表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/45

スリッパが飛んで落ちても晴れか雨しかない

 カラカラカラカラカラ


 古い映写機の回る音。目の前のスクリーンにはノイズの走った光が映し出される。その真ん中にカウントダウンを示す円と数字。

3……、2……、1……、


「こねこねこねこね。」


 紙粘土をこねる。笑顔でこねる。出来上がりを思い浮かべこねる子供。

希望、夢、喜び。おおよそこれから訪れる未来に、期待に胸を膨らませる表情。


「こねこねこねこね。」


 ひたすらに白い()()を積み重ね、張り合わせ、形作っていく。

「期待する未来」なんて、訪れる未来なんて期待以下なのが相場なのに。

「こねこね」とか口に出すなよ。いくらこねたって、期待を未来が上回ることなんて無いんだから。いくら頑張ったって、持っている能力を超えることなんてありえないんだから。


「希望を忘れるんですかぁ?」

「夢を忘れるだなんてひどくないですかぁ?」

「それって、

 忘れるって×××のと同じことじゃないんですかぁ?」



 急に暗転する銀幕。そして場面一転からの再開。

なんだこれは、いつの時代だ。「文明開化」の明治後期が一段階目だとしたら、二段階目の戦後直後か? 急速な西洋化の匂いがする街並みと人の営み。


「あぁ!」


 大きなつばのある帽子。スカーフを巻いた女が追いすがるように画面のこちらへと手を伸ばす。もう一方の手がスカートをキュッと握る。その手が言い知れぬ悔しさを表す。


「あなたは、あなたはあたしを忘れてしまいますわ!

 あなたはきっと、あたしをお忘れになってしまいますわ!」


 涙を目の端に浮かべ、悲壮感たっぷりに訴える女……

さぞかし画面のこちら側に位置する男は言うのだろう。「僕は忘れない! たとえあなたと離れてしまったとしても!」ってか?


 だが画面の向こうに位置する俺は、そんなことは言わない。



「うっせぇよ、猫乃木まどろみ!」


 俺は目の前に映し出された銀幕を、一刀両断にショートソードで切り落とした。

往年の大女優を気取ってんじゃねぇよ。いちいち癪にさわる!



 現段階でできる考察は終了だ。

ここはそうそう『メガドラゴン』に攻略されることはなさそうだが、かといって引きこもってても進展はしない。


 過去を振り返り思い出したことが二つ。

一つは「メガアタック」。具体的な発動方法は漠然としている(たぶん設定がない)が、衝撃波を放つ必殺技、つまり大技だ。

そしてもう一つ。あいつが「紙粘土」でできているということ。つまり、おそらくあいつは水に弱い。「紙粘土は水で溶ける」ということを潜在的に設定しているはず。直す過程で理解したはず。


「水……、水か」


 立ち上がり、実家を思い起こす。

水がある場所は、キッチン、風呂場と洗面所。玄関横にも庭用に水道があったように思うが、むぅ。果たして外に出られるのかどうなのか。

いずれにしろここは二階。一階に降りなければ始まらないな。



 入ってきた場所から戻るのはまずそうだ。最悪待ち伏せされている可能性を考え裏側から別ルートへと迂回する。意を決し部屋の出口、ドアまで全力疾走した。

背後から『メガドラゴン』の咆哮が聞こえる。たぶんそれなりに迫ってきている。待ち伏せという選択ではなく上空から監視し、発見して急降下。と言ったところだろうか。


 ファイヤーブレス


 背後に迫る熱を感じつつも無視して走り続ける。広範囲系の攻撃だが、距離が離れればそこまで脅威ではない。そう信じて全力で走り抜ける。


 過去の俺、グッジョブ! ちゃんとドアを閉めて無くて正解! 僅かな隙間だが無理やり体当たり気味に通り抜け、廊下へと躍り出た。

まずは最初の難所か。階下までの階段、その段差は先ほどの机ほどの落差は無いが連続する。

はたして勢いだけでいけるか? 目測で現在の身長の2倍の落差、段数は覚えちゃいないがパッと見でも20段ぐらいあるか。


 何か使えるものがないか周囲を見渡す。

網に入ったままのサッカーボール。スリッパ。数冊積み上げられた漫画雑誌。

そして……、これはなんだ? あぁそうか、埃が纏まった奴か……


 おぉう、使えるものが何もありやしない!



 ドォンッ!


 背後に衝撃音が響く。

うんそうな。部屋のドアって廊下側に開くから、体当たりすれば開くわけだよな。まして完全に閉まっていなかったわけだしな。


 慌ててスリッパを階段端まで押し進める。

冬の時期にしか使っていないスリッパ。ゆえにちょっとフカフカ。ゆえに多少なりとも衝撃を吸収しそうな気配。


「いっけーーーーーぃいッ!!」


 俺は一旦押し進めたスリッパから離れ、助走をつけてその中へと頭から飛び込んだ。

不本意だが即席の人間ロケット。

あぁ……、やべぇなこれ。衝撃云々の前に臭いで意識が飛ぶかもしれん……

それでもなお、振り落とされぬように、必死にその毛にしがみついた。


 一発目の強い衝撃。

その後に続く右だか左だか、上下も何もかもわからぬ無軌道な旋回。

想像ではもっと真っすぐ飛ぶ感じだったのに……



 ッギィィィィィイイイイイッヤァァァァアアアア!!



 想像外の臭いと想像以上の衝撃、そしておそらくは階段の半端なこころでの停止。

そのまま意識どころか心停止すらしてしまいそうな「スリッパダイブ」に気を失う間もなく、ありえない衝撃波が襲ってきた。


 あ~~~、なんだこれ。あれかな? 「メガアタック」かな?


 動くスリッパを敵認定して放ってきた? いやマジで音速Gじゃないですかね? 脳みそがぶれましたよね、いま!



 きっとおそらくは、当初の予定通りの軌跡でスリッパが飛んだのではないだろうか。客観的に見ているはずがないのに、その映像が俺の脳裏に浮かぶ。




 トン パタタン




 「死んだな」と(いや、もうすでに死んだ後なのだが)思った強い衝撃の後に聞こえた、この軽い音。

「あぁ、そうね。なんだかんだ言ってスリッパだもんね。」


 そんなアホな感想を最後に、俺は意識を失ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 冬にプラソリに立ち乗りして、華麗にひとりバックドロップを決めたのを思い出しましたw
[一言] 一話の描写的に、最低でも五人目までは勝てるはずだけど( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