7話 逃走と闘争
舞踏会の扱いと、酔った父の言葉の真意をファルに相談するレイラ。
しかし、その場に現れた三つの勢力にファルとレイラは追いつめられる。
昨夜、舞踏会で会ったハインケルの手を取ろうとするが、ファルがそれを止める。
レイラは誰の手を取るか選択しなければならない。
ファルはレイラの手を強く握り直した。
「信じろって……でもこの人達は」
「知ってる人なのか? 命を預けてもいいのか? 信じられるのか?」
「えっと……」
矢継ぎ早のファルの質問にレイラは口ごもった。
この人達は自分の眼と髪を見ても嫌悪ではなく親愛、それどころか敬愛する眼差しで見てきた。
どんな人なのかは知らないけど、決して自分には悪い人ではないはずだと思う。
「私達は貴方様をお守りする責務があるのです。私達ならレイラリア嬢、貴方が何故あれほどこの国では冷遇されているのか説明して差し上げられます」
それはレイラが一番知りたい事だ。
「そいつの嘘かも知れないぞ」
だがファルの一声にレイラはどうしたいいのかわからなくて、両手で頭を抱えそうになる。
でも片方の手はファルが離してくれない。
「貧民街の孤児の言い分です。無視を」
ファルについと向けたハインケルの視線は冷たい。
「何を要求されていたのか知りませんが、貴方の様な方がこの様な下賤な者と関わってはいけません」
レイラはハインケルの視線に気づいた。
ファルに向けるそれが、いつも自分が向けられている視線と同じだという事に。
――だからファルの手をレイラは握り返した。
「よしっ!!」
ファルは口元ににっと弧を描いた。
自分が拒絶された事に気づいたハインケルは、声を上げる。
「聞き分けのない事を、失礼!」
レイラの頭に向けて、手を伸ばす。
だが、その手は途中で阻まれる。
ファルが前に出した手が一瞬光ると、二人を中心に円周上に幾何学模様を描いた陣が展開する。
そして陣から発生した見えない壁がハインケルの手を空に止めていた。
「防壁、術式……」
呆然と信じられない目でファルを見つめ、ハインケルは呟いた。
「へえ、そう言うんだ」
ファルの一声の後。
「くっ!!」
突然ハインケルの顎を砕かん勢いで何かが迫ってきた。
後ろに飛び退き、その正体を確かめる。
だが、その前に目的の少女の姿が、少年と共に掻き消えているのが目に入った。
その代わり二人がいた場所には地面が下から盛り上がり、土の壁が出現している。
「な、やっぱあの餓鬼が、魔術士だったのかよっ!?」
後ろで男が叫んでいるのが耳に入った。
慌てて、頭上に目を凝らすと押し上げた地面は、そのまま二人を屋上まで運んでいた。
「待てッ!!」
ハインケルは二人を追うために足に力を込める。
ここで逃げられては、どんな事になるか……。
「少年!!お前は知らないのだろう! 彼女の身がどれだけ危険だというのを!」
ハインケルは叫んでも、二人の足を止める事は出来ないのは分かっている。
でも言わざるは得なかった。
「今だ、やっちまえッ!!」
その時、隙をついて狭い通りに少女を狙っていた者達がなだれ込んできた。
アーネットは抑えていた男を斬り殺し、ハインケルはフードの者と剣戟を交わす。
「ハインケル! ここは私に任せて二人を追え!」
「だが!」
躊躇するハインケルだが、アーネットが両手に大規模な術式を展開し始めたのを見る。
ここにいては巻き込まれてしまう。
「すまない……っ、頼んだ」
ハインケルは降りてきた時と同様、足に術式を展開する。
斬り結んでいた相手を押しやり、その隙に二、三度壁を蹴りつけ屋上にたどり着く。
左右を見渡し、東側に逃げる人影を発見した。
足を踏み出したところで、背後で爆発音が聞こえてくる。
ちら、と肩越しに振り返ると、狭い通りからは炎と大量の砂塵が巻き起こっているのが見える。
ハインケルは唇を噛み締め、二人の跡を追う足に力を込めた。
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ファルはレイラの手を引いて、必死に走っていた。
(あいつら一体なんなんだ……!)
