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3話 奴隷少年の一日

 

 一日が終わり、陽光が山間に沈んでいき、都市もそれに合わせて薄暗くなっていく。

 仕事を終えた人達が城門が閉じられる前にと飛び込んでいく中で、夜のための明かりが灯されていく。


 夜の灯を頼りに大抵の者は帰宅を急ぐが、その中で微かな軽い音を響かせて昼間と変わらぬ足取りで歩く少年がいた。


 その少年の足取りは、迷いなく先ほど日が沈んでいった西の方角に進んでいる。

 王都の西側には貧民街が広がり、年々その規模を拡大させていてる。

 少年もその一員だとすぐにわかる恰好だ。


(今日も疲れた……)


 少年―ファルは傷が入った果実を、地面を叩く用の棒を握っていない手で持っている。

 その果実を遊びで軽く揺らしながら、ファルは溜息をついた。


 貴族の――それも伯爵家とのご令嬢との歌の授業はファルの思惑とは違い、もう三週間目に突入しようとしていた。


 今日もその一日の帰りで、胸元の袋は確かな重量を伝えている。


 だが、ファルの足がいつもと比べて重たいのは、間違いなくレイラのせいだ

 何しろ、レイラは我慢が聞かないのだ。すぐに嫌だ。なんでそうなるのよ、と駄々をこねるのだ。

 とはいっても完全に投げ出してしまうことがないため、ファルも向き合うしかないのだが。


 そこでファルは薄暗い通りの進行先から走ってくる男に気づき、足を止めて壁際に避けた。

 男は暗がりにいるファルに気づく事なく通り過ぎていく、


 大抵、この時間この辺りで出会う人間に碌な奴はいない。

 絡まれ、殴られ、金を強奪されるか、最悪の場合は意味もなく殺されるかだ。

 目の見えない奴隷の少年などその恰好の的だろう。


 だが、例え気づかれたとしてもこの辺りでファルが稼いだ金を狙う輩はいるにはいるが、実際に命まで狙われる事は以前と比べて少なくなっている。


 なぜなら奴隷のご主人様、つまりファルの所有権を持っているロナンという男が支配する地域が広がったからだ。

 ここは、如何にもな非合法な組織の頭であるロナンが支配する土地で、ファルはその持ち物だという事がある程度は知れ渡ったからだ。


 ――つまりロナンの奴隷であるという最低の保証が、ファルの命を繋いでいたのだった。


 ファルが知る限り奴隷には色々な種類がある。


 知ってる中でも最悪なのが鉱山奴隷だ。

 事故に巻き込まれなくても寿命を削り、勿論落盤事後にでも巻き込まれたら即死だ。


 又は戦争奴隷だろうか。

 他国の捕虜、そして自国の徴収した国民を戦争に兵士として連れていく。

 これもまた命懸けだ。


 後は、この都市でもごく一般的なのが借金の代償に奴隷となる事だろう。

 他にも食うに困り、自分の身体を差し出すなどだ。


 とはいっても大抵、分別のある奴は奴隷になる際、自分にある程度権利を残しておくものだ。

 例えば、奴隷になる期間であったり、特定の仕事は引き受けなかったりだ。


 そして分別のない愚か者や、幼い頃に親に売られたり、捨てられたりして奴隷にされた者は権利など何も残されない、一生奴隷の身分だ。


 ファルが大きくなって不思議に思ったのは、何故奴隷達は自分の境遇に反逆し、奴隷の主人を殺そうとしたりしないのだろうか、と。


 答えは主人であるロナンが教えてくれた。


 ――奴隷には魔術が掛かっていると。


 奴隷を仕入れる時、大抵は奴隷商人から買うのだが、奴隷商人は魔術士を雇っており、その魔術士が奴隷と主人が取り決めた通りの契約を魔術で奴隷を縛るのだという。


 その内容は国家が定めた法に則ったものだ。


 国家は個人が奴隷の軍隊を持たないようにするため、奴隷には人を殺す事は出来なくさせているし、国の法律に逆らえなくもしているし、当たり前だが主人の命令にも逆らえないようにしている。


