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11話 勧誘

 

 ファルは、男の後を追いかけていた。

 背にはレイラを乗せ、目立つ銀髪を隠す目的で、男の古びた外套を被せている。


 ファルはゆっくりと、それでいて機敏な動きで移動する男を見やった。

 何かしらの隠蔽術式を使用している訳でもないのに、驚く程に気配を感じさせない。

 事実、これまで移動してきて、幾度も人の視線に晒される危険がある箇所がいくつもあった。

 だが、全て見咎められる事はなかった。


 男はしばらくファルを引き連れたまま歩き、宿屋の建物が立ち並ぶ一角で足を止めた。

 主に貧しい旅人や、その日暮らしの者が利用する、ただ寝泊まりするだけの場所だ。

 そして、その中の一つの宿屋の裏口から入リ、厨房を抜け、そのまま静かに一階の一室に入った。

 狭い部屋の中には机と椅子、それから大人一人がなんとか眠れそうな寝台が置いてある。


「――はぁ」


 そこに家族の姿を視て、ファルは安堵の溜息をついた。

 まず寝台の上には、ノエルが体を丸め、その横に下半身を投げ出す様にロニーとシフォンが寝ている。

 そしてカイル、ニコラ、デイジーは寝台の隣の壁際にもたれ掛かり、三人仲良く肩を寄せ合って眠っていた。

 全員の規則正しく、落ち着いた睡眠時の呼吸が聞こえてくる。


「大丈夫、眠っているだけだ。君と落ち着いて話をするためにね」


 男はそう告げると、手でファルに進むように示した。

 ファルはレイラを起こさない様に、寝台までそっと進んだ。

 それから、ゆっくりと背中からシフォンの隣にレイラを下ろし、そっと寝姿を整えてやった。


「君も疲れただろう。少し休みなさい」


 男は机の傍の椅子をファルの前に持ってきて座る。

 その際、腰の剣の先が床に付かないように、柄に触れ位置を調節した。

 それをファルは油断なく見ながらも、他に座る場所はないので寝台の端、レイラのすぐ隣に腰掛ける。


 座り込むと、これまで感じた事がない疲労感が、一気に押し寄せてくる。


 そういえば、これほど魔力を一度に使ったことも、長時間走ったことも人生で初めての経験だ。

 あの時、吹っ飛ばされた時の倦怠感も取れ切れておらず、気を入れていないと、すぐに意識を失ってしまいそうだ。


「悪いがこんなものしかないが、食べて落ち着きなさい……変なものは入っていない」


 そこで、男が寝台の傍に置いてある背嚢から、燻製にされた保存肉を取り出しファルに差し出した。

 その際、ファルは受け取るのに躊躇したのだが、最終的には恐る恐る受け取った。


 ……今更、薬を盛る必要もないはずだよな。


 ファルは一口齧った後、すぐさま慌ててがっつき始めた。

 それから差し出された鉄で出来た水筒を、ひったくるようにして水を飲んだ。


「ぷはっ……」


 渇いたスポンジの様に、塩分と水分が体全体に染み渡りる。

 そういえば、朝から何も食べていないかった。

 いつもの事とはいえ、疲労した分の補給を体はしっかりと求めていたようだ。

 ファルは残った分を口に放り込み、一気に水と一緒に喉の奥に流し込む。

 それを見て男は椅子に深く座り直し、ひじ掛けに肘を置き、膝の上で両手を組んだ。


「まず初めに自己紹介だ。私の名前はヴィンセント・レーゲンブルク。君は?」


「……ファル」


 初めてファルは、ヴィンセントと名乗った男と真正面から向かい合い、その姿をじっと観察した。


 ヴィンセントの服装は、使い古された簡素な旅装束姿に視える。

 この辺りでは、余り見慣れないすっきりとした様相だ。 

 それから、ファルはじっとヴィンセントの顔を視ようとするも、余り造形はっきりとはわからなかった。

 どうやらレイラと同じく、高い魔力の持ち主の様だ。


 だが、レイラほど特異ではないのだろう。

 口元と顎を飾る髭は、綺麗に整えられているのがわかり、目元には幾つかの深い皺が刻まれている。

 なぜか、左目のみははっきりと、その眼球の動きをファルの術式で捉える事が出来た。

 なんとなくだが、ファルは男の体格、物腰と声から、老齢に差し掛かる手前だろうと察した。


「ではファル。そちらのお嬢さんは?」


「レイラだ」


 そういえばレイラの母親はレイラリアと呼んでいたから、きっとレイラは愛称なのだろう。

 でも今更呼び方を変えるのも変だなと考え、そう答えた。


「ファル、君達は何故追われているかわかるかい?」


「いや……。それに、追われているのはレイラの方だけだ」


 ファルは呟くように言った。

 決してレイラを責めている様な言葉遣いではない

 確かに、レイラに巻き込まれる形で自分も追われたのだが、その事を気にしてはいないのだ。

 別に、レイラ自身が悪いわけではないだろう。


「そうだな、君は巻き込まれただけだ。だが、彼女を追っている者達は、今はもう君の事も追っているだろう」


「なんで俺を……」


「彼女といる所を見られたからだ。私も詳しい事情はわからないが、今日あの時、彼女を狙う人々が動いた様だ。そして、彼女に関わる者全てを消そうとした。なに、私も命を狙われた一人でね」


 ヴィンセントは肩を竦め、ファルを見た。

 命を狙われたという割には軽い言い方だな、とファルは思う。


「あんたは何でレイラが狙われたか知ってんのか? 

