11.1~蓮の話~
頭を冷やすために一旦家から出た蓮の話になります。
父に見送られた蓮は、友人と連絡を取るため鞄からスマートフォンを取り出そうとする。
しかし次の瞬間――ピタリと足を止める。
「……スマホ忘れた」
現代の若者にとって生活必需品と言っても過言ではないスマートフォン。
踵を返して家に取りに行こうとするが――。
(……いや、やめよ。金あるしネカフェでも行けばいいや)
喧嘩した母と会うのが気まずいと思った蓮は、そう決めるとスマホを諦め、バス停へと向かう。
別に普通に入ればいいものなのだが、どんな顔をして家に入ればいいのか分からず、家に帰るぐらいなら「近くの街にあるネカフェでいいや」と結論づけたからだ。
街へは歩いても行けない距離ではないが、何となく家から一刻も早く離れたかったため蓮はバスに乗った。
久しぶりに戻って乗ったバスは、特に変わりはないが、懐かしく感じる一方でどこか寂しく感じた。
その寂しさはどこから感じたのかわからなかったが、蓮は頭を振りぼんやりと外を眺めた。
雲一つない青空は、まさに平和そのもの。
(やっぱり、あっちとは違うなぁ)
クスクスと静かに友達同士で笑っている乗客もいれば、黙って本を読んでる人。スマホを見ている人。それぞれが好きなようにしながら乗っていた。
少し前までの蓮にとっては当たり前の光景だったが、今の蓮にとってはなんだか無性に眩しく感じた。
しばらくバスに揺られていた蓮だが、気がつけば目的地のバス停のアナウンスが掛かる。
蓮は慌てて降車ボタンを押した。
街は相変わらず人が多く。蓮はその場から立ち去るように早速ネカフェへと向かおうとした。
しかし次の瞬間――。
「あれ?蓮じゃん!」
「はっ?――うぉ!?」
突然後ろから声をかけられた蓮は後ろを振り向こうとするが、振り向く前に背中を押されバランスを崩してしまう。
慌てて体制を整えなんとか転ぶことを避けると、パチパチと拍手され「おーナイス~」と呑気なことを言われる。「何がナイスだ」と思った蓮は声の方に視線をやると――そこには友人である祐二の姿が「よっ」っと呑気な笑顔で手を上げていた。
思いもしなかった友人の姿に驚くものの、蓮はすぐさま睨み付け、恨めしそうに言い放つ。
「……転ぶところだんたんだけど?」
「悪ぃ悪ぃ!まぁ、でも結果的に転んでないからセーフ!」
「……てへ?」と悪びれた様子もなく祐二は笑いながら答える。
祐二の態度に蓮は呆れるが、久しぶりに会えた友人に思わず笑みがこぼれてしまう。
釣られて祐二も笑顔になるが、はっとした表情を見せた後、今度は祐二が恨めしそうに蓮を見てこう言った。
「おーおー?行方不明って聞いてたけど、元気そうだなぁ?俺に連絡の一つもよこさねぇとは薄情なやつだなー」
「……あっ」
「それによー、お前が先生に『道に迷ってる~』って伝えてくれって言われたから伝えたのに……まさかそのまま行方不明になるとはな~。ちなみに俺、お前のことについて警察に事情聴衆されたんだぜ~?ヤバくね?」
可笑しそうに笑いながら「おりゃおりゃ」と肘で突いてくる祐二に、蓮は慌てて頭を下げる。
まさか、友人である祐二に迷惑が掛かっていたとは。
「ごめん」
「ちょ、ガチであやまんなし!頭上げろ!皆こっち見てんだって!な?」
大勢の人がいる中、頭を下げる蓮に祐二は無理矢理頭を掴んで顔を上げさせる。
「無事なら別にいーんだよ!だから謝んな!」
「でも……」
「いいって言ってるだろ!……つーか、これから何しようとしてたわけ?……あ、いやちょっと待て。内容次第では、俺はさっきの謝罪だけじゃ済ませません」
「えっと、実は……」
友人からの問いに蓮は素直に答える。
本当は連絡を祐二の家に泊めてもらおうと考えていたこと。けれど、スマホを忘れ連絡が取れなかったためネカフェに泊まろうとしていたことを、包みなく話した。
「えー!?そうだったの?なら、やっぱ連絡なかったこと許しちゃう!……てか、何でスマホ忘れたの?取りに帰ればよかったじゃん」
「……そ、れは」
祐二の言葉に蓮は口をどもらせてしまう。
正直に親と喧嘩したと言えばいいのだが、もしも「喧嘩の原因は?」と突っ込まれた時、どうすればいいのか分からなかったからだ。
何せ――。
(……異世界に行ってたんだって言ったって、信じれないよなぁ……ぜってぇ「頭打った?」って聞いてくるだろうし)
と、蓮はため息をついてしまう。それもそのはず。蓮だって仮に祐二から「異世界に行ったんだ!」と言われれば、「頭打った?」か「病院行くか?」と聞くだろう。
そのため、蓮の口は硬く閉ざされてしまう。
(なんて言えばいいんだろう……異世界に行ったっていう、適切な言い方って何?)
うーん、っと頭を悩ませる蓮の姿に、祐二は不思議そうな顔をする。
しかし、沈黙が続けば祐二にも考える時間ができ、蓮が何か言葉を出す前に答えにたどり着く。
「……わかった!お前、親と喧嘩したんだろ~!」
「うっ」
ズバッと言い切ってきた祐二に蓮は思わず声が出てしまう。
蓮は「どうしよう、原因は?って聞かれたら……!」と冷や汗まで出ているが、祐二はお構いないしにニヤリと悪い顔をしてこう言った。
「正解だろ?やっり~!ラーメンおごれよ~」
「原因は……って、はぁっ!?」
思ってもいなかった言葉に蓮は驚くが、祐二は蓮の返事を待たずにいつも二人で行っているラーメン屋の方へと向かって行く。
あまりの展開に蓮はついて行けず「は?」と放心状態になる。
祐二は不意にくるりと振り返り、固まっている蓮に少し大きな声で話しかける。
「? おーい!置いてくぞ~」
「っ、誰も奢るだなんていってねぇだろ!」
祐二の声に、蓮は意識を戻し慌てて抗議するが「……聞こえませーん!」と言われ人混みの中へと逃げていく。
「……ったく!」
蓮はしばし考えたが、このまま行かなければ後ほど祐二から「え?なんで来てくれないの?なんで?」と問い詰められるのが目に見えたので、慌てて追いかける。
「待て祐二!」
「先に着いたやつがチャーシュー追加な!」
「は!?勝手に決めんなよ!」
追いかけてきたのがわかった祐二はそう宣言すると、人通りが少ない道に入り思いっきり走っている。
蓮はそんな祐二の後ろを「待てってば!」と言って追いかけるのであった。




