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6話 窮地

 

「で、なんで今日は来たんだ」


 少し不機嫌な声でファルはレイラに声を掛けた。


 時刻は朝、場所はいつもの広場だ。

 今日は朝早くからファルは定位置に座り、隣のランデルと世間話をしてさて、今日も稼ぐかとしている時だった。

 突然、歌を教える日でもないのに、息を切らしたレイラが姿を現したのだ。


 そう、あれほど前に嬉しそうに話していた舞踏会あった翌日だ。

 何かあったのだろうと察したがそれ以上にファルは少し気が立っている。


 自分が迎えに行く事を条件に歌を教えていたのに、その約束をレイラが破ったのだ。


「ねえ、私って…そんなにおかしいのかな」


 だがレイラの沈んだ声を聞いて、ファルは押し黙った。

 いつもの澄んだ陶器を弾いた音をした声が淀んだ様に暗く沈んでいる。


「どうした? 昨日楽しみにしてた舞踏会があったんだろ。……踊ってる最中にずっこけでもしたのか?」


 ファルが軽く笑いながら雰囲気を明るくさせようとするも――いつものなら激しく怒って否定する所を、ふるふると髪と服の音をさせて、レイラは首を振るだけだった。


 ファル木箱に腰掛けて、レイラの言葉を待つことにした。

 そしてレイラはぽつぽつと話し始めた。


 昨日、初めての舞踏会での緊張した事、皆に冷たい視線で見られた事、誰にも踊りに誘ってもらえなかった事。

 そして、アムニスデリアと訳の分からない言葉で罵られた事。


 ――最後には、自分の父親に生まれなければよかったのにと言われた事。


(……重い)


 ファルには荷が重い相談だった。

 そもそもファルとレイラでは住む世界が違いすぎるし、何かしらの貴族特有の事情があったのかもしれないし、レイラがどういった立場の人間なのかも判断出来ない。

 だけど、一番レイラが気にしている最後に語った事だけは、ファルは口を開いた。


「お前の父親、いっつもすごい優しいって言ってたじゃねえか」


「そうよ。いつも……でもあの時だけは違ったの。まるでお父様じゃないような……」


 泣き出しそうな声のレイラにファルは少し軽い溜息をついて言った。


「もしかしてその時、父親、酔っぱらってたんじゃねえの?」


「え? うん、そうだけど……。普段は飲まないのにお酒すごい飲んでた」


「じゃあ、聞き流せよ。酒ってのは飲んだ事がないからわからねえけど、普段思ってもみない事を言ったりしちまうらしいな」


 ファルは知っている。

 どういった行動に出るのか、そしてその時の匂いをよく覚えている。


「そう……なのかな」


「そうさ。酒飲みと詐欺師のいう事には耳を貸すなって格言があるくらいだぜ。きっとお前の父親も昨日言った事なんて今日には覚えてないさ」


 レイラが伏せていた顔を上げたのが声の張りでわかった。


「じゃあ、私をどうして皆あんな目で見てくるの? 私がこんなのだからお父様もあんな風に落ち込むんじゃ……」


「まあ、確かにお前は変だ。歌の歌い方も変だしな」


「変、変って言わないでよ!」


 レイラはむすっとした声を上げるが、さっきまでと違い少し声は明るかった。

 だからそれが少し嬉しくてファルは話題を避ける様にさらに言葉を続ける。


「あ、それにお前約束破ったろ。俺、お前が一人で来たら歌を教えてやらないって言ったよな」


「ごめんなさい。どうしてもファルに会いたくて……だって私、他に相談出来る人いないし」


 それはそれで、貴族のお嬢様事情が垣間見えて悲しいな。

 といってもファルにもあまり家族には相談出来ない事情を抱えている。


「それに」


「しっ!」


 急にファルはレイラの言葉を遮り、体をがばっと起こした。

 木箱の上に立ち、広場に繋がる路地を睨む。


「……レイラ、ここに来るまでに誰かにつけられたか?]