 いや、そもそも何が狙いなんだ? なんで俺たちを助けた?」


 ファルは、立て続けにヴィンセントに当然気になっいる事を聞く。

 わけがわからない事だらけで、苛立ちファルは足を踏み鳴らした。

 答えを持っているというのなら、言ってみろと。


「質問が多いな」


 ヴィンセントは、くすりと鼻を少し鳴らして笑う。


「まず私の目的だが、彼女の保護だ。詳しい話は彼女が起きて、落ち着いたら話そうと思うが。そうだな。

 ……レイラが狙われる理由は、彼女が特別な存在だから、と言っておこうか」


「あんたも、その狙ってる一人なんじゃないのか」


 ファルの問いかけにヴィンセントは「ふむ」と声を上げる。


「確かにそうだ。だが私は彼らと違い、彼女を利用する気も危害を加える気もない。ただ、彼女がいるべき場所に送り届けたいと思っている」


「いるべき場所?」


 ファルは首を捻った。


「そうだ。彼女が安心して、暮らしていける場所だ」


 ヴィンセントはの言葉、ファルにはいまいちぴんとこない。

 それは一体どこで、どうしてそんな事をこの男がする必要があると考える。


 それを悟ったのだろうか、男は腰のベルトに手を伸ばすと、そこから何かを取り出した。

 ファルが視ると、視た事もない細かな術式が刻まれている薄い板の様だ。

 材質もわからなければ、それが何を意味するものかもわからない。


「それは?」


「この辺りじゃ、これを出しても誰もわかってくれないのが悲しいね。これは、私の仕事の身分を証明するものだ」


 どうやら術式の他には、ファルにも視える魔力が通った文字が描かれているようだ。


「私は連邦……と言ってもわからないか。そうだな、簡単に言えば珍しい生物の保護を主な仕事としている」


 保護、といわれてもファルにはぴんとこない。

 この辺りではあまり良い意味では聞かない言葉だ。

 今、おたくの子供を保護してるとか。


「専門は魔生物だ。……例えば、絶滅寸前の魔物、迫害された歴史のある魔族。それこそ、レイラの様な特別な存在も保護の対象だ」


 魔生物やら魔物という言葉に強く興味を惹かれるが、他の言葉がどういう意味なのかわからない。

 大人は時に、煙に巻こうと難しい言葉を使うが、まさに今がそうではないのか。

 普段、ニコラがこういう事に対処する役割なので、ファルでは理解が及ばなかった。


「つまり、レイラをその、保護して、いるべき場所とやらに連れて行けば、あんたは金をもらえるわけ?」


 なんと絞り出したファルの不躾な質問に、ヴィンセントは唸る様に言葉を濁した。

 だが、最後には「まあ、概ねそうだ」と答えた。


 なるほど、それなら納得だ。

 完全な善意というわけでないだけ、まだ信用出来る。

 たぶん、今まで襲ってきた連中よりかは、この男を信じてもいいのかもしれない。

 金と契約の関係。

 それこそが、この世の中で信じられる唯一のものだ。


「給金の為言ったら、風情もないが、私はこの仕事に人生を掛ける意義と熱意、それに誇りを持っている。  それを汚すことは私自身を裏切る事だ。それだけは信じて欲しいと思う」


 ヴィンセントは身を乗り出して、ファルに語り掛けた。

 しかし、埃だのなんだのと言われても、ファルには何のことだかはわからない。

 だが、誰かを馬鹿にする発言は、あとで泣きを見るとわかっているため、静かにしていた。


(レイラの母親はこいつを安全な場所にと願っていた。……ならいいんじゃないか)


 黙ったファルは、隣で眠るレイラに視線を落とした。

 二人が会話する中でも目を覚まさない彼女は、ぎゅっと両手を顔の前で握っている。

 その顔はフードで隠れて見えないが、少し前に上げた悲痛な声は忘れようがない。


「じゃあ、早くこいつを連れて行けばいい。……どうせ俺が抵抗してもあんたには敵わない」


 ファルの能力ではヴィンセントには、万全の状態でも対抗できないだろう。

 ファルに気づかれずに近づいた点といい、魔術の発動速度といい、どれをとっても敵わない

 それに家族の命を救ってもらったらしいが、今も人質にとられているようなものだ。 

 だが、きっとこの人ならレイラを安全な場所に連れて行けるだろう。

 後は、ファルが気にしても仕方がない事だ。


「……連れて行くのは彼女だけではない、君もだ」


「え? ……俺」


 ファルは思わず呆けた声を出した。

 こいつは、何を言っているんだ。


「最初に言っただろう。今は君も追われていると。さて、君がした最後の質問だ。なぜ私が君の仲間も保護したと思う?」


「何故って……話を聞いてもらうためじゃねえのか。それだけだろ」


「君はもう少し自分の恰好に頓着した方がいい。貧民街に少年は珍しくないが、盲目の少年となると普通はその年まで生きてはいけない」


 ヴィンセントが、ファルの顔に視線を向けたのがわかった。


「私が奴らよりも先に保護しなければ、ファル、君の仲間は連れていかれていただろう。君の居場所を吐かせるためか、それかおびき寄せる人質にするためにだ。そうなれば、この子らの命はなかっただろう」


