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9話 愛の真実

ファルの家族と別れた二人は、レイラが住む貴族の居住区へと向かう。

レイラを放っておけないファルは、最後までレイラに付き合う事にするが、レイラを出迎える人は誰もいない。

異変を感じながらも、レイラは両親を探し、真実に辿り着く。 

 

 よくノエルやロニー達は夜になると怖がっていた。

 日が落ちれば確かに昼間の様な自由は奪われるし、明かりがなければ目の前に何がいるかもわからない。


 ファルはその感情を余りわかってはやれなかった。

 幼い頃、失明する前に味わっていた感覚は遠く思い出す事すら出来ない。

 今のファルは昼も夜も関係なく、常に闇しか見えないのだ。


 だが思考と行動は、その事実は真逆であると示していた。


(右の通路の先に二人か……)


 レイラの手を引いて、一呼吸置いてから通りを横切る。

 探知の魔術はファルに周囲の事細かな情景をもたらしてくれるのだ。

 集中すれば近くのものだと紙に書かれた細かなインクの、僅かな浮き上がりから文字を読み取れる。

 最も凄く疲れるし、字など読めないのだが。


 逆に遠くのものだと五十メイル先に衛兵が何人で、どんな武器を持っているかすら分かる。


 確かに衛兵の数は多い。

 だがこの広い都市に散らばって捜索しているからだろうか、密集具合いえばかなりのすかすか具合だ。

 なまじ大人数であるため、お互いが死角を補ってくれるだろうという思いから隙が生まれる。


「どうしてそっちに衛兵の人がいるってわかったのよ?」


「俺、魔術使えるから」


「へえ、すごいわね」


 こそこそとレイラと小さく会話を交わす。


 レイラはあまり驚いた様子はなく、感心している。

 前に聞いた話では、レイラ自身は魔術を習った事はないらしい。

 どうやら貴族様は、学校に行って基礎的な魔術を学び、その後しばらくは軍隊で高度な術の腕を磨くらしい。

 自分の弟もその学校に通っていると以前聞いた事がある。


  ファルがどうやって周囲を視えているのかとか、貴族でも無いのに魔術を使えるのとか、そこら辺に思考がいかない辺り、レイラは本当に詳しくないのだろう。

 案外、ファルが前に家族に説明した嘘の様に、耳が人一倍良いからとか思っているかもしれない。


 昼間の様な手練れの追っての姿はなく、貴族の居住区まで戻ったのはあっという間だった。

 朝の騒ぎに比べてば、いつもよりここは静かすぎるといっていいほどだ。

 人がいない居住区の城壁の傍で、ファルはレイラを振り返る。


「お前な、もう家がすぐ傍なんだから離せよな」


「だって、怖いもん……いや」


 ずっと握りっぱなしだった手をレイラは引っ張る。


「家に着くまで離したくない。ファル、最後まで守ってくれるでしょ」


 誰がいつそんな事を言ったんだ。

 とどのつもり最後まで付いてこいと言うつもりか。

 さすがに貴族の居住区に侵入するのはファルも初めてだ。


 だが、か細い腕で顔を赤くして、ファルの手を必死で離すまいとするレイラを放り出せない。


 まあ、誰が敵で味方かもわからない現状だ。

 万が一にもありえないと思うが、いつも城門を守っている兵士もレイラの命を狙っているかも。


「いいけど……家に送り届けるまでだ。それに朝みたいな事があったんだ、もうお前はあそこから出てくるな」


「どうして……、まだファルに歌、全部教えてもらってないよ」


「また俺が守ってやれるとは限らないだろ。それに約束は守ってもらうからな。レイラは俺との約束を破った。だから送り届けたらもう会わない。さよならだ」


 レイラの緋色の瞳が悲し気に伏せられたのを見て、ファルは少し後ろめたさを感じた。


「またファルの家族にも会いたいわ。ちゃんとお礼も出来てないし」


 レイラは自分の姿を見ても、軽蔑どころか普通に触れてきた彼らにも会えないのは悲しいと感じた。

 何よりファルにも会えなくなると告げられたのだ。

 あの奇妙な関係が紡いだ時間が無くなるのはレイラにとって、とてもつらい事実だと今気が付いた。


「だめだ。……お前はそもそも俺達と関わっていい様な奴じゃないんだよ」


「なによそれ」


 むすっとした顔を浮かべるが、こればかりはファルは譲れない。

 自分は誰かのお守りを出来るような能力はないのだ。

 家族を救い出す事すら出来ていないって言うのに、これ以上の厄介ごとは背負えない。


 だが、ファルも本当はあの二人だけの時間が何時までも続けばいいのにとは感じていた。


 ファルは城壁を飛び越えて、忍び込む事にした。

 レイラを背中に背負い、防壁術式を足場になる様に展開して、魔術で足を強化して城壁を誰にも見られない様に飛び越える。


 外とは大違いの景色が広がっていた。

 月明りしかないが、綺麗に手入れされた芝生や木々の庭園が広がっている。