「え? 私、朝早く誰にも見つからない様に来たと思うけど……」


 レイラの怪訝な表情に比べて、ファルの口元は険しく結ばれた。

 すぐにレイラの耳にも幾人かの大きな足音が通路に木魂して聞こえてきた。


 途中舌打ちと、何かを蹴とばす大きな物音が聞こえ、レイラはびくっと肩を震わせた。

 レイラは慌ててファルと同じ様に木箱の上に飛び乗って、ファルの斜め後ろに近寄った。


 路地から姿を現し、広場に姿を現したのは四人の男だった。

 全員、武具を思わせる金属音を微かに体から鳴らし、荒事に慣れた剣呑な視線がすぐに二人を発見した。


「誰この人達……」


 ファルの肩口で呟くようなレイラの声が聞こえたわけはないが、男達は話し出す。


「んだよ。お前が見逃すから」

「知らねえよ、あんな所に通り道があるだなんて、普通気づかねえからな」

「術式の効果だ。まあ、初歩的なもので見破れたがな。まあいい。黙れ。お目当てはいた。問題ない」


 粗野な話し方だ。

 レイラなど一度もこの辺りでは見かける事はないはずだ。

 普段ならファルが住む貧困街にいる様な暴力を生業とする奴らだ。


「でどうすんだよ、捕らえるか、殺すか早く決めろよ。依頼はどっちを受けるんだ」

「報酬は捕まえる方が良い……だが、あまりいい雰囲気じゃねえな」


 男達はファルとレイラなど無視して話している。


「決めだ。捕えて様子を見る。交渉はその後だ。いいな」

「了解だ」


 一番大柄なリーダー格の男が決を採ったのか示し合わせたように目配せをした。

 そして四人がファルとレイラを囲むようにゆっくりと歩いてくる。


「目的は銀髪赤眼の少女だろ。あの盲目の餓鬼はどうする?」

「ただの餓鬼だろ、殺せ」


 ファルの耳元でレイラが引き攣った悲鳴を小さく上げた。

 服の縫い合わせが千切れそうなほど、ぎゅっとファルの服を掴んできた。


「おい、こっちに来るな!」


 ファルは警戒の声を上げるが、男達は無視をして逃げ道を塞ぐように回り込んでくる。

 広場から通じる逃げ道は、三つだ。

 入ってきた路地はリーダー格の男が立ち塞がり、もう残り二つもそれぞれが逃げ道に回り込もうとしていた。


「どうしよう、ファル。何なのこの人達、……剣を持ってるよ!」


 レイラが焦った声で、何度も強く服を引っ張ってきた。


「油断するなよ。入口に隠蔽術式を張った魔術士がいるかもしれねぇ」


 リーダー格の男が仲間に声を掛けた。

 二人がほとんど逃げ道を塞ぐ位置に移動し、残り一人がゆっくりとファルとレイラに近づいてくる。

 そう、もう剣を握りさえすれば、一足飛びに斬りつけられる距離だ。


「……レイラ、合図したら大声で悲鳴を上げるんだ、いいな」


 ファルはそっとレイラの耳元でささやいた。


「えっ?」


 ファルはレイラの理解を待たずに、木箱からレイラの手を引っ張って飛び降り叫んだ。


「今だ!!」


 それから目一杯息を吸いこんで、


「きゃああああ「っきゃあああああああああああぁぁぁぁぁッ!!!」」


 声変わり前の少女の様な金切り声の少年の声が響き、すぐに続いた少女の悲鳴が重なり、大音響となって周囲に鳴り響いた。


「は? 今、術式が……!?」


 リーダー格の男が呟き、頭上を見上げるのに、仲間もつられて上を見上げてしまった。

 すると、いきなり周囲の建物の窓が幾つか開けられ、住んでいた人が顔を覗かせてくる。


 さすがに見られてはまずいと思ったのか男達は硬直する。

 その隙にレイラの手を引っ張るファルは迫って来ている男の脇をすり抜けて走った。


 男は手を伸ばしてくるが、それをファルが手に持った杖で打ち据え逃れる。