よろけそうになるレイラを何度も腕を引っ張ってやる。
その姿は普通の少女で、どちらかといえばファルが知る同年代の少女より体力はなくひ弱だ。
透けるような白い肌がその証明で、今にも倒れそうなほど息が上がっている。
――伯爵家の令嬢であるレイラを誘拐か暗殺か意図はわからないが、こんな少女が暴力に晒されていい訳がない。
「ファル! 前、前ッ!! 落ちるってばぁッ!」
レイラの必死の叫び声で、思考を中断してファルは慌てて前を視る。
走っていた建物の屋上が終わり、別の建物までぽっかりと隙間が空いている。
「レイラ! 跳べるか!?」
「むっ、無理!無理無理!絶ーっ対無理ッ!!」
レイラがばたばたと足を止めようとしてくる。
ファルはその動きを無視して、さらに力を込めて引っ張った。
今更、方向を変えている時間はない。
何しろ後ろからあの男、それに他にも何人も距離を詰めているのが視えているのだ。
「無理でもやるんだよ!」
「ええッ、きゃあ!!」
ファルは一瞬だけ足を止めると、レイラの身体を受け止め抱き抱えた。
ほとんど身長が一緒のため抱えるというよりは、互いにしがみついている状態だ。
「ど、どうするのよ!!」
「そのまましがみついてろ! 黙ってないと舌噛むぞ!」
ファルの見立てでは、次の屋上まで五メイル。
一人ならぎりぎり行けるかもしれないが、それでも一人を抱えた状態ではまず無理だ。
普通の人間ならばだ。
もし余裕があるのならファルも他の手を考えただろう。
でもそうしなければならない理由が今、この瞬間に背中から迫ってきた。
「あいつの術式、こうだったよな」
呟きながら、ハインケルという男が上から降りてきた時、足に掛かっていた魔術を詳細に思い出す。
すぐにファルは全く同じ魔術を自分の足に展開した。
どう使うのかも確かめる時間もなく、自分のありったけの魔力を込める。
そしてそのまま屋上の縁を利き足で踏み切った。
「っ……」
跳んだ後、二人がいた場所に何かが着弾し、石の破片がファルの背中に降りかかった。
飛んできた何かで背中側に幾つも裂傷が出来る。
だが、跳ぶ勢いは収まらず、そのまま時が止まったかの様に滞空をする。
隣の屋上に到達する瞬間、地面に叩きつけない様にファルはレイラを抱えた。
そのまま、自分の背中を床にぶつけるようにして、転がって衝撃を殺し、なんとか渡り切った。
「おい、レイラ……まじかよっ」
腕の中のレイラが無事かどうか確認しようとして、ファルは愕然とした。
レイラの体重が急に重くなったと思ったら、その瞳が閉じられている。
こんな時だというのに、レイラが気絶してしまっていたのだ。
こうなったらいっそ自分も気絶してみたいもんだ。
さっきから体力と魔力を使いすぎたせいか、体の震えが止まらない。
だが呑気に休んでいる暇は絶対になさそうだ。
「くそっ……!」
悪態を付き終わる間もなく、背後からまた先ほどと同じ魔術が襲い掛かる。
慌てて両腕にも同様に足と同じ魔術を掛け、レイラを今度こそ抱きかかえた。
背後で石造りの屋上が砕け散る音を聞きながら走る。
幸いにも傍に床から突き出た煙突があり、すぐさまその影に飛び込んだ。
「貴様ら! こんな場所で彼女に危害を加えるとは正気か!?」
ハインケルが元いた建物で叫ぶ声が聞こえる。
「死ななければどうとでもなる。邪魔をするな」
「何も知らぬ愚か者が!!」
ハインケルと何者かが交戦をし、互いにファル達がいる建物に向かわせない様にしている。
そのせいか、追手はファル達が逃げ出さない様に魔術で足止めをしているというわけだ。
何度も隠れている煙突に向けて魔術が撃ち込まれる。
石やら風に水、火といった選り取り見取りの四元の攻撃が煙突を徐々に破壊していく。
本当にレイラを生かして捕まえる気があるのかと疑うほどだ。
心の中でとりあえずハインケルを応援してみる。
フードを被った奴らとは違い、あいつはレイラをただ魔術で眠らせるだけが狙いだったみたいだからな。
(どっちが勝っても、ここにいたらどうせ捕まるか)
ファルは決めた。
