゃない)の『猫乃木まどろみ』の入浴シーン。
まったくのお約束。全くのテンプレ的な展開。
バスタブで湯につかっているのにもかかわらず、なにゆえに立ち上がり、なにゆえに胸を隠すか。そのまま湯に沈めよ! 上手い湯煙エフェクトで隠す必要は無いだろ!
ザバッ! ドタドタ! バタンッ!
浴室の扉が勢いよく閉められた。
くっ、こいつ。邪魔してるのか、なんなのか。
確かに今までだって大した役には立っていない。むしろ邪魔だ。だが露骨に弊害じゃないか? こいつの存在は?
いや……、浴室内を一目見て思った。あれは無理だ。あれは絶対に登れない。足がかりなど皆無。全体がツルツルだ。失念していた。風呂場とはそういう所だった。
開けて侵入すればどうにかなるだろうと思っていた。だが浅はかだった。まずシャワーヘッドや蛇口まで登れそうにない。設定がファンタジーなのに俺はファンタジーじゃない。能力は変わらず、サイズ相応に力も小さいままだ。ジャンプしようとよじ登ろうと届かない。
バスタブも同じだ。むしろバスタブの中に落ちたら? 俺は泳げないわけじゃないが足も届かず岸(ふち?)にも届かない状況。溺死エンドが目に浮かぶ。
仮に『猫乃木まどろみ』にお湯をかけてくれだとかシャワーをかけてくれと頼んだところで、助けてくれるようには思えない。おそらく精神的な邪魔こそしてくれど、直接的なサポート、援護は無いだろう。
あいつが対象に何かのアクションを起こすことは無い。
つまり、最大出力(水量)を誇るであろう「風呂場」は戦場として使えない。
想定上、一番俺が有利に戦えると思っていたが、むしろ有利なことは皆無に等しい。
体が小さくなることが、ここまでデメリットが大きいとは。いや、『メガドラゴン』が15mになる方が厄介だろうか。
そのサイズに水をかけて戦う? あいつを溶かすほどの水量。もはや消防車が必要だろう。当然俺は消防車なんて操作できないが。あまりにも現実的じゃない。
再び隙間に隠れ、慎重に『メガドラゴン』を見上げる。
悠々と飛んでいるというより、透明なレールの上をただ回っているだけに見える。再び俺をロストしたあいつは監視周回モード。生物というよりロボットだな。
視線を正面に戻す。残された道は洗面台か……
なんだか、ここに立って歯を磨いていたあの頃を懐かしく思う。
たいした悩み事を抱えず、たいしたことを考えず。毎日繰り返される朝の日常。未来のことより「今日は何すっかなぁ。何があったっけなぁ。」というユルイ始まり。
「くっそ、ここを攻略か」
思わず声に出る。洗面台、そこへと至る道筋を眺め、考えながら傍らにある壁に体重を預ける。いくらシミュレーションしても、到達まで達成する難易度が超ハードモード。身を隠す場所が少ないというより、ほぼさらけ出した状態。
仮に登りきったとしよう。ではその後、果たして俺は水を出せるのか? 蛇口を回せるだろうか。
そして、その流れ出る水の中に『メガドラゴン』を導くことが出来るだろうか?
見出せない正解ビジョン。それに苛立ち、寄りかかっていた壁を殴る。
「痛って……」
手を振りながら、何気なくその白い壁を見上げた。
これって……、ん? あれか?
脳を高速回転させ、当時のここの物の配置を思い出す。
離れて俯瞰で確認したいが、向かい側に渡っても隠れるところが少ない。それに再びここへと戻ることを考えると、余計な移動はリスクが大きい。
確かこれの横には棚が置いてあって、そしてそれが上まで続いてて……
裏側を迂回し棚まできた。途中、巨大な埃に辟易しながらも「何かの紐」、糸くずっぽいものを手に入れた。
棚の裏側。その棚にショートソードを突き立て、活用しながらロッククライミングよろしく登っていく。幸い壁と棚の間にちょうど体が挟まり、なんとか素人でも登れそうだ。
ロープとしては若干使いづらいが、傍らで拾った何かの紐。それをショートソードの柄に結びつけ、回収しながら次への足掛かりに使う。
途中、汗をぬぐい隙間から『メガドラゴン』を確認したが、相変わらず無感情に回っている。戦闘中は激高みたいな感情を感じるが、ここまでくると生命を宿したという割に所詮はシステムだな。「設定」ありきでそれ以上でもそれ以下でもない。過去の自分が生み出したものに憐れみすら感じる。
あぁ。空を飛ぶって、もっと自由な気がしていたんだけどな。
登り切った棚の上。そこに置かれた籠を背に腰を下ろす。
ここで向こうへと飛び移り、この戦いに終止符を打つ。
ただそのためには、いま一つ決定的なものが必要だ。
失敗は許されない。一度きりのチャレンジ。
呼吸を整える。
『メガドラゴン』の周回タイミングを確認する。
脳内でこの後の自分の行動をシミュレート。意を決して飛び出す。
全てはタイミング。そして引き寄せるはラックだ。
「おい! 猫乃木まどろみ!
手前ぇの脱いだパンツはどこだ!!」
精一杯の大声で叫ぶ。
俺の目指すべき目的の場所へと駆けながら。