 つまり、人を殺せとご主人に命令されても出来ないし、主人の命令も遂行出来ない板挟みになる事もある。


 試しにファルは、一時ロナンの命令に逆らってみたことがある。

 その時は頭が割れそうな痛みが発生し、地面にうずくまる羽目になった。


 つまり魔術はファルの頭の中に刻まれているのだろう、とわかったのはそれだけだ。


(……逃げる術はないように見える)


 とはいってもロナンはファルの他の奴隷に、盗みや殺しをやらせているという事を聞いたことがあり、何かしらの魔術の抜け道はあるのだろう。


 金を積んでもぐりの魔術士に契約内容を違法に書き換えてもらうとかだ。

 そして奴隷の身分から解放されるにはその手段しかなく、もしくは……主人が死ぬ事だけだ。


 ――そしてそれはファル自身、いやファルの家族を救う手段でもあった。



 ファルの足取りは迷いなく、廃棄され古びた住宅地の一角で足を止めた。

 そしていつも通り、倒壊した家屋の端財、木材や石材を乱雑に積み上げている場所に近づいた。


「帰ったよ」


 ファルが声を掛けるとすぐに、そのゴミ捨て場の影から少年少女達が現れた。

 全員で六人だ。

 ファルと同い年くらいから、まだ二桁に足りない小さな子供もいる。


「お帰りー!」

「ファル兄待ってたよー」

「お腹すいたよ」

「あれ、もうそんな時間?」

「おかえりなさい」


 その中で一人、ほとんどファルと背丈が変わらない同い年くらいの少年が近づいた。

 といってもファルは自分の年齢など知らないのだが。


「ファル、あんまり遅いから先に行っちまおうかと思ってたぞ」


「ごめん。カイル。思いのほか時間が掛かった。でもほら」


 ファルはカイルに稼ぎが入った袋を振って音を出した。


「ニコラ、デイジー、ロニー、シフォン、それにノエルもごめんな」


 ファルは年が大きい順から名前を呼び、最後に腰の辺りに抱き着いてきたノエルの頭を撫でた。

 まだ六歳くらいの小さな少女は最近ファル達の所に来たばかりで、一番の甘えん坊だ。


「ほら、また果物屋のランデルさんから売れない奴をもらってきたぞ。皆で分けよう」


 ファルは手に持っていた果物をカイルに渡した。

 全員で食べるには少ないが、それでも家族全員で分配するのがファル達の決まりだった。

 そしてこういう時に分配役としていつも動くカイルが果物を剥いて、皆に平等に分け始めた。


「皆、怪我とかしてない? 今日は久しぶりに仕事で呼ばれたんだろ」


 ファルはもう食べてしまったノエルに、自分の分をあげながら全員に聞いた。

 同じ奴隷である彼らはロナンのもしくはロナンの部下の言いつけで度々働かされている。


 大抵の仕事は金持ちが出したごみ漁りだ。

 狭い場所や危険な場所で身軽さを武器にいくつもの目ぼしい物を見つけては拾っている。

 目の見えないファルは当然呼びつけられる事はないが、ノエルは買われてからすぐに働かされている。


「そ、今日は主に北の方で、無茶苦茶な捨て方してるから崩れてきたりしてもう無茶苦茶だったよ」


 姉御肌のデイジーが自分の指についた汁を舐めながら答えた。


「僕はやめようと言ったんだよ。でもデイジーが行こうっていうから……」


 ニコラはデイジーの影でぶつくさと言っている。


「あと、臭かった」


「同感ね。早く水浴びしたいわ」


 寒そうに小さく体を丸めているロニーの呟きに、シフォンが激しく声を上げた。

 皆それぞれ自分の匂いを嗅ぎ始めたが、全員ファルと同じ様な薄汚れた姿なので元々の自分の匂いなのか悩むような声を上げている。


「ファル兄こそ今日はどこ行ってんだよ。最近、稼ぎはやけにいいし」


 ニコラがファルの服の裾を引っ張った。


「今日もパトロンから気前の良い払いがあったんだよ」


 ファルは家族は貴族のお嬢様に歌を教えているという事を隠していた。

 家族の事は信用しているが、まだ小さいノエルなどがうっかり漏らして、ロナンにファルが貴族の令嬢と繋がりがあるというのがばれてしまうのを防ぐためだった。

 もしばれたら何をされるか、何を言いつけられうかわかったものではない。

 