レイラを抱え直すと、体の周りに防壁術式を展開し、飛び出した。
先程と同じ魔術が何度も撃ち込まれるが、周囲に展開したファルの防壁が防ぎ切った。
「あの餓鬼を止めろ!」
続けてファルの進路を妨害しようと、火の魔術がファルの周囲を取り囲むように広がり始めた。
足を止めたファルの頭上から、覆いつくさんばかりの魔術が撃ち込まれる。
やばい、いくらなんでもこの量は耐えきれるのか。
レイラを庇う様に覆いかぶさった。
「防壁!」
そこにハインケルの声と共に、ファルの頭上に防壁術式が展開される。
どうやらこちらに渡ってきたハインケルが助けてくれたようだ。
ハインケルは腕を負傷しているのか、治癒と思われる魔術を使いながら腕を押さえている。
向こうの建物ではハインケルを援護するように、アーネットと名乗った女が魔術を行使していた。
確か、かなり大きな爆発音が聞こえていたはずだが生きていたのか。
「早く彼女を渡せ、お前では守り切れない!」
「嫌だ!」
余計なお世話だ。
誰がお前なんかに渡すか。
肌を焼く熱を我慢し、炎を飛び越る。
だが、次の建物に飛び移ろうとした時、足元の床がいきなり揺れ始めた。
ファルの両足の間にひび割れが入ったと思うと、その亀裂は次々と拡大し、屋上に広がっていく。
「おいおい!」
誰かが大規模な魔術でこの建物ごと足場を崩しにかかったらしい。
ここで逃げすぐらいなら、生き埋めにしちまおうって考えかよ。
踏み込む足場を失い、崩れ行く建物の中でファルは、レイラを抱き締める。
ハインケルがこちらに手を伸ばそうとするが、その姿も魔術の攻撃で掻き消えるのが視える。
ファルは防壁術式にありったけの魔力を注ぎこみ、壊れない事を祈った。
なんとか斜めに傾いた床を踏みつけ、崩落から逃れようと跳躍する。
だが、その抵抗虚しくファルとレイラは奈落へと落ちていった。
砂煙が一面に広がり、通りに面していた市場では人々の悲鳴が上がる。
下に巻き込まれた人も大勢いるのだろう。
泣き叫ぶ子供や、誰かを助けようと動く人々の姿が見える。
「探せ、どうせ生きている。この程度でアニムスデリアが死ぬことはない」
崩落した建物の隣の屋上で、それを見下ろしながら周りの者にに指示をするフードを被った者がいる。
次の瞬間、その場から飛び退こうとし、白刃が舞った。
フードを被った者の片腕が体とは明後日の方向に飛び、微かな呻き声を上げ着地する。
刃を振るったのはハインケルだ。
額から血を流し、魔術の攻撃を半身に受けたのだろうか、黒の軍服が破れ、肩に火傷を負っている。
「その体……ガルニシア王国は彼女を使って何をするつもりだ」
視線は先ほど斬り落とした片腕だ。
その片腕の断面から触手の様な物が伸び、その持ち主の腕の断面からも同じ物が覗いている。
それをハインケルは嫌悪の目で見る。
炎弾術式を両者に放ち、逃れる事が出来ない片腕だけが煙を上げて消滅した。
「おのれッ!」
激高した声と共に、さらに増援が屋上に集まってくる。
ハインケルを囲むのは十名。
先ほど手合わせした限り、自分と同等と思われる術師が十倍だ。
アーネットも相対する敵の対処で、こちらまで手を回す余裕はないだろう。
「死ね」
十の刃がハインケルに襲い掛かった。
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遥か頭上の戦いなどいざ知らず、ファルは地上二階辺りでなんとか生き延びていた。
防壁術式が悲鳴を上げているが、補助に用いた土の魔術の支柱が二人の命を救ったらしい。
座り込む足元には誰かの家の壁が、頭上にはもう片側の壁が迫り、それをファルの魔術が支えていた。
「ごほ、ごほッ」
辺り一面が崩落で巻き上がった砂煙で満ちている。
それはつまりファルが周囲を視る事が出来なくなる事と同義であった。
だが、ちゃんと抱えるレイラの感触だけは腕に伝わっている。
この非常事態に関わらずレイラは目を覚ます様子はない。
これほどの目に会った事がないのだろうから仕方ないだろう。
まあ、今は気絶したままでいてもらった方が都合が良い。