 昼間にでも見たら、茶がうまいとかいいながら、貴族の連中がお茶会でもしているのだろうか

 いや、どうでもいいことだな、と考えながらきちんと石畳みで舗装された通りに出る。


 夜のためか辺りには誰もいない。

 女神を象った彫刻がいくつか置かれているが、ファルがそれを人と視間違える事はない。

 馬車が三台は通れそうな通りの左右には、見たこともない大きさの豪邸が点在している。

 無駄に広い玄関と庭園の奥にはいくつか明かりがついてるのが見えた。


「あっち」


 ファルの背中の上でレイラが指を差して道を示した。

 いつまで乗ってんだと思い、レイラを降ろすとゆっくりと歩き出す。


 ファルにしたら住めるならどれでもいいなと思える、ある豪邸の一角でレイラは足を止めた。


「誰もいないのか?」


 ファルの術式でその豪邸のこれまた豪華な門には、誰もいない事がわかる。

 娘がいなくなったというのに、出迎えもいないのは少しおかくないか。


「皆、私の事探しに行っちゃったのかな」


 レイラがそっと大仰な鉄の門を開けたので、ファルもそれに付いていく流れになった。

 最後までとレイラは言ったが、最後とはまさか両親に会うまでというのだろうか。


 庭園にはファルには理解が出来ない水浴びをするには浅すぎる池があったり、無駄に刈り揃えられた生垣が広がっている。

 その向こうに見える豪邸にはやはり明かりはない。

 少し妙だなと思いながらファルはレイラを足早に追いかけた。


 玄関にようやくたどり着き、レイラが扉に手を掛ける。


「お父様ー……」


 少しだけ開けた隙間から、レイラがか細い声で中に声を掛ける。

 ファルを振り返ったレイラは不安気に首を捻った。


 まさか鍵が掛かっていないとは不用心だな、今なら泥棒が入り放題じゃないか。

 ファルは咳払いをすると、大きく声を上げた。


「おじゃましまーす!」


 ファルはレイラに代わって反対側の扉をがばっと開けてやった。


「もう!びっくりさせないでよ、って誰かいたらどうするのよ!」


「いや、どうやら誰もいないみたいだぜ」


 目の前の一階のホールや大階段の上の方にも人はいない。

 だけど、もしかしたら屋敷の奥の方にいる可能性はある。

 ファルの術式では扉を閉めた部屋の中までは魔力が透過しないせいか、確認できないからだ。


「私ちょっと誰かいないか探してくる。あ、ファルはここで待ってて」


 レイラは自分の家に帰ってきた安堵からか、少し恐怖心が和らいだようだ。

 先ほどまでの表情が打って変わった様に元気を取り戻している。


「勝手にいなくなちゃだめだからね、いい。誰かいたら合図するからそれまでいてね。絶対よ!」


「わかった。わかった。でもいたらすぐ逃げるからな」


 何度も念押しするレイアが奥に行くのを見送りながら、ファルもホールに立ち入った。


「うへえ、一度はこんな家に住みたいとは思うけど。掃除が大変だよなー。シフォンが怒りそうだ」


 独り言を言いながら、階段を数歩上り、くるくると意味もなく回ってみる。

 その時、ファルの鋭い聴覚が別の人の気配を感じ取った。

 レイラのではない。それどころか息を押し殺すような複数人の気配だ。


「なんだ……?」


 ファルは足音を殺しながら、その気配の正体と隠れている理由を確かめる事にした。


 ✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲✲


 屋敷の奥に進むにつれて、レイラはしまったと思った。

 いくら月明りが窓から入ってきているとはいえ、進むほど足元が暗くなる。

 ファルの様に魔法も使えないのだから、せめて燭台でも用意すれば良かったのだ。

 玄関のすぐ傍の部屋に、誰でも扱える着火の魔道具が置いてあったのを今頃思い出した。

 あ、でも前にこっそりと使って何故か壊してしまったからもうないのかもしれない。


 だが、もう明かりは必要はなくなった。

 目指していた父の書斎の扉の隙間から明かりが漏れていたからだ。


 大きく音を立て扉を開け、レイラは息を切らして飛び込んだ。

 書斎の大机には蝋燭が一つ灯されていて、それを沈鬱な表情で見つめる両親がいた。


「お父様!」


 レイラは声を上げて、ほっとした表情を浮かべ安堵の声を上げた。

 その声を受けて母が立ち上がり、レイラを迎えようと足を踏み出し始めた。


「レイラ……!」


 だが泣き出しそうな表情の母に飛び込もうとしたレイラを止めたのは父だ。 


「帰ってきたのかレイラ……何故」


 驚愕、もしくは悔やむ様な、懺悔する様な声を出し、虚ろな目を父は浮かべている。

 どうしてその様な表情を、言葉を掛けられなければならないのかわからない。


「お、お父様。私……っ」


 とにかく話したい事は山の様にあるのだ。

 命の危険、守ってくれた人、昨日の事、それらがごちゃ混ぜになって言葉に詰まる。

