表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

7.どこからが浮気?

前回、一之瀬くんにいきなりキスされた河本でしたが……?

 私は夜中の公園で1人放心状態でいた。不可抗力とはいえ、10歳も年下の自分の生徒とキスしてしまったのだから当然だ。

 私にとっては事故のような出来事だったので、キスしてしまったこと自体はしょうがない。何が問題かって、一之瀬くんにキスされてちっとも嫌じゃなかったのだ。それどころか、むしろ……少し喜んでいる自分がいることに私は驚いていた。それと同時に、丸山先生に対する罪悪感に苛まれていた。


 一旦家に帰り、丸山先生に宣言した通り、明日の授業で使う小テストの作成を始めた。しかし、頭の中はさっきのことでいっぱいで、全く手につかない。


 ピロリン♪


 スマホを確認すると丸山先生からだった。


『今日もお疲れ様でした。明日良かったら一緒に晩ご飯食べませんか?』


「はぁー……」


 大きなため息をして、私は返事を考える。丸山先生の前ではいつも通り元気な自分でいなければ……。私は無表情のまま、文字を打つ。


『はい、大丈夫です! 楽しみです〜!』


 これが私のできる精一杯の元気な返事だった。



 翌日、また駅でバッタリ丸山先生に会った。前回と同様に一緒に教室に向かう流れになった。


「今日なんですけど、いつも通り家でご飯食べますか? それともどこか食べに行きますか?」


 ぼーっとしていた私に丸山先生が話しかける。えっと、いつも通り、いつも通り……。


「いつも通り、お家でご飯にしましょう」


 私は意識して「いつも通り」を演じる。そうしないと、優しい丸山先生は私がいつもと様子が違うことにすぐ気がつくだろう。私の丸山先生に対する罪悪感にも気がつくだろう。それだけはどうしても避けたかった。


 そして教室に到着し、いつも通り授業の準備をしていると玄関の方から「こんにちはー」と、元気な挨拶が聞こえてきた。私はその声の元へ向かう。

 いつも通り、いつも通り……。


「一之瀬くん、こんにちは。今日も授業15分前! 早いねー」

「先生こんにちは! 宿題で分からないところがあったんで、ちょっと早く来ちゃいました」

「じゃあ少し早いけど授業ブースに行こうか」

「はい!」


 うん、いつも通り振る舞えている。周りの先生たちも私たち2人のことは特に気にかけていないようだった。それもそのはず、私以上に一之瀬くんは「いつも通り」だったのだ。そんな一之瀬くんに内心ホッとしつつも、昨日の出来事がなかったかような振る舞いに少し寂しさも感じていた。


 席について一之瀬くんはテキストを広げる。


「ここなんですけど、どうしても分からなくて……」

「ああ、ここはね……」


 解説しながら頭の中で考えているのは、「一之瀬くんは昨日のことなかったことにしたいのかな」とか、「どうしてキスなんてしたんだろう」とか、「というか、まつげなっがいな……バサバサじゃん」とか、そんなことばかりだった。

 完全に心ここに在らずという状態で解説していると、一之瀬くんがノートの隅に何か書き始めた。


「??」


『先生、昨日はごめんなさい』


 私はノートから一之瀬くんへと視線を移す。一之瀬くんはノートを見たままだった。今、一之瀬くんは何を考えてるんだろう……。まつげの長さがより際立つ伏し目がちな表情の一之瀬くんを見つめていると、また何か書き始めた。


『僕のこと、嫌いになりましたか?』


 私はまた一之瀬くんの方を見ると、バッと机に突っ伏して顔を隠してしまった。そして、その状態のまま、おずおずと顔だけ少し上げ、上目遣いで私の顔を覗き込んだ。め、めちゃくちゃ可愛い……。無自覚にあざといのは本当にタチが悪い。

 私はシャーペンを握り、一之瀬くんのノートの端に、


『嫌いになってないよ』


とだけ書き込んだ。すると、それを見た一之瀬くんは心底ホッとしたような表情で


「良かったぁ……」


と呟いた。そんな一之瀬くんを見て私も自然と笑顔になっていた。


「河本先生」


 小声で一之瀬くんに呼ばれ、私は首を傾げる。


「約束してた映画、来週ですね。僕、すっごく楽しみなんですよ?」


 塾で他の先生も生徒もいるところでそんなことを言われて、普通は困るところだと思うけど、一之瀬くんがあまりにも嬉しそうに笑うもんだから、そんなことどうでもよくなっていた。

 小声で「私も」と返事した。秘密のやりとりみたいでドキドキしていた。


 そしてこの日の授業が一通り終わり、約束通り私は丸山先生の家へと向かっていた。丸山先生への罪悪感が消えた訳じゃないけれど、今日一之瀬くんと話せたことで、一つモヤモヤが無くなってスッキリしていた。


 家に着き、丸山先生と一緒に餃子を作っていた。無心で包んでいく作業はけっこう好きだ。黙々と包んでいると、丸山先生が口を開いた。


「河本先生はどこからが浮気だと思いますか?」

「え……!? どうしたんですか、急に」


 あまりにも唐突な丸山先生からの質問に、私は動揺を隠せなかった。そしてそのときパッと顔が浮かんだのは戸田っちと一之瀬くんだった。

 いや、一之瀬くんはないない!! 10歳も年下だし、自分の生徒だし。事故みたいなキスのせいで今顔が浮かんだだけだ。きっとそうだ。

 戸田っちは……昔好きだったことを伝えていない後ろめたさから顔が浮かんだだけだ。うん、きっとそうだ。


 そんなことを考えていると、丸山先生が


「そういう話をしたことがなかったな、と思いまして」


と、私の方を見て微笑んだ。いつも通りの丸山先生だけど、今はこの微笑みがすごく怖い。


「丸山先生はどこからが浮気だと思いますか?」

「そうですね……キスですかね」

「……!! 私もそう思います……。ど、どうしてキスからが浮気だと思うんですか?」


 あまりにタイムリーすぎて、丸山先生は何か知ってるんじゃないかと思ったけど、そんなはずはない。


「だって、友達とキスはしないでしょう?」


 そう言われて私は「そうですね」とだけ返した。


「まあ、僕的には気持ちが動いた時点で浮気じゃないかなって気がしますけど、河本先生はどう思いますか?」


 気持ちが動いたら、かぁ。それなら戸田っちは「推し」なだけだし、一之瀬くんは歳の離れた「気の合う友人」だから、セーフだなと心の中で思った。


「私も気持ちが動いたら浮気だと思います!」


 私が好きなのは丸山先生で、浮気は決してしていない。私は自分に言い聞かせた。

今回も読んでいただき、ありがとうございました(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