11.4~蓮の話~
甘いものを求め歩き初めてから五分。二人の間に会話はなかった。お互い無言であっても、居心地の良い空間だったため、特に会話が産まれない。
けれどふと、祐二が思い出したかのように口を開く。
「そういえばさ、さっきの話について歩きながら話して良い?」
「……ん」
祐二の言葉に蓮は軽く頷く。祐二は深呼吸した後、ゆっくりと口を開く。
「喧嘩したっつってたけどさ、蓮は何に対して怒ったん?……いや、気に入らなかったんだ?」
「……何に対して?」
蓮は不思議そうな声で祐二に聞き返す。
「おう。だって、喧嘩したってことは親の言葉、あるいは何かが自分の中で引っかかったからだろ?」
蓮の疑問に祐二は真面目に答える。
かく言う蓮はその言葉にしばし考えると、視線を落としながら答える。
「……んー……多分、干渉してくること、に?」
「疑問形かよ~。でも、干渉って、どういうこと?」
「あー……ほら、俺がやりたいって言ってるのに、反対して口出しすることに対して……?」
「ほー」
蓮の言葉に祐二は納得したように頷くが「でもさ」と言葉を続ける。
「それって、ちゃんとお前のことを見てくれてて心配だから、反対したんじゃねぇの?」
「心配?」
「うん」
祐二の言葉に蓮は訝しげに聞き返すが、祐二は真剣に答えてくる。
あまり思い出したくはなかったが、蓮は母親と喧嘩した時の状況をゆっくりと思い出す。
(確かあの時反対してきた理由って……異世界で俺が”怪我とか苦しい思いして欲しくない”ってことだったっけか?つっても、魔王退治だから怪我とかすんのは当たり前じゃね?……俺が守らないと、あっちの人達はもっとひどい事になるのに……)
母親の言葉を思い返していれば、沸々と怒りがこみ上げてくる。
そんな怒りを発散するように、蓮は口を開く。
「……ちげぇよ。母さんは別に心配とかじゃねぇよ」
「え~?」
「お前だって知ってるじゃん?俺はもう大学生なのに未だに何時に帰ってくるか連絡してこいって……俺は子どもじゃねぇ」
「あ~、確かに。お前いっつも連絡してたな」
「そうなんだよ。俺の親は心配じゃなくて……そう、俺のことを管理してぇんだよ。毒親なんだって」
蓮はそう言うと、少し歩く速度を速めた。
「ちょ、蓮!」
慌てて祐二も歩く速度を上げるが、人が多く思ったように進めずにいる。
けれど蓮は気にした様子もなく淡々と歩く。
(……そうだよ。母さんは別に俺の心配じゃなくて、一から十まで管理してぇんだよ。だから、連絡だってしてこいっていっつもしつこく言ってくるし、今回だって反対するんだ)
自分で言った言葉で、連絡と報告をしなくてはいけなかった日々を思い出し、蓮の表情は険しくなる。
そんな蓮の様子に、祐二は困ったように蓮の背中に向かって話しかける。
「……俺はさ、親がいなから蓮の気持ちはあんましわからないけど、さ」
「……」
「ちょっとだけ、蓮のこと羨ましいなって思ってたんだ」
「……羨ましい?何が?」
突然の告白に蓮は足を止め、振り返る。
蓮の目に映った祐二の表情は困ったよな苦しそうな顔。けれど、祐二と目が合えばふわりと笑い、止まっている蓮に駆け寄り肩を組む。
「いっつも心配されてていいなーって」
「心配?だから、俺のこれは管理だって」
「……違うよ。それは、多分違う」
祐二は真剣な表情でそう言う。
あまりにも真剣な表情でいうものだから茶化せるような雰囲気ではなく、蓮は黙って祐二を見つめる。
祐二は蓮の目を見ると言葉を続ける。
「……毒親の管理っていうのはさ、きっと、もっと酷いモンだと思うよ。誰と何をするのか。何時から何をするのか。外だけじゃなく、きっと家の中もそうだと思うんだ。でも、蓮はそうじゃないでしょ?せいぜい、外出した時にいつ帰ってくるの? でしょ?でもそれってさ、夕飯がいるのかどうか聞いてるんじゃないの?」
祐二の言葉に蓮は少し言葉を詰まらせる。
「それは……まあ」
「だったらさ、それは管理とはちょっと違うんじゃない?」
「……」
蓮は祐二の言葉に眉をひそめる。
けれど、祐二はそのまま言葉を続ける。
「……蓮も知ってると思うけど、俺って親戚の家にたらい回しだったじゃん?」
「……」
「だからなのかな。俺、一回もお世話になった親戚の人達に心配されたことなかったんだ。まぁ、俺みたいな異端児引き取ってくれただけでも、本気で嬉しかったけどさ!……でも、蓮みたいにどこで何をするのか。何を食べたいのか。何が欲しいのとか。聞かれたことないんだ、一回も」
「……」
「いっつも『あぁ居たの』みたいな感じで、ホントに家に居づらかった。ご飯の時とかも、渋々って感じで出されてさぁ~……今でも、思い出すだけで嫌な気持ちになるし」
「あはは」と笑う祐二に蓮は何も言えなくなる。
親戚の家でたらい回しになっていたことは知っていたが祐二の気持ち自体は聞いたことがなかったため、なんて返すのが正解なのか分からなかったからだ。
けれど、祐二は蓮の様子を気にせずに話しを続ける。
「まっ、今じゃ親戚を頼らなくても一人で生きていけるぐらいバイトして生活出来てるからいいんだけどさ。いいんだけど、蓮を見てると、ちょっと羨ましいんだよ。気にかけてくれてる人が、家族が帰りを待っててくれるっていうのは」
「……」
「お前は煩わしそうにしてるけど、俺は羨ましいなって思ってた。だって、家帰ったらご飯が準備されてんだろ?おかえりって言ってくれるんだろ?……それは、ちょっと、羨ましい」
「……」
「まぁ、これは俺のないものねだりみたいなモンだし、あんま気にしないで!……つか、俺、何言いたかったんだろうな!ははっ、悪ぃ悪ぃ!」
祐二はそう笑うと、蓮と肩を組んだまま歩き出し「さ、早く店行って甘いモン選ぼうぜ!」と言って強引に歩き始める。
蓮は祐二に対し何も言えず、ただ黙って祐二の歩調に合わせて歩くのであった。
時間があるときに少し直させていただきます。




