表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/26

09

ほんの少しグロテスクな部分があるので気をつけてください。




 蓮が二人を見送ってから数分が経った。待ってる間、まるで数時間も待っているかのような感覚に私は思わず立ち上がってしまう。


 ――もしかして、蓮も一緒に異世界に行ったんじゃ……!?


 不意にそう思った私はリビングの扉に向かうが、私が扉を開ける前に先に扉が開いた。


「は、蓮!よかった」

「……」


 ほっと一息つく私とは反対に蓮はどこか怒っている様子だった。


「……蓮?」


 私が遠慮がちに声をかけるが蓮は一切反応せず、ただ黙って先程座っていた席に腰をおろす。

 怒っているのがヒシヒシと伝わり、私は思わずオロオロしてしまう。

 すると、蓮は私と目を合わせずに無機質な声で言う。


「座れば?それとも立って話す気してんの?」

「……座るわ」


 私は先程座っていた場所ではなく、正面から蓮が見える椅子に座れば、蓮は冷めた目で私を見ていた。


「な、何よ。何か言いたいことがあれば言えばいいじゃない」


 その視線に耐えきれずそう言えば蓮は「じゃあ言わせてもらうけど」と言って、はっきりと嫌悪感を晒しだす。

 

「なんであんな言い方すんだよ」

「あんな言い方って……ミラさんたちに対して?」

「そうだよ」

「そんなの、当たり前じゃない。貴方が死ぬかもしれないって話に、『はい、わかりました』なんて言えるわけ無いでしょ?それに――」


 私は淡々と先程の話に対して思ったことを口に出し、蓮に伝える。

 所々言い方が変になった部分もあったが最後まで言い切れば、蓮は目を伏せ、ゆっくりと口を開く。


「……だからって、あんな言い方はねぇんじゃねぇの?」

「でも……」

「つーか、なんで俺が異世界に永住することを反対するわけ?」

「えっ」


 蓮の言葉に私は目を見開いてしまう。

 今、なんと言ったのだろうか。


「だから、なんで母さんが俺の人生に口出すのって言っての」

「口出すって……そんなの、流石に死ぬ可能性がある世界に快く送り出すわけないじゃない!それに、貴方はもう魔王を倒したのでしょ?なのに、後から『やっぱ違う魔王もお願いします』なんて、いいわけないじゃない。1度目は何ともなく倒せたのかもしれないけど、今度もそうだとは限らないでしょ?」

「で?」

「……で、って?」

「…………母さんはあっちの世界に行ったことがないから言えんだよ」


 蓮は吐き捨てるようにそう言うと言葉を続ける。


「あっちの世界じゃ、魔族っていう奴らがいて人をすぐに殺すんだ。いくら人が抗ったって一般の人の力じゃ到底敵わない。母さん見たことある?小さい子どもがさ、泣きながら大人に『助けて』って助けを求めてるところ。そんでもって助けに行った大人が、ぱんって、玩具みたいに潰されるところ。見たことないでしょ?でも、そんな生きるのが苦しい世界でもあっちの世界の人はみんな頑張って生きていた、ううん。生きているんだ」

「…………」


 蓮の言葉に私はただ耳を傾ける。

 

「そんな中、藁にもすがる思いで勇者を――俺を、あの人たちは呼んだんだ。あのときの光景はよく覚えてるよ。みんなボロボロでやせ細ってる中、剣を振ったこともないような俺を見て『勇者様だ』『我々の光だ』って、みんな口々に言うんだ。可笑しいじゃん?見るからに力なさそうなのに。でもさ、あの人たちはそれでも良かったんだよ。俺という希望が来ただけで。別に俺に戦わせるつもりはなかったみたいなんだ。でもさ、本当に困ってる人たちを見たら、悲惨な光景を目にしたらさ、何かしてあげたいと思うじゃん」

「……うん」

「……何だかんだ短い期間でさ、魔王と戦えるように力をつけさせてもらったんだ。かなり苦しい思いはしたけど、今まで剣道やってたからさ、剣の振り方とかはすぐに覚えれたんだ。付け焼きに刃だろうけど、いざ魔王と戦ったらさ。俺、勝てたんだよ」

「…………蓮」


 蓮は異世界のことを思い出しているのだろうか。

 時折悲しそうな目をするが、蓮の目には何か強い意思を感じられる。


「……俺は少ししか異世界の人に関わっていなかったけど、魔王を倒したときのあの人たちの喜びは『あぁ、良かった。これでこの人たちも生きやすくなるんだ』って素直にそう思うほど喜んでくれたんだ。俺それ見てさ、凄く自分がやったことが誇らしくなったんだよ。『これで少しでも平和になるなら良かった』って、本当に思ったんだ。それに、晴れやかな気持ちで家に帰れるって嬉しさもあった。そんでもって、俺が帰る前にパーティーを開いてくれたんだ。賑やかでさ、そんな余裕もないだろうに、俺のためにたくさん料理を用意していてくれて、本当に凄く良くしてくれたんだ」