「逃がすな!!」


 リーダー格の男が叫ぶのを後ろにファルとレイラは止まらない。

 まだ、何度も恐怖の悲鳴を上げているレイラを引っ張りながらファルは全速力で走る。


「くらえ!」


 慌てて道を塞ごうとしてくる一人に向けて、ファルは杖を今度は投げつけた。

 その対処に男が一歩足が止まった所をなんとか横を通り抜ける。


 選んだのは一番細い出口だ。

 通りにはがらくたが乱雑に置かれ、大人なら通り抜けるのは一苦労な場所だ。


「ファル!見えてるの!?」


 レイラが今度は別の意味で悲鳴に近い声を上げた。

 ファルがその通りを勢いを落とす事なく駆け抜けているからだ。


 その走りに迷いはなく、障害物をまるで見えているかのように左右に躱す。

 途中で何度かレイラの来ている服ががらくたに引っ掛かり破けるも無視をする。


 そして出口まであとわずかに迫った。

 後ろから追ってくる男達は追い付けそうにもなく、レイラは安堵する。


「っ……」


 だが、ファルは地面を削る様にして止まった。

 後ろを気にしていたレイラは、止まれず勢いよくファルの身体にぶつかる。


「何!?」


 レイラはファルにぶつけて痛む肩を触りながら前を伺った。

 出口を塞ぐようにして立つのは外套を着込みフードを目深に被った人だ。


 いや人達だ。

 後ろにも似た体全体を隠す様な恰好の人が何人かいるようだ。

 もうどこにも逃げ場はない。


「どうしよう……ファル!」


 足を止めている間に後ろから男達が追い付いてきた。


「誰だてめえら。そいつは俺達のもんだ」


 どうやらこの二組は全く別口の思惑の集団の様だ。

 ファルは左手でレイラを守る様に壁際にじりじりと移動する。


「どけ……ごろつきに用はない」


 狭い通路に二人のフードを被った人が入ってくる。

 そして懐に入れた手が取りだしたのは短剣だ。

 狭い通路で戦うなら、追い付いてきた男達が持っている剣よりは有利だ。


 だがそれはファルとレイラにとっては何の関係もない。

 もし、フードを被った奴らの狙いがレイラを殺すことなら終わりだ。


 ファルはぎゅっとレイラの手を強く握ってやった。

 何故こんな事になっているのかはわからないが、今更ファルだけが逃げ出すのも無理だろう。

 それに一杯稼がせてもらった少女に暴力を、そして命の危機に晒したくはない。


 だからファルが覚悟を決めた時だった。 


「待て!!」


 そこに頭上から声が響いた。

 かなりの高さがある屋上から二人の人影が飛び降りてきた。

 場所は最初にファル達を追いかけてきた男達の真上だ。


 二人は足元に煌めく魔法陣の様なものを一瞬だけ展開すると降り立った。

 ふわりとした足音のみで衝撃はほとんどない。


 誰もが動きを止めたが、一番間近にいた男が腰の剣を抜いた。

 邪魔するものは誰であれ容赦なく殺すという勢いだ。


 だが、振り下ろした剣は、二人の片方が一瞬の内に男の懐に飛び込み、その衝撃で空を斬った。

 そのまま目に留まらぬ速さで男は転がされ、組み伏せられる。

 地面に叩きつけられ、上から剣を握る方の肩を決められた男は呻き声を上げた。


「動くな、命が惜しいならな」


 冷徹な女性の声が組み伏せられた男に掛けられる。


「そいつを放せ!」


 リーダー格の男がそれでも動こうとした。

 女性はすっと目を細めると、容赦なく男の腕を折った。


「ぐああっ!!」 


 レイラは男の絶叫に身を縮ませる。

 次から次へとなんなんだと、ファルは舌打ちをしたくなる。

 どうせなら二人を忘れて勝手にやってくれれば助かるのだが。