 例え説明しなくても、父は何時もの様に笑顔でレイラを迎え入れてくれると思っていた。


「来るなッ!」


 しかし鋭い言葉がレイラの期待を裏切って父から発せられた。


「何故帰ってきた! 何故だ……、逃げられたのならどこへなりとも行ってしまえば良かったのに」


 父の表情、声は今まで一度足りともレイラに向けて発せられた事がないものだ。


「えっ……お父様……」


 レイラは動揺から母に助けを求める様に、先ほどから黙っている母に視線を向けた。

 母は父から視線を逸らし、ドレスの裾を握りしめている。

 いつもの様に父に対し一歩下がった状態だ。事情を説明してくれそうな様子はない。


「ああ、何故こうなった……、私が悪いとでも言うのか、私が子を授かろうなどと言い出すからか!?」


 父はレイラの様子など目に入らぬ様に、額に手を翳し苦悩の表情を浮かべている。


「エレナ……お前が生きてさえいれば、もっと上手く出来ていたとでも言うのか」


 またその名前だ。

 錯乱した様に喚く父は、両手を机に叩きつけ頭を垂れた。


「あの、お父様……どういう、事ですか?」


 一歩両手を握りしめて近づく。


「その眼を私に向けるなッ!!」


 びくっとレイラを体を震わせ立ち止まった。


「その眼だ。それにその髪! お前がそうなってしまってから全てが変わってしまった!!何故私の娘だったのだ……他の誰でもよかっただろうに。お前さえ生まれなければエレナも……」


「何の事……エレナって誰なの!? お父様が何を言ってるかわからないっ!!」


 わからない。

 何故父がこんなに怒っているのか、何故こんな事を言われているのか。

 レイラは体を震わせて、その場で叫んだ。


「昨日の事が悪かったのなら謝ります!」


 レイラは必死になって父に訴えかけた。


 今までずっと家庭教師の授業を受けずに投げ出してごめんなさい。

 舞踏会できちんと振る舞えず、お父様に迷惑を掛けたのなら謝ります。

 自分の眼と髪が原因で何か良くない事が起きているのなら、もう家から出ません。

 友達も誰とも結婚出来なくてもいいから、部屋から一歩も出してくれなくても文句も言いません。


「っ……だから、お願い……」


 そんな事言わないで……。

 ぎゅっと瞼を合わせると涙が零れるのがレイラはわかった。

 床に落ちるその雫に父が一歩下後ずさり、苦難の表情を浮かべたのをレイラは見ていない。


 だが、レイラが涙を拭って前を向いた時、父の表情はすでに能面の様な無表情に変わっていた。

 全ての感情を押し殺す様に、全てを諦めてしまったかの様に。


「ずっと……ずっと思っていた。……お前など、生まれてこなければよかったのだ」


 足元がぐにゃりと歪んだ。

 視界が歪み、奇妙な浮遊感に襲われる。


 何か言わなければいけないと思うのに、喘ぐような声しか出てこない。


「っ……どうして、ずっと……って」


「お前が……怖くて仕方がなかった。古の王の様にいつその正体を現すのか。魔物を呼び出し、私をエレナと同様に殺すのではないかと」


 レイラは首を激しく振った。

 そんなはずはない。ずっと父は優しかった。

 あれが演技だなんて言えるはずがない。


「そんな事しない……っ」


 レイラの消え入りそうな声が押し潰れる。


「どうせ我がミリグランツ家は終わりだ。所詮はお前を育てる為だけの鳥籠……お前はあの男に連れていかれるだろう。陛下がお前を何に使われるつもりかは知らないが……碌な事ではないだろう」


 父の訥々と語る言葉はレイラの耳にはもう届かない。

 現実を否定する様に耳を両手で覆い、目をぎゅっと閉じている。

 これは悪夢でもう一度目を開けさえしたら、いつもの両親に戻るのだと。


「市場にいつも出掛けていたのは知っいた。その時お前が誘拐でも殺されでも……自分の正体を知りさえすればいいと願ったのだ。……だが、これもアニムスデリアが持つ天運か」


 父がふっと息を吐いて笑い、歯をぎりっと噛み締めた。


「それなら……いっそ私の手で……」


「貴方ッ……」


 母の悲痛な呼び声でレイラはそっと目を薄く開いた。

 父がレイラに向けてゆっくりと近づいてくるのが見える。


 始め父が握りしめた物が何かわからなかった。

 暗い部屋の中でも月明りで煌めく銀色の刃。

 護身用の抜き身の剣。


 どうして……。

 私が何かしたの……?

 言葉が出ない、掠れたように嗚咽が漏れる。、

 父が許してくれ……と小さく呟く。

 あれ、誰かが遠くで自分を呼んでいる気がする。


 そして剣が振り被られた。

 

親に言われて一番つらい言葉。

お前なんて生まれてこなければよかったんだ以外。

今更そんなテンプレートでは動じない自分がいます。

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