ファンタジーは物理法則をも凌駕する
「なんじゃこりゃーーーっ!」
驚き、驚愕、愕然、パニック。
俺は逃げることも出来ず、持っていたショートソードを構える。全身から汗が噴き出す。心臓がバクバクと音を立てて鼓動する。
グルルルルルルルゥ!
低く唸る白い化け物。俺の背丈の2倍はあるか。いやそれは正面から見ているからに過ぎない。体長ははるかに大きい。
全身が白い。色が全くない。陰影が際立って見える。
何なんだこいつは? 微妙にズレた左右の目の位置、翼、角。そういったものから「此の世の在らざる者」といった狂気すら感じる。
「なんだよ! こいつは!」
白い化け物、怪物から視線をそらさず、近くにいるであろう『猫乃木まどろみ』に問う。
ゆっくりとにじりながら後退する。殺すとか殺さないとか!
倒せるわけがないだろ! こんな化け物!!
「えっとぉ~、『メガドラゴン』っですね!」
「はぁ?」
「いやですからぁ~、メガドラゴンですよん!」
いつの間にか傍らに『猫乃木まどろみ』が並び立つ。
典型的な「魔法使い女子」ないで立ち。いや絶対、お前は魔法とか使えないだろ……
魔導書のようなものをパラパラとページをめくり、『猫乃木まどろみ』が解説を続ける。
「伝説のドラゴン。
体長が15m、その大きな翼で世界を自由に飛び回る。
火を吹く。得意技はメガアタック!」
「……。」
まったく意味が分からん!
確かにこいつは俺より大きいが、15mという大きさがが合ってるかわからん。周りの対象物、俺の身体、この『メガドラゴン』と名乗るもの。全ての縮尺がおかしい!
「ドラゴン……、なのか? こいつは?」
「え? だってそう書いてありますよ? ここに?」
覗き込んだそこには確かに『メガドラゴン』と書いてあった。それ以外の情報も書いてあった。読みづらい字体だ。いやまて、その文字に見覚えがある。
あるもなにもない。これは俺の字だ。子供の頃の字だ。いや察した。小学生の時の字だ。
上に大きく「夏休みの自由研究:作品名、メガドラゴン」と書いてあった。
バカか! バカじゃねぇの?
なんで俺の小学生の時の夏休みの工作が敵なんだよ!
「おい……」
「は~い!」
「もしかして、今回はこれが相手か?」
「えぇ、えぇ! 今回は思う存分、盛大に殺しちゃってくださいね!」
『メガドラゴン(仮称』が首を上へもたげるのを見て、俺はとっさに横へと飛びのいた。
「バッカ野郎! なにが懐かしい人だ! こいつは人でもなんでもねーーーっ!!
そこで焼かれろ! こんちくしょうっ!!」
ファイヤーブレス。
炎が俺のさっきまで立っていたところを薙ぎ払らわれる。
「あちっ! あちちちちち~~っ!」
尻に火が付いたという、わかりやすい演出で『猫乃木まどろみ』が右へ左へと走る。
OK、素敵だ。そのまま燃え尽きてしまえ! 萌えないキャラは燃え尽きてしまえばいい! 消し炭となって無残に消えろ!!
俺はひとまず身を隠すところを探して走った。
ふでばこ? 低い、低すぎる。
電気スタンド? なんだかその柄の細さが見るからに心細い。
棚に並んだ本の陰? 遠い、遠すぎる。それに見るからに隠れるには心細い。
だが他の選択肢がない俺は棚へと走った。
障害物が転がっている。後片付けを小まめにしなければならなかったことを今になって、今の歳になって気づく。学ぶ。
いや、かえってこの障害物は俺だけじゃなく、あいつにも障害となるのでは?
そう思ったところで突如、俺は背中を押され吹き飛んだ。
甘かった、甘い考えだった。「その大きな翼で世界を自由に飛び回る」、体に対して明らかに取って付けたような翼、どう考えても物理法則的に飛べるとは思えないのだが『メガドラゴン』が上空へと羽ばたいのだ。その風圧で俺は吹き飛ばされた。
物理法則なんてものはこの世界にはない。「設定」だけが真実。
「飛ぶ」と設定されてるんだから飛ぶし、火も吐く。
吹き飛ばされたおかげで到達した棚、そこに無造作に突っ込まれた本の間に身を隠す。
こいつ、『メガドラゴン』を作った当時のことを思い出す。どんな設定で、いやどんな思いで作ったんだっけ? 確か当時流行ってたファンタジーゲームの延長線上、その空想が作成の発端か……。
なんだこいつ、俺を羞恥心で殺す気か! 恥ずかしさで心臓が止まるわ!
材料は……芯材は割りばしだとか色々だったと思うが、主は紙粘土。
そういう意味ではドラゴンなんて感じじゃなく、ゴーレムだとかガーゴイルに近い存在じゃないのか? どの辺が『メガ』なんだ……
恐る恐る本の隙間から『メガドラゴン』を見上げる。
物理法則を無視し、大した羽ばたきもせずに上空を旋回している。ただ構造的には比較的柔軟な、生物的な動きだ。
むむ! その奇妙な目。こいつも俺を観察しているのか?
突如下降すると、猛禽類のように何かしらを前足で掴み、再び上昇、その上昇過程で掴んだものを放り投げてきた。
「いやぁ~~~~~ん!」
『猫乃木まどろみ』が隠れている俺へと投擲される。
ご丁寧にも尻をこちらに向けながら落ちてくる。通常仕様と言わんばかりの白いかぼちゃパンツ。
いやスマン。俺は顔面で受け止めたりとかしない。
お前はただの障害物だ。