「それは感謝してる。でも、俺は……」


 ヴィンセントはゆっくと首を左右に振ると、軽い溜息をついた。


「君もずっとこれからも追われる事になる。……君達には、もうこの都市で安全な場所はない」


 ヴィンセントは少し申し訳なさそうに瞳を伏せると、ファルに告げた。


「どうして俺まで……。俺は関係ないぞ!」


 思わずファルが立ち上がり、拳を握った。

 何故、そんな事になる。

 レイラを恨むつもりはないが、そりゃないだろ。

 俺達は無関係だ。


「これは憶測だが、もう君自身が目的で狙われている可能性もある。……恐らくだが先程、彼女は魔力を暴走させたのではないか?」


 ――暴走。


 思わず顔を強張らせてしまった。

 レイラが起こした惨事を、言葉で言い表すにはそれしかないだろう。

 ファルの記憶力の高さが仇となって、決して忘れる事は出来ない光景だ。


「君はその時に一番近くにいたはずだ。でもこうして生きている。……君以外の者はどうなった?」


「それは……っ」


 ファルは押し黙るしかなかった。

 例えレイラは今眠って聞いていないとしても、彼女が引き起こした結果を、その事を言葉に出すのは嫌だった。


「なんで……俺は助かったか知ってるのか?」


 だから、気になっていた質問だけをヴィンセントにぶつけた。


「ファル、それは君が魔力の素質が高いからだ」


 ヴィンセントが答えをくれる。


「君は普通ならあり得ない事だが、盲目にも関わらず術式を使用し、なおかつ彼女の魔力暴走にも耐えきるだけの魔力量がある。君には才がある。きっと奴らがレイラの次に追い求めるほどだろう」


