紙粘土がなぜに飛ぶというのか
『猫乃木まどろみ』が尻から落ちてきたのにもかかわらず、「ぼか~~~ん!」という効果音と土煙をエフェクトに、アニメキャラらしく顔面を地面に突き立て尻を天空へと向けている。
幸いなのは顔面が埋まっているがゆえに静かなことか。
ファンタジーの世界にあっては、往々にして「物理法則」は無視される。
一つ、高高度から落ちてきたのにもかかわらず、着地は上手く(上手く?)出来る。特記事項としてNPCは死なないし大したダメージは無い。
一つ、机は地面じゃない。つまり上がるはずのない土煙が上がり、埋まるはずのない顔面が机の上に埋まる。
一つ、炎が巻き散らかされたのにもかかわらず、その被害は構造物には及ばない。
あんな紙粘土の塊が体重を無視し、大きさに見合わぬ翼で悠々と飛んでいるのだ。まったく。頭がおかしくなりそうになる。
ドラゴンを名乗る『メガドラゴン』。非常に厄介な相手だ。
その大きさと「飛べる」というアドバンテージ。これだけで戦力差に開きが出る。
ついでその攻撃方法。「遠・中距離攻撃が出来る」というだけで、こちらにはなす術がない。そしておそらくは当然のように近距離攻撃も出来るだろう。
いやいやファンタジーの戦士系の諸君! どうやったってドラゴンを筆頭に、飛翔系モンスターは殺れないのでは? これは相手が「遠・中距離攻撃」を持っている時点で詰みませんかね?
え? ドラゴンスレイヤーって、どうやって成んの?
考えていても仕方がない。いずれこの隠れている「本と本の間」もあの『メガドラゴン』に攻略される。時間は味方しない。
ここはなんだかんだ、隠れる場所や有利に戦える環境に乏しい。この場を離れた方が得策な気がする。
『メガドラゴン』が消しゴムを投擲してきた段階で走り出す。
今頃は上昇しているところだろうか。投擲された消しゴムが地に埋まると思いきや、そこは物理法則に則ってランダムにバウンドする。それが視界の隅に消えていく。
地上(床)へと降り立つべく、俺は机の端まで走った。
「うわぁ……」
高い! 高すぎる!
ビルだとかに例えると何階建ての高さだろうか。その具体的な比率はわからない。だがここから飛び降りて無事である気がしない。「かつて知ったるなんとやら」なはずの自分の部屋。物の配置は漠然とはわかる。だがこうも比率が違うと自由に飛べる『メガドラゴン』より不利なことが多い。
傍らの……、椅子の上にならなんとかなるだろうか。その座面はクッション性が高いはず。それに背もたれへと一旦飛びつき、少しでも落下距離を少なくできれば。
そう考えていたところで後ろからの殺気。振り返り様に剣を構える。
「クッ!」
硬ってぇ~~~ッ!
紙粘土なだけに、その柔軟な動きから柔らかいかと思ったがガチガチに硬い!
なんだよ! 硬化済みかよ!
まったくもってショートソードの刃が立たないじゃないか!
直接攻撃を受け止めたものの、その勢いに押される。たがその勢いを利用し、身をよじり辛うじて椅子の背もたれへと飛びついた。
「グゥゥッ!」
衝撃が強い。だがなんとかしがみつく。
このまましがみついていたいが、これではいい標的だ。少しでも次の衝撃を少なくするべく下へと降りる。幸いなことに手や足をかけるところが多少なりともあった。メッシュ加工なそれに感謝だ。
飛翔する『メガドラゴン』を見上げる。
攻撃が炎じゃなくて良かった。直接攻撃を受けたおかげであいつが硬いことも知った。あとは……、「メガアタック」が気になる。なんだその安易な名前は! 小学生の頃の自分を恨みたい……。
椅子の座面へと転げるように着地する。次は床、それでも高さがある。傍らに脱ぎ捨てられたジャンバー。
よし! さっきは恨んですまなかった小学生の俺! だらしなくて正解! すかさずそこへとダイブした。
思ったよりも衝撃が強かったが何とか耐える、そしてすかさず走る。
目下、隠れられそうな場所、『メガドラゴン』が入られなさそうな場所はベットの下か。まるでビルとビルの間のようだ。その下に納められたケースが隙間を狭くしているのが幸いだ。
今のところ防戦、いや逃走一方。
なにか対策、攻勢に出るための何かを探さなくては。
奥まで走り、ここなら奴の手が届かないであろう処で腰を下ろす。荒い息を整えながら頭を回転させる。
考えろ、考えろ。いや思い出せ、思い出せ。
『メガドラゴン』を作ってた時、出来上がった後、そしてその後……
作っているときはもやっとした想像をまとめ形にしていくだけだった。あの説明文。それ以上でもそれ以下でもない。そして完成した喜び。夏休みの自由研究として自慢げに提出。
手元に戻ってきてどうしたんだった?
遊んだ。妄想を膨らませた。命を吹き込んだ。実在するかのように妄想した。
これが原点か?
そして……、
所詮は脆い工作。そうだ、翼の片方がもげた。
それでそうだ。
もげたところを水で濡らして、新しい紙粘土を付けて直したんだった。
あぁ……、直したけれどその後だ。そうだ……、あの日を境に徐々に興味が失われていった。壊れる現実に無敵ではないことを知った。
小学生、子供は残酷だ。興味の移り変わりが早い。
気が付いた時には……
いや気が付きさえしてなかったかもしれない。
記憶ではいつの間にかフェードアウトしてる。
大人になったからわかる。たぶんきっと、埃を被ったあいつは母親に「掃除」という名目の元、捨てられたのだろう、きっと。
失った記憶すらない……
「忘れるということ、殺すということ……」
それは確かに同義かもしれない。
それを、
償えというのか。