 蓮は時折目を伏せて、涙を堪えるような仕草を見せる。


「そんでもってパーティーの時さ、俺が必死に守った村の小さい子どもが……遠い村のはずなのにわざわざ来てくれたんだ。きっと俺が元の世界に戻るって聞いて急いで来てくれたんだろうなぁ。『おにーちゃん、ありがとう』って、少し枯れた小さな花を持ってきてくれたんだ。多分、村から摘んで来たから枯れてたんだと思う。……でもさ、その花見て、遠い所からわざわざ持ってきてくれたのかって嬉しさと、気恥ずかしさがあったんだ。俺はさ、照れながらも、そっと花を受け取ろうとしたんだ。でもね、その瞬間――なぜか俺の手には花ではなく、その子の頭が手の甲に乗ったんだ。初めは何が起きたかわからなかったんだけど、すぐに気付いた。『あ、首が取れた』って。そう思ってたらさ、手からぐちゃって首が落ちて、目が合ったんだ。さっきまでキラキラした目で俺を見てた目が、段々、段々……!」

「は、蓮!?」


 手で口を抑えてしまった蓮に慌てて寄れば、時々嘔吐くような行動を見せる。


「落ち着いて、蓮。大丈夫、大丈夫よ」


 これが正しいのかわからないが、横からぎゅっ、と抱きしめながら背中を摩る。すると、蓮は少しずつ落ち着いてきたのか呼吸を整える。


「……ありがと」

「いーえ。お水でも飲む?」

「ん」


 一旦落ち着いた蓮に水を飲むかと声をかければ、蓮は力なく頷いた。台所に行き、コップに水を入れて手渡せば蓮はゆっくり水を飲んでいく。

 最後まで飲みきれば、蓮は言葉を続ける。


「……花をくれた子供の首がとれて、死んだってわかると、入れ替わるように魔物たちが姿を現して『初代魔王様が目覚めた!貴様らはこの子供のように一瞬で消え去るのだ!』なんて笑いながら、消えてったんだ。俺は子どものことが衝撃で魔族が居たのにもかかわらず何も動けなかったんだ。今考えれば少しでも戦力を減らすために倒さなきゃいけなかったのに……俺は、動けなかったんだ。そしたらさ、レオがそっと肩を掴んだんだ」


 コップを握る手に力が入る蓮。

 黙って見つめていれば蓮は下を向いたまま口を開く。


「……『最後まで悪かったな。……だが、もういいんだ、お前は元の世界で”普通”に暮らせ』って、あいつ、手が震えてたのに俺を気遣うことばっかり。本当は俺に帰られたら困るのにさぁ、わざわざ見送る言葉を言うんだぜ?」


 ははっ、と力なく笑う蓮の姿に私は胸を締め付けられる。

 異世界で蓮がどんな生活をして、どんなことがあったのか聞こうと思っていたが、あまりにも壮大で私の想像を上回る話だった。

 何と声をかければいいのか、考えていると蓮はゆっくり口を開く。


「だから……だから俺は、あの子どものためにも、あいつらのためにも……あの世界の人達のために戦いたいって思ったんだ。魔王の脅威とか関係なく、ただ、ただ無残に殺されることなく普通に暮らせるように、してやりたいんだ」


 蓮はそこまで言うと、はっきりと私の目を見てこう言った。


「だから、母さんたちに二度と会えなくなるかもしれないけど……俺はあっちの世界で、みんなを救う為に戦いたいんだ。だから、どうか――永住することを許してください」

「……っ!」


 「お願いします」と頭をさげる蓮の姿に、私は思わず言葉が詰まってしまう。

 こんな時、何というのが正解なのだろうか。

 息子の話を聞いて、そこまで他人を助けたいと思う蓮を誇らしく思う一方で、危険なことをして欲しくないと思う親心が、葛藤する。


 蓮はもう、成人した大人だ。

 私の――私達から巣立つにはもう十分すぎるほどだ。やりたいことがあるなら、やってほしい。私達の許可なく自由に自分の道を進んでほしい。自分で決めたことなら、少なくとも私は精一杯応援してあげたい。でも、たとえ巣立つのにしても、やりたいことがあったとしても、自分の息子が――可愛い我が子が死ぬ可能性が高いことをやり遂げようとすることには、どうしても反対してしまう。


「……」

「…………」


 お互いに沈黙が流れる中、私はゆっくりと口を開く。

 



 

 


後ほど手を加える可能性があります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