 ファルは、自分が特別だとは感じていた。

 仲間内で魔術が使えるのも、視る事が出来るのも自分だけだったからだ。

 でも、もっと広い世界には自分みたいのは珍しくなく、どこにでもいるのではないかとファルは思っていたのだ。


「だからこそ、私と一緒に来てほしい」


 ヴィンセントは少し体を乗り出して、ファルに瞳を向けた。


「恐らく彼女を守り切る事は、私一人では難しいだろう。だから君にも手伝ってもらいたいのだよ」


 そうか。

 そのために俺にも、ついてこいってか。

 それが本当の狙いなのか、それとも彼に別に狙いがあるのかはわからない。

 ただ、今のままだと俺も家族も危険だという事は自覚できた。


「君に提案がある」


 そこで、ヴィンセントはそう切り出してきた。


「彼女と共に来てくれるというのなら……」


 何を言い出すつもりなのか。

 ファルがぎゅっと足に力を入れる。


「君に知識を、教育を与えよう。君が理屈も知らずに使っている術式の仕組みを、生きていくために必要な知恵を。

 それは誰にも奪われないものだよ、ファル。

 きっと君なら誰かを騙すことも、傷つける事もなく、ちゃんと人の理の中で誰かの役に立てるような生き方をする事が出来る」


「知識……仕事」


 ファルはヴィンセントが放った言葉を舌の上で転がした。

 それはファルが今までずっと望んできたものだ。


 ――ずっと考えていたのだ。


 ちゃんとした仕事があれば、家族にきちんと食べさせてあげられる、快適な場所で寝させてやれる。

 誰かを脅したり、傷つけたり、時には殺したりする道を選ばずに済む。


「だが、この国では無理だ。圧制が人々を苦しめている。色々な国を旅してきたが、ここまで民が困窮している都市も珍しい。

 ここが王都キルヴァンにも関わらずだ」


 ヴィンセントの言葉がファルの胸に刺さる。

 それは抗いようがないものだった。


「この先、冒険者にでもなるつもりだったのか? なら、やめておいたほうが良いと忠告しておこう。

 この国は民に任せるべき仕事まで官僚が奪っているため、まともな稼ぎ口はない。……全く、貴族制度の弊害であり、長命の弊害でもあるな」


「そんな事、わかってる……」


「それとも兵士か。常に他国と小競り合いをしているこの国ならば確かに、誰でも徴兵されえるだろう。だが、そこで待っているのは殺し合いだ。

 ――君の能力は、そこならば活かせるだろう。君がそれを望むのならばだが」


「……いや」


 ファルは俯き、すとんと寝台に腰を落とした。

 それじゃ、スラムにいる時と何も変化はないじゃないか。

 場所が変わっただけだ。

 自分の浅はかな考えを、全てヴィンセントに見透かされた様だ。

 それでも……自分はともかく家族さえ救えるのなら……。


「それにファル、私と来れば、君のその火傷も目を治してあげる事が出来るだろう」


「目が治る!?」


 思わずファルは寝台に大きく音をさせて、体を浮き上がらせた。