「こっちはね今回はなかなか良い物が拾えたよ、でも屑銅貨一枚にしかならなかったけど」


 デイジーが不満そうに言い、それをニコラが何時もの様に宥めている。


「ファル兄はすごいね!」


 ノエルの屈託ない笑顔にファルは優しく頭を撫でてやった。


 その後は、あまり騒がない程度に互いに一日の出来事を語りあった。

 完全に暗くなってからロニーがくしゃみをした所でそろそろ、とカイルが切り出した。


「帰らなきゃまずいよ……」

 

 体の弱いロニーを気遣ってるのもあるだろうが、ここにはいつまでもいられないのだ。

 比較的安全なこの場所も、いつ貧民街の組織の縄張り争いに巻き込まれるかわかったものではない。

 

 そして何よりファル達は、主人であるロナンに稼いだ金を納めなければならないのだ。

 奴隷の目的は労働力そのものだし、大金を隠し持っている奴隷の逃亡を阻止するためだ。 


「わたし、あそこいやだなぁ……」


 シフォンが愛嬌のある顔を顰めた。

 

「……わかってるから」


 ファルはシフォンに方に手を伸ばし、呟いた。

 それからシフォンとノエルがいつもの様にファルの両脇に立って、カイルが道を先導し始めた。


 本当なら導きが必要ない位ファルの足取りはしっかりとしている。

 何より今までここまで一人で歩いてこれているのだから。

 ファルはここら辺一帯なら例え、眠っていても歩けるほど、全ての道順を把握してるのだ。


 全員が目指すのはロナンがいる組織が取り仕切っている場所だ。

 しばらく歩くと大きな建物に着く。

 元々は商館だったらしいが、ぼろぼろに壊れ、入口の扉はというとなんとかついているという状態だ。


「おい、お前ら」


 入口に若い二十代くらいの男が二人見張りで立っていた。

 奴隷を取り仕切る人――つまりはロナンのお気に入りだ。


 そいつにファル達は黙っていつもの様に男に稼いだ金を渡していく。


 一応、誰がどれくらい稼いだが帳簿付けているらしいが、いくらでも中抜きし放題だろう。

 そして払った稼ぎの代わりに、ファル達は食料を受け取った。


 カビが生えたパンや売れなくなった商品の残りがほとんどだ。

 ないよりはましといったほどの雀の涙ほどの報酬だ。


 それでも貧困街の市場で手に入れようと思ったら、先ほど稼いだ額よりは掛かるだろう。

 勿論、稼ぎがないならないで、食事は抜き、さらに鉄拳の制裁というわけだ。

 

「お前ら、最近稼ぎがいいな」


 じろっと男は腕を振るう仕草でファル達を睨む。

 ファル達が全員稼ぎがいいのは、当然ファルがレイラから受け取った金を全員に不自然がないように配分しているからだ。

 他の奴は稼いだ奴から、力づくで奪い取る奴もいるくらいなのだ、それよりはましだ。


「ついてたんだよ」


 ファルはそれだけ答える。


「ファル、相変わらずお守りかよ。おめえはロナンさんのお気に入りなんだからよ。ぼおっとしてっと誰かに殺されるぞ」


 全く、ありがたい忠告だ。

 ファルは度々ロナンに、お気に入りの客の前で歌や物語を披露するように言いつけられる事がある。

 市場でファルが歌っているのは、ロナンに新しい歌を仕入れるためと言って働いているのだ。

 敵対する組織がロナンに仇名すつもりで、ファルの事を狙っているのを警戒しての事だろう


 