「レイラリア嬢、ご無事ですか?」


 だが、残った片方の男がレイラに話しかけてきた。 

 この場に似つかわしくない優し気な声だ。 


「あ、あなた達は_」


 どうやらレイラはこの二人組を知っているらしい。


「昨夜、王宮の舞踏会でお会いしましたね。ハインケル・デュロイです」


 それから痛みに呻く男を押さえつけ、喉元に剣を突き付けている女性をレイラは見る。


「それにアーネットさん……」 


 レイラが名前を覚えてくれていたのが嬉しかったのか、アーネットは笑みを浮かべたまま会釈をした。


「どうしてここにいるんですか?」


「ミリグランツ伯にお取次ぎ願おうと屋敷に尋ねていくと、レイラリア嬢がいないとの大騒ぎでしてね。今まで我々もお探ししていたのですよ」


 ファルには嘘を言っている様には見えない。

 言葉遣いから見れば、この中で一番信用出来そうな部類だ。

 そのかいあってなのかレイラがファルの後ろから一歩前に進み出る。


「さて、諸君」


 ハインケルは左右に視線を動かした。


「誰の依頼で動いているかはわからないが、彼女の身柄は我々が保護する」


 荒くれの男達は仲間を人質に取られ、すでに戦意を失くしているがフードを被った者達は違う。

 構えた短剣を降ろすことなく返答をしてきた。

 女性とも男性とも捉えづらい声だ。


「彼女はガルニシア王国の血に連なる者だ。連邦がしゃしゃり出て来るな」


「やはりお前たちは……何故今更隠す必要がある。マルクトフ王が彼女を公の場に出したのはどういう意味がある?」


「犬に答える必要はない」


「それはお互い様だろう」


 ハインケルは視線で牽制しながら、ファル達に一歩近づいてきた。


「レイラリア嬢。我々と一緒に行きましょう。お父上も心配していらっしゃいましたよ」


「え、でも……」


 レイラが口ごもったのはこの逃げ場のない状況でどうやって、というものだろう。

 レイラの戸惑いを無視して、ハインケルはレイラに手を伸ばしてきた。

 どうやらファルは最初からこの男には無視されている様だ。


「ここは危険です。さあ、お手を。私達がお守りいたしますから」


 多少強引だと感じる程の言い方だ。

 もしかしたらこの拮抗状態がいつまでも続くとは思っていないからだろうか。


「レイラリア、手を取るな、父親がどうなってもいいのか?」


 フードを被った者達の一人がいきなりレイラに言葉を掛けてきた。

 その内容にレイラははっと息を吞み、視線を勢いよく動かした。


「どう、いう意味……」


「その男と共に行けば、お前の父親に価値などない。お前がここにいるからこそミリグランツ家は存続で出来ているのだ」


 明らかな脅しにレイラは動きを止め、どうしたらいいのかわからなくなった。

 だが、強引にハインケルはレイラリアに迫った。


「怪しげな風体の人間のいう事です。信用してはいけません。私達と」


 半ば必死に見えてきたハインケルに、レイラは決心したのか手を伸ばそうとする。

 だが、その動きを止めたのはファルの一声だった。


「どうして保護しようとしている奴が、お前を眠らせようとしてるんだ?」


 今までファルが目に入っていなかったかの様にハインケルは戸惑いの声を上げた。


「何を言っている……少年」


 単に奇妙な事を言われたのだという風だ。

 ただファルはレイラに伸ばすハインケルの手をじっと視ている(・・・・)


「お前、俺を信じられるか?」


 それからファルはレイラに問いかけた。


さあ、頑張っていきましょう。


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