「俺の目はただ見えないだけじゃなくて、目玉自体がないんだぞ!」


 小さな火傷程度なら、目立たなくする事はファル自身治癒魔術で実践済みだ。

 それに、確か回復不可能な大怪我でさえも、多額の治療費を支払えば、この国でも治してもらえる可能性もある。


 だが失われた目は別だ。


 欠損した肉体を、元の様に戻す事は出来ないというのは常識なのだ。

 でなければ、この都市にいる元冒険者も失った手足をすぐに生やしているだろう。


(こいつ、嘘をついて、……何で俺を誘う)


 ファルは、改めて警戒心を強く持った。


「確かに……失った目を取り戻す術式を私は知らない。だが、以前ある伝手から、最近の研究で新たな術式が開発されたと聞いた事がある。

 その治癒術式を君に使えば、きっと治すことが出来るだろう」


「ついていって、レイラを守ったら、報酬でついでに俺の目も治してくれるってか」


「ああ、私が責任をもって、君を治そう」


 ヴィンセントは確固たる自信を確かめさせる物言いで、ファルにそう告げてきた。

 ファルはそれに首を振った。

 言葉だけの約束を信じて、スラムに何人の人間が堕ち、死んだのかをファルは知っている。 


「俺も特別かなんだか知らねえけど、それならもっと強い冒険者を雇えばいいだろ。

 レイラの金ならここにある。これはこいつの物だ。

 この金を使えばいくらでも受ける奴はいるだろ」


 ファルは首から、レイラの母親から渡された金をヴィンセントに差し出した。

 それをヴィンセントは受け取らず、手でファルの元に押し戻す。


「信用がない。それに引き換え君は昼間、彼女を守り切った。見捨てる事も出来たはずだ。だが、そうしなかっただろう。……その心は一体何を示す?」


 ファルはヴィンセントの質問に黙りこくった。

 レイラを救った理由は、一つだけ思い当たる。

 だが、それを上手に言葉で言い表す事は難しかった。


「私はそれを優しさだと信じたい。そう、君は優しい。だからこそ暴力の憂き目にあっている彼女を見捨てられなかった。違うかい?」


 ファルにとって、当然の様に暴力は忌避するものだ。

 痛みを知っているからだ。

 目をえぐり取られ、体を焼かれ、死んだ方がましだと思うまで暴力を振るわれる。


 ――その痛みと苦しみが。


 知っているが、いつかは自身もそういった道を進まなくてはならない。

 家族と生きるためには、食わせやるためには。


 人から者を盗まなければならない。人を欺かなければならない、

 人を殺さなければならない。


 ――ここはそういう場所だ。


「……じゃあ、こいつらは?」


 ファルは家族を視た。

 六人全員の寝顔を視ながら、ファルは縋るように尋ねる。

 さっきのヴィンセントの言い方だと、誘われたのはファルだけだ。


「……残念だが、君達全員を連れてはいけない。レイラを守るだけで精一杯だろう。

 だが、幸いにも姿を見られているのは君だけだ。私達が去ったのなら、この子らに危険はない」

 