起きられ暴れられでもしたら、頭上の壁が崩落してくるかもしれないしな。
ぽたぽた、と自分の二の腕に垂れるくるものを急に感じた。
血だ。
「痛ってえなぁ」
そういえば、防壁を張る前にいくつか怪我をしていのだった。
まあ、気にするほどでもないだろう。
昔から怪我の治りだけは速いのだ。
「って、レイラは……」
心配になり、レイラの身体に怪我がないか手を這わせる。
少し申し訳ないなと思いながら、絶対に怒られるであろう少し膨らみかけの胸の辺りから、尻や足まで触る。
だが、何度触ってもどうにもわからない。
元々自分が血を流しているし、ファルから視えるレイラは真っ白なのだ。
それに液体などの形の無い物はファルの魔術では視えにくい。
――魔術。
ファルは家族の誰にも話していないが、魔術を使う事が出来る。
昔負った大火傷で眼球自体を失い、盲目であるはずのファルはあるものだけを視る事が出来たのだ。
それが魔術だ。
普通、魔術は国が厳格に管理し、ここガルニシア王国では貴族などの一部の特権階級のみが魔術の神秘を掌握している。
魔術の道具といった物は市場に溢れているが、国が反乱を恐れてか、生活に必要な最低限の威力の魔道具しか販売を許されていない。
平民が魔術を使うには兵役に就き、戦場で闘う訓練をしなければ教えてもらえることすら出来ない。
だからこそもぐりの魔術士は、闇市場で荒稼ぎ出来る様な事になっているのだ。
だがファルは貴族であるはずもなく、誰かに教えてもらったわけでもない。
ただ視て、その類まれな記憶力で複雑怪奇な魔術の術式を一切の理解を得る事なく覚えたのだ。
それにファルには魔術を行使する場面を見る必要すらなかった。
誰かが魔術の構築を頭の中で考えただけで、その発動していない思考中の頭内の魔術すら視る事が出来た。
ファルが住む貧困街や、闇市場では魔術を使う様な荒事に出くわす場面は多い。
お忍びで娼館に出入りする貴族を誘拐しようとする者がいたり、食うに困った冒険者が暗殺の依頼を受けたりもする。
そういった場の暗がりで寝床を確保しているファルにとって魔術を覚えるには絶好な場所だった。
勿論、使い方を知らない魔術は危険を伴った。
意味も効力も理解していない魔術は、こっそりと練習する時にファルの体を傷つける事もあった。
――それでもそれを上回るほどの成果はあったのだ。
ある冒険者から手に入れた魔術――恐らくだが迷宮や坑道で位置を把握するもの、探知の魔術がファルに視界を与えた。
それを常に自分の頭内に展開する事で自分を中心に全周囲を把握する事が出来る様になったのだ。
喜びはともかく、今度は目が見えない様に振る舞う方が大変になったという笑い話もある。
とはいっても魔術の効果は絶対ではなく、この魔術では色は分からないし、火、水といった不定形なものは認識し辛い。
それに四六時中魔力を注ぎ込み常に発動させておかないと、刻刻と変化する周囲の状況を捉える事が出来ないのだ。
そして、偶にだが全く視る事が出来ないものもあった。
恐らくだが経験的にファルはこの魔術が、周囲に自分の魔力をぶつけて、跳ね返ってきた魔力で周囲の情景を把握しているのだと考えていた。
だから跳ね返ってこないもの――つまり自分の魔力を打ち消してしまう様な強い魔力を持ったもの。
そういったものは視る事が出来ず、ただぽっかりと真っ白な空白が在る事になる。
――それがレイラだ。
高い店で売っている魔道具や魔石といった商品や、外から来る冒険者の一員など視えない事があったが、レイラほどの全く視えない真っ白な人は見た事がない。
何しろファルはレイラと空気の境界線を視て、そこに居る事を認識出来ても、レイラがどんな表情を浮かべているのか、それこそどんな顔をしているかすらわからないのだ。
レイラは追われているのは貴族だからという理由だけでなく、魔力量が特異だからなのかとも考えた。
だが、もしかしたら上級貴族というのは全員あれぐらい魔力を保有している血筋なのかもしれない。
ファルはレイラ以外の上級貴族を視た事がないためわからない。
(コイツをどうしたらいい……!)
