3Dなのに2Dばりの逃走と誘導と
「ねぇあなた……
朝食にする? それともあたし?」
プスッと頬にアイスピックを突きさされたような衝撃に、俺は一気に覚醒した。
心臓に悪い目覚め。ものすごい速さの心音が耳まで届く。
「……、どれぐらい意識を失っていた」
添い寝する『猫乃木まどろみ』に問う。
「う~ん、数秒程度ですよん!
おかげで何もできませんでした~~~!」
「嘘つけよ」
じゃなきゃこんな嫌悪感は添い寝ぐらいじゃ起きない。
「お前、よくこんなところ平気な」
「うへへ、だってだってぇ~」
「それ以上はしゃべらなくていい!」
『猫乃木まどろみ』を外へと押しやりたい衝動を抑え、無理やり上げた足で奴を抑えつけながら身を反転させる。
えぇい! 邪魔だなこの野郎!
数秒程度の空白というが、『メガドラゴン』からの追撃はなかったのだろうか。
そもそも論になってしまうが、あいつにとって俺は何なのだろう。捕食対象ではなさそうだ。ではなぜ敵認定なのだろう。
例えば何かしらを「護る」ことを目的としている場合、俺がそれから遠ざかれば対象から外れる気がする。
あるいは「殺す」ということ、俺と同じく「殺す」というのが目的だった場合、その死を確認してはじめて成立する。この場合、追撃や確認行為がないのは変だ。
スリッパの中に身を隠していた俺が「死んだ」かどうかはわからないだろう。
そしてもう一つ。単に「殺戮本能」で動いている、純粋に無目的な場合だ。この場合、例えば対象が「動いている」だとかそういうトリガー、対象としての認定要素が必要になるだろう。
この辺りの可能性をひとまとめにして思うに。あいつはもしかして今、俺をロストしているんじゃないか? さっきベットの下に隠れ、そして出たときもそうだった。基本、あいつの索敵能力は目視に頼っている。見てから行動を起こしている。つまり姿が見えないとほぼロストしている。
これから『メガドラゴン』を討伐するにあたって、そこにはメリット・デメリットがある。
ロストさせれば安全。つまりステルスに行動すればいい。だが目的は『メガドラゴン』を水場に誘導することだ。この体のサイズでは、あいつを攻撃できるほどの水を運ぶことは難しいだろう。かといってあいつにバレずに水場へと到達してもあまり意味はない。
呼んできてくれるならいいが、仮に俺が水の中に飛び込んで迎え撃つとしよう。だがあいつが水の中に入ってくるという保証はない。
スリッパの出入口から外の様子を伺う。スリッパが逆さであったことが幸いしたか、そこから見えるのは壁だけだ。つまり今の状況は外からもスリッパの中が見えていない。
手鏡か何かないか、と『猫乃木まどろみ』に聞こうと思ったがなんだか癪に障るのでやめておく。代わりになるもの……、スマホがあったな。
『メガドラゴン』は……、上空を飛んでいた。
部屋に戻ったり別の場所に行ったりしてなくてよかった。しっかしあいつ、目の位置が爬虫類に近い。草食動物なんかもそうだが、目が横についているということは視野が広い。しいて言えば真下の後方が死角だろうか。
周回パターンは単純だった。一定の高度で、ただ大きく旋回しているだけ。
次に進んで隠れられそうな場所を探す。
直近の居間へと通じるドアは閉じられていた。あれを開けて中に入るのは至難の業だ。ノブが高すぎる。これでキッチンへと行く選択肢は消えた。
廊下の奥の洗面所と風呂場か。ふとトイレがあったことを見て気が付いたが、これもドアが閉まっているから無理だな。
廊下の奥へと一直線に走るのは無謀だ。
バレずに進み、適度な場所で相手に気が付かせ誘導。そして身を隠してロストさせる。これの繰り返し。
最初のポイントは棚と植木鉢の間か。ちょっと隙間が大きいのが心配だが一番近いのはそこしかない。
『メガドラゴン』の周回タイミングに呼吸を合わせ、一気に走り出す。
目的地まで半分といったところで背後から咆哮が聞こえる。飛び込むように隙間へ。やはり隙間が大きいが植木鉢の裏手に回り、一旦身を潜める。
うわぁ……、ワタ埃がすごいな。このサイズになると脅威だな。
あ、これって火が付いたりしないよね? それは非常に脅威どころか生命の危機なんですけど!
あいつ、ロストするとロストしたところを中心に旋回し索敵する仕様か?
単純なのはありがたいが、なんだかその「単純な仕様」を考えたのが子供のころの自分だと思うと複雑な気分になる。所詮は子供が考えること、と割り切ってしまえばそれまでなのだが。
『メガドラゴン』のパターン、隠れる場所の設定とそこまでの距離。この二つを正しく理解し、行動すれば難易度は高くなかった。集中力を維持し数回の移動を経て風呂場まで到達する。そしてここは隠れるところも多かった。
洗面台を見上げる。やはり高さが障害か。周りにあるのものから登っていけばいけなくもないが、ちょっと身をさらけ出しすぎる。応戦しながら到達するには難易度が高い。
となると……、やはり浴室か。ただしここも扉が閉まっている。今の力で果たして開けられるだろうか。いや難しいか?
慎重にステルスで扉まで接近する。若干の段差。だが飛び上がれない高さじゃない。
一か八か。この場所、このタイミング。
「かかってこい! メガドラゴン!!」
扉の中央で仁王立ちし、周回タイミングを見計らって叫ぶ。
『メガドラゴン』が空中で身を翻し、俺をロックオン。突っ込んでくる!
あとは奴の攻撃方法がファイヤーブレスか直接攻撃か、あるいは「メガアタック」なる必殺技か!
ギイィィィイイヤッ!
直接攻撃!
ギリギリのタイミングで段差を飛び降りながら身を縮こませる。
『メガドラゴン』が扉を強く蹴り離脱。
その勢いで扉が開く。
そう、この扉は中央を押せば開く「折れ戸タイプ」の扉!
これで中に奴を……
「いやぁ~~~~~ん! えっちぃ~~!!」
ははは、
風呂場ときたら入浴シーンが展開されることぐらい想像しとけってな。