 生憎それは違う。

 全く危険がないというわけではない。 

 奴隷孤児の存在はいつだって、危険だ。

 いつ殺されるか、事故で死ぬか。

 その時、ファルが傍にいなければ守ってやる事が出来ない。


「君が人並の生活を手に入れられたのなら、彼らを迎えに来る事が出来るだろう」

「それは……何年かかる?」


 ファルが心配するのはそこだ。

 まさか数ヶ月で、ヴィンセントが言う様な生き方をファルが手に入れられるはずがない。 


「恐らくは数年、早ければ二、三年で君は達成出来るだろう」

「二、三年……」


 途方もなく長い時間だ。

 その間、ファルは家族と一緒にいられない。

 だが、今この誘いに乗らなければ、結局は行き詰まりだ。

 数年離れるより、悲惨な結末が待っているかもしれない。


 ―――決断するしかなかった。


「レイラを起こすよ」


 ファルは覚悟を決めた顔で、そう言った。

 揺り動かすと、レイラは重そうに瞼を動かすと、目を開いた。

 揺れ動く瞳がファルを捉え、少し安心した様に微笑んでから辺りを見渡す。


「誰……」


 そして、ヴィンセントの姿に気が付いたレイラは、後ずさってファルの背中に隠れた。


「初めまして、レイラ」


 ヴィンセントは丁寧に名乗りを上げ、先程ファルに話した内容をレイラにも同じように聞かせる。

 その間、じっとレイラは説明を聞いていた。


「でも……私お母様が……私、戻ると約束したのよ」


「君を大事に思ってくれる人がいるのは幸いだと思う。でもレイラ、君がここを離れなければ、君が大事に思う人達が危険に巻き込まれる」


 ヴィンセントの言葉に、レイラはいやいやとばかり、首を振る。

 ぎゅっと握りしめた手は、震えていた。


「私がどうして……どうしても行かなきゃいけないの!? 私……アニムスデリアって何!?」


「レイラ。今は、君が特別だからという事だけを伝えておく。そして君はその特別さ故に、多くの人々に翻弄されるだろう」


 レイラはを抱えて首を振った。

 髪が先程と同じ様に揺らめき始める。


「そんなの私には関係ないっ!」


「残念ながら周りがそう思ってくれないのだよ。でも君が君らしく特別でも生きていられる場所に、私なら案内してあげる事が出来る」


「……そこに行かないと、皆がひどい目に会うのよね」


 レイラは息を喘ぎながら吸い、ファルの家族を見渡した。

 それにヴィンセントがゆっくりと頷いた。

 そして、レイラがファルの裾をぎゅっと握り、上目遣いで見つめてくる。


「ファルも来るの……?」


「俺は……」


 言葉に詰まった。 

 決意したはずの想いを形にするのが急に怖くなったのだ。 

 家族と離れ離れになるという事が、恐ろしてたまらない。


「ねえ、ファルは来てくれないの……?」


 だから、後押ししてくれる何かが必要だったのだろう。

 縋り付くレイラの不安気な声に、ファルは集中した。

 全く、このはた迷惑のお嬢様と関わらなければ、今もファルはあの場所で、歌をのんきに歌えたのかもしれない。

 ……いつかくる終わりを信じない様にしながら。

 

 そうはいくか。

 このくそったれな未来が変わるというのなら、俺は何でもしよう。

 初めて会っただけの、男の言葉だけを信じてみるしかない。

 全ては家族の為だ。

 ファルは奥歯を噛みしめて、絞り出す様に声を漏らした。


「俺も行く……」


 ヴィンセントは、急かす事はなくファルとレイラを待っていた。

 二人が同意するのを見て、「では」と続けた。


「手始めにこの都市を脱出しなければならないな。

 すでに城壁は閉ざされているだろうから、厄介な事になりそうだ」


「ならいい手がある」


 ファルは、嫌な表情を浮かべながら呟いた。


「その前に、こいつらを起こして欲しい。……説明しなきゃ。黙って出ていく事は出来ない。脱出はその後だ」


「わかった」


 ヴィンセントは何らかの魔術を起動し、全員の額にかざしていく。

 すると全員が、ぐずりながら目を開け始めた。

 どうや記憶が不確かなのか、カイルもニコラも動揺している様だ。


「ちなみにいい手ってのは何だい?」


 ヴィンセントは全員を起こすと聞いてくる。


「脱出を手引出来そうな奴を知ってるってだけだ」


「ほう、それは誰だろうか」


 ヴィンセントの質問に、ファルは短く答えた。


「俺のご主人様」


しばらく書いてないと内容を忘れちゃいますね。

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