スリッパが飛んで落ちても晴れか雨しかない
カラカラカラカラカラ
古い映写機の回る音。目の前のスクリーンにはノイズの走った光が映し出される。その真ん中にカウントダウンを示す円と数字。
3……、2……、1……、
「こねこねこねこね。」
紙粘土をこねる。笑顔でこねる。出来上がりを思い浮かべこねる子供。
希望、夢、喜び。おおよそこれから訪れる未来に、期待に胸を膨らませる表情。
「こねこねこねこね。」
ひたすらに白いそれを積み重ね、張り合わせ、形作っていく。
「期待する未来」なんて、訪れる未来なんて期待以下なのが相場なのに。
「こねこね」とか口に出すなよ。いくらこねたって、期待を未来が上回ることなんて無いんだから。いくら頑張ったって、持っている能力を超えることなんてありえないんだから。
「希望を忘れるんですかぁ?」
「夢を忘れるだなんてひどくないですかぁ?」
「それって、
忘れるって×××のと同じことじゃないんですかぁ?」
急に暗転する銀幕。そして場面一転からの再開。
なんだこれは、いつの時代だ。「文明開化」の明治後期が一段階目だとしたら、二段階目の戦後直後か? 急速な西洋化の匂いがする街並みと人の営み。
「あぁ!」
大きなつばのある帽子。スカーフを巻いた女が追いすがるように画面のこちらへと手を伸ばす。もう一方の手がスカートをキュッと握る。その手が言い知れぬ悔しさを表す。
「あなたは、あなたはあたしを忘れてしまいますわ!
あなたはきっと、あたしをお忘れになってしまいますわ!」
涙を目の端に浮かべ、悲壮感たっぷりに訴える女……
さぞかし画面のこちら側に位置する男は言うのだろう。「僕は忘れない! たとえあなたと離れてしまったとしても!」ってか?
だが画面の向こうに位置する俺は、そんなことは言わない。
「うっせぇよ、猫乃木まどろみ!」
俺は目の前に映し出された銀幕を、一刀両断にショートソードで切り落とした。
往年の大女優を気取ってんじゃねぇよ。いちいち癪にさわる!
現段階でできる考察は終了だ。
ここはそうそう『メガドラゴン』に攻略されることはなさそうだが、かといって引きこもってても進展はしない。
過去を振り返り思い出したことが二つ。
一つは「メガアタック」。具体的な発動方法は漠然としている(たぶん設定がない)が、衝撃波を放つ必殺技、つまり大技だ。
そしてもう一つ。あいつが「紙粘土」でできているということ。つまり、おそらくあいつは水に弱い。「紙粘土は水で溶ける」ということを潜在的に設定しているはず。直す過程で理解したはず。
「水……、水か」
立ち上がり、実家を思い起こす。
水がある場所は、キッチン、風呂場と洗面所。玄関横にも庭用に水道があったように思うが、むぅ。果たして外に出られるのかどうなのか。
いずれにしろここは二階。一階に降りなければ始まらないな。
入ってきた場所から戻るのはまずそうだ。最悪待ち伏せされている可能性を考え裏側から別ルートへと迂回する。意を決し部屋の出口、ドアまで全力疾走した。
背後から『メガドラゴン』の咆哮が聞こえる。たぶんそれなりに迫ってきている。待ち伏せという選択ではなく上空から監視し、発見して急降下。と言ったところだろうか。
ファイヤーブレス
背後に迫る熱を感じつつも無視して走り続ける。広範囲系の攻撃だが、距離が離れればそこまで脅威ではない。そう信じて全力で走り抜ける。
過去の俺、グッジョブ! ちゃんとドアを閉めて無くて正解! 僅かな隙間だが無理やり体当たり気味に通り抜け、廊下へと躍り出た。
まずは最初の難所か。階下までの階段、その段差は先ほどの机ほどの落差は無いが連続する。
はたして勢いだけでいけるか? 目測で現在の身長の2倍の落差、段数は覚えちゃいないがパッと見でも20段ぐらいあるか。
何か使えるものがないか周囲を見渡す。
網に入ったままのサッカーボール。スリッパ。数冊積み上げられた漫画雑誌。
そして……、これはなんだ? あぁそうか、埃が纏まった奴か……
おぉう、使えるものが何もありやしない!
ドォンッ!
背後に衝撃音が響く。
うんそうな。部屋のドアって廊下側に開くから、体当たりすれば開くわけだよな。まして完全に閉まっていなかったわけだしな。
慌ててスリッパを階段端まで押し進める。
冬の時期にしか使っていないスリッパ。ゆえにちょっとフカフカ。ゆえに多少なりとも衝撃を吸収しそうな気配。
「いっけーーーーーぃいッ!!」
俺は一旦押し進めたスリッパから離れ、助走をつけてその中へと頭から飛び込んだ。
不本意だが即席の人間ロケット。
あぁ……、やべぇなこれ。衝撃云々の前に臭いで意識が飛ぶかもしれん……
それでもなお、振り落とされぬように、必死にその毛にしがみついた。
一発目の強い衝撃。
その後に続く右だか左だか、上下も何もかもわからぬ無軌道な旋回。
想像ではもっと真っすぐ飛ぶ感じだったのに……
ッギィィィィィイイイイイッヤァァァァアアアア!!
想像外の臭いと想像以上の衝撃、そしておそらくは階段の半端なこころでの停止。
そのまま意識どころか心停止すらしてしまいそうな「スリッパダイブ」に気を失う間もなく、ありえない衝撃波が襲ってきた。
あ~~~、なんだこれ。あれかな? 「メガアタック」かな?
動くスリッパを敵認定して放ってきた? いやマジで音速Gじゃないですかね? 脳みそがぶれましたよね、いま!
きっとおそらくは、当初の予定通りの軌跡でスリッパが飛んだのではないだろうか。客観的に見ているはずがないのに、その映像が俺の脳裏に浮かぶ。
トン パタタン
「死んだな」と(いや、もうすでに死んだ後なのだが)思った強い衝撃の後に聞こえた、この軽い音。
「あぁ、そうね。なんだかんだ言ってスリッパだもんね。」
そんなアホな感想を最後に、俺は意識を失ったのだった。




