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後ほど訂正させていただきます。
カレーを食べ終え私が食器を洗っていれば、蓮はソワソワとした様子を隠さずに座って私の方にチラチラと視線を送ってくる。多分だが、昨日の話の続きをしようとしているのだろう。これは、私から切り出すべきなのだろうか。蓮のソワソワが私にも移ってしまい落ち着かない気持ちになってしまう。
すると、私と蓮の様子を静観していた零が助け船を出してくれる。
「二人とも。言いたいことあるなら言わないと」
「「……」」
零の言葉に私達は肩をビクつかせる。恐る恐る蓮の方へと視線をやれば、蓮も私の方に視線をくれる。お互いに口は開かなかったものの、「先に言って良いよ」「そっちが先で良いよ」と目で会話してしまう。零はそんな私達のやり取りを見ると、ため息を一つ。
「……二人はどうしたいの」
そんな零の言葉に私は何とも言えない表情になってしまう。
昨日の話の続きはしたい。けれど、今は気持ちが落ち着いていないから出来ることなら後で話したい。いや、正直永遠に話し合いをしなきゃいけない時間が来ないのが一番なのだけれど。私は後回しに出来るように考えていたが、蓮は今すぐ話し合いたいのか真剣な表情で口を開く。
「……昨日の、話の続きを一緒にしたい」
「…………」
かすれた声で蓮はゆっくりと言った。零は蓮の言葉に「そうだね。話の続きをしないといけないよね」と答えると「みふゆはどうだい?」とこちらに会話を振ってくる。
振られるとは思っていなかったため言葉を詰まらせてしまう。どう、とは? いや、まぁそのままの意味なのだろうけれども。
何も反応しないのはよろしくないため、私は少し視線を彷徨わせたあと、視線を落としながら口を開く。
「……うん。昨日の続き、話そう、か」
乗り気はしないものの、私がそう言えば、零は「それじゃあ、みふゆが食器を片付け終わったらにしようか」と笑う。その言葉に私はコクリと頷き、蓮も「わかった」と答える。
食器を洗う手がほんの少し重くなった気がしたが、私は昨日の話し合いをすぐにするためにも少しだけ急いで洗う。私が食器を洗い終えたころには、零が私の邪魔にならないように湯飲みに入れてくれたお茶が人数分、机に用意されていた。
先程と同じように私は零の隣に座り、蓮が私達と向き合うように座る。
手元にある、温かいお茶で暖をとりながらも、話し合いをすると言っても、どこから話を切り出せばいいのかわからず、湯飲みに視線を落とす。
しばらく静寂が続く中、蓮がいの一番に声を出す。
「昨日は、ごめんなさい」
「えっ」
思ってもいなかった蓮の謝罪に私は思わず目を見開いてしまう。なにせ、蓮は反抗期になってから、私に謝るという行為を頑なに行わなかったからだ。
眉を下げて、頭も下げて謝罪の言葉を述べてきた蓮に、私は「……ううん。お母さんも、昨日はごめんなさい」と頭を下げる。私の言葉に蓮は「……母さんは、悪くないよ。元はと言えば俺が……」と俯いたまま答えた。私はその言葉になんて返せば良いのか分からずに無言でいると、零が口を開く。
「……とりあえず、お互いの謝罪は受け入れるってことでいいね?」
「う、うん」
「……」
零の言葉に私は答え、蓮は力強く頷いた。零が的確に今の状況を言語化してくれたおかげで、蓮が私の謝罪を受け入れたことがわかった。
その事実に、ほんの少しだが気持ちが楽になり身体の緊張がほぐれる。どうやら私はこの話し合いに肩の力を入れて参加していたようだ。けれど、力を抜くことができた私とは反対に蓮の表情はどこか強ばっていた。
「……蓮?」
「え、あっ」
思わず蓮に声をかければ、蓮は弾かれたようにこちらを向く。蓮は私と目が合うと、少し目を細め観念したよう言葉を続ける。
「……本当に悪いと思って謝ったんだ。それは嘘じゃない。でも……」
「でも?」
歯切れの悪い蓮を真っ直ぐ見つめるが、蓮は視線をそらすことなくはっきりと答える。
「それでも――それでも、俺は異世界に行きたい。母さんの気持ちを否定したいわけじゃない。でも、俺は――」
「――異世界にいる人達を助けたいんだ」と、辛そうな声音で言われてしまう。
その言葉には流石に少し困った様に私は笑ってしまう。
なぜなら、もしかしたら蓮は考えを改めてくれた可能性もゼロではないのではないかと考えていたからだ。だって、蓮はあまり変化のある環境が好きではない子どもだから。頭を冷やしたことで「やっぱりやめる」っていう可能性もゼロではなかったとは思う。性格だって、どちらかと言えば人見知りで新しいことに挑戦する度胸はない、少し気弱な子。
けれど、そんな子が今、本当にやりたいことだと真っ直ぐ私を見据えて言ってきたのだ。何となくで決めることが多かった蓮が、はっきりと真剣に。
子どもの成長を嬉しく感じる一方、少しの寂しさとやはり拭えない不安を抱えてしまう。
だって、何かあった時、国内や海外ならまだなんとか私達の手は届く。けれど、私にとって未知の世界である異世界に行かれてしまえば何かあった時助けることができない。腹を空かせたり、風邪を引いたりした時はもちろん、人間関係がうまくいかなくなった時だって、何もしてあげられない。それに、その”何かあった”ということすら、私は知るすべはないのだろう。
零に慰められながらも蓮を応援すると決めていた気持ちが、今までの蓮を鑑みてしまうと気持ちが揺らいでしまう。
私は目を瞑り、「やっぱり、異世界に行くことは許可できない」と、そう伝えようと改めて蓮と視線を交わすが、蓮は真剣な様子で私を見ていた。
その表情は今まで見てきた中で、一番と言って良いほど真剣な眼差しだった。
私はため息交じりに蓮を見て頷き、口を開く。