 男の言葉を無視して、ファル達は三階建ての建物に入る。

 一階は筒抜けの大きな広場となっていて、大勢の人間が集まっている。

 怒声や歓声が上がっているのを聞く限り、相変わらず何か賭け事でもしているのだろう。


 騒ぎに巻き込まれない様に壁際を通って、ささくれ立った階段を上り始める。

 するとファルの頭に紙屑が飛んできて当たった。


「お、命中!」


 下にいる誰かがわざと狙って投げたらしい。

 カイルがファルの前に出て、手すりから下に向けて叫ぶ。


 「バーディン!てめえ」


 見えなくてもファルよりも少し年上のそいつがにやにやしているのだろうはわかる。


「おい、ファル嬢ちゃん。今日はぴーちく囀らねえのかよ。クハハ」


 バーディンの挑発にカイルが飛び降りようとするのをファルは止める。

 

 「あの野郎……」


 カイルが敵対心で歯ぎしりを浮かべる気持ちはわかる。

 少し前に度々、あいつは仲間を引き連れてファル達が稼いだ金を奪っていった事があるのだ。

 それもファルやカイルがいないときに、ニコラやデイジー達からだ。

 

 そんな時いつも、男であるニコラがみんなの盾になり、暴力を受けていた。

 さすがにロナンに知られてはまずいのかファルが、それとなく脅したら暴力は止まったが、こうしてちょっかいを掛けてくる。

 それをロニーやシフォン、なによりノエルがとても怖がっているのだ。


 「お前だって俺達と一緒だったくせによ」


 カイルの言う通り、バーディンは数年前まではカイル達とごみ漁りをしていた。

 だが、バーディンはすぐに暴力で頭角を現し、自分で稼ぐより、誰かから奪う道を選んだのだ。

 

 今では組織の手先として他の組織の奴らと抗争を繰り広げている。


 暴力と抗争、ファルが何より忌避するものだ。

 誰もここで過ごしていくと慣れていき、決して逃げる事はできないもの。


 それでも嘗てはバーディンもファルが寒さで震える時に、毛布を貸してくれた事もあったのだ。

 何が人を変えてしまうのかわからない。


「お前らと一緒にすんな。その汚ねえ火傷を見せんじゃねえよ」

 

 バーディンの言葉に下の何人もが嘲笑をファルに向けた。

 ファルはカイルに向かって首を振り、行こうとだけ呟いた。

 皆が怖がっているからと、少なくともファルは今いる家族には暴力に慣れて欲しくはなかった。


 三階まで上ると抜け落ちた屋根から綺麗な星空が視える。

 晴れていて暖かい日は天国だが、そうでない日にはつらい場所だ。


 途中床が腐り落ちて抜けている場所もあるが、ファルでさえ避けていつもの寝る場所にたどり着く。


「さ、もう今日は寝よーぜ、疲れた」


 カイルの一声でファル達は隅の方に集まって眠る準備をし始めた。

 湿った枯草を敷いてだ。それと拾って換金せずにとっておいた古びた毛布もある。


 ファル達は互いに集まって暖を取る様に横になる。

 下からは相変わらず騒ぎが続いているが、埃が舞うのも気にせずファル達は毛布を頭の上まで被る。


「おやすみ、皆」


 ファルが声を掛けると、それぞれ静かに皆から返事が返ってくる。

 ノエルだけは返事の代わりにファルの胸にすぐに擦り寄ってくる感触がある。


 両親も家もないファルにとって、唯一家族といえるものはカイル達だけだ。

 この都市のごみ溜めで死に掛けていたファルをロナンが見つけ、見世物にしようとしていた所を救ってくれたのはこいつらだ。

 傷の手当をし、食事の与えてくれ、寒い日には火傷の跡も気にせず一緒に寝てくれた。

 ただ一緒にいてくれただけじゃない、大きな何かをもらったのだ。

 その後、ファルが記憶力が飛びぬけているという事で歌を覚え、自分で稼げる様になったものの、出会った時から変わらない関係はずっと続いている、


 彼らがファルを迎え入れ、目の見えないファルの世話をし、今も支えてくれている。

 その恩を、忘れたことは一瞬たりともない。


(絶対に……いつか、安心して何も怯える必要がない暮らしにしてやるからな)


 ファルはノエルの頭を撫でながらゆっくりと眠りに落ちていった。


モチベーションアップの秘訣が欲しいです。


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