なにはともあれここから逃げ出さなきゃいけないのは分かっている。
でもその後は。
誰がレイラの味方になってくれる。
「うーん」
ファルは唸った。
悩んでいる間にようやく砂煙が少し収まり、ファルはなんとなく周囲を視る事が出来る様になった。
(取り敢えずレイラに怪我がないか確かめて、それから……やっぱり家族、だよな)
ファルには想像しか出来ないが、いつもレイラが語っていた血の繋がった暖かな家族の団欒というものを思い出す。
きっとレイラは家族に愛されているのだろう。
行き違いは多少あれど、家族ならばレイラの味方に決まっている。
ファルだってなにがあろうと家族は守るものだとわかっているのだから。
逃走の準備のため防壁術式に、重ねて隠蔽魔術を張る。
といってもこれは先程そこらのごろつきに見破られたほどだ。
あまり効果はない魔術なのかもしれない。
だがここら一体は自分の庭だ。
しばし時間さえ稼げば追手を撒く事は出来るはずだ。
ファルの土の魔術を操作し、足元の壁を崩して逃げ道を確保する。
そして飛び出し一階部分に着地し、すぐに走り出した。
さらに崩壊がすぐに進み始めるが、それ以上の戦闘音がまだ頭上で発生している。
そのどさくさに紛れてファルは逃げ惑う人々に飛び込んだ。
民衆に紛れて、屋上から死角となる裏路地にすぐに走り抜ける。
怪我をした人々を運ぶ人は多く、混乱の只中のため、運ぶ者が盲目の少年だという事に気を留める人はいなかった。
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ハインケルは目を疑った。
自分を襲い掛かっていた刃を持つ者が全員屋上に転がされている。
そしてそれを成した者が何時の間にか自分のすぐ近くに立っている事に
「なんとか間に合ったが、助太刀無用だったかな」
深い渋みのある声の持ち主は見慣れぬ剣を手に、悠々と立っている。
「いえ、感謝します。対処は出来ましたが貴方ほどではない」
ハインケルは感謝を告げる。
その相手は、見た目は老人に差し掛かった壮年の白髪が混じる灰色の髪を束ねた男だ。
この場にいる全員をその場に釘付けにしている瞳は、髪と同じく灰色。
「どなたかは存じませぬが、恥を忍んでお願いがあります」
ハインケルが知る限り、男の服装はこの辺りでは見慣れず、その強さも心辺りはない。
だからこそ自身に協力してくれる可能性はあると踏んだ。
「彼らの足止めを。私は追わなければならない御方がいる」
返答は刃の煌めきだった。
白く透きる直剣の向きは、男の手がハインケルの進路を妨害したと示している。
「君達も仕事なのはわかるが、行かせるわけには行かないな。東域軍ならなおさらだ」
ハインケルはなら、何故助けたと喰って掛かりたかったが瞬き一つ許されない相手だと悟った。
強烈な圧迫感が男から発せられ、ハインケルは思わず一歩下がる。
「君も、そちらの彼女も。そして勿論お前たちも誰一人、あの二人の下に行かせるつもりはない」
男は気負いなく言い放ち、この場にいる全員を見渡した。
「貴様、どこのものだ」
誰かが問いかける。
「何、今はしがない旅人さ」
男はそう言った。
という事で主人公は、デビルマンの視力と丸暗記魔術です。
よろしくお願いします。