6.勘違い
モヤモヤしたまま、一之瀬くんが正式に生徒に……の続きです。
「えっと、久しぶりだね。今日からよろしくね」
「よろしくお願いします」
塾長はじめ周りの人に怪しまれていないか内心ビクビクしていた。なぜなら……私たちは2人ともめちゃくちゃに引きつった笑顔で会話していたからだ。
いや、たしかに授業増やしてくださいって言ったけど!! しかも、一之瀬くんいい子だから入ってほしいとも言ったけど!!
一之瀬くんを私が受け持つ……どう考えても、この状況は私が生み出したものだった……。
正式に一之瀬くんの担当講師になった今、プライベートで連絡を取り合ったり、出かけたりすることがどんなにまずいことかは私が一番分かっていた。バレたら間違いなく即刻クビだ。
というか、生徒だからまずいって考えてるけど、そもそも未成年相手って色々まずい……?
「……先生! 河本先生!!」
「はい!!!」
塾長に声をかけられて、思わず大きな声で返事してしまった。教室中に声が響き渡って恥ずかしい……。
「どうしたんですか? 今完全に心ここに在らずでしたよ?」
「あ、あはは、すみません、考え事してて……」
「もしかして最近授業入れすぎててお疲れですか?」
「あっ、いや……ご心配おかけしてすみません!! 仕事中にぼーっとしてしまって申し訳ありませんでした……」
「体調が悪いんだったら、無理はしないでくださいね」
とりあえず今は仕事に集中しよう。色々考えるのは仕事が終わってからだ。私は気持ちを切り替え、授業をこなしていった。
そしてついに一之瀬くんの授業。
「それじゃあ、授業はじめるね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
私は他の生徒との授業と同じように、一之瀬くんの授業も進めた。うん、大丈夫……普通に授業できてる。一之瀬くんの口数が少ない気がしたけど、わざと気づかないふりをした。
「じゃあ、今日はここまでだね。ちゃんと宿題してきてね。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
無事授業を終えられた。一之瀬くんが来たときは正直すごく動揺したけど、この調子なら大丈夫だ。私は一之瀬くんを玄関まで見送って、生徒ファイルに授業内容を書いて、ホッと一息ついていた。
「お疲れ様です、河本先生」
「あ、お疲れ様です、丸山先生」
丸山先生も最後のコマまで授業が詰まっていたらしく、これから帰るところのようだった。
「……良かった、元気そうですね」
「????」
「あ、いえ、今日の河本先生、少しご様子がおかしかったので、体調不良かなと心配していたんです」
「あははは……すみません、余計な心配をかけてしまって……。でも大丈夫です!」
「それなら良かった」
なんだか丸山先生と最近仕事以外で会っていなかったからか、こうやって話すのが久しぶりに感じられた。
「河本先生、もし良かったら今日家来ますか?」
丸山先生がそう言った直後、私のスマホの画面に「新着メッセージがあります」と、通知が表示される。こんな時間に誰だろうと気になり、一瞬スマホに目を向ける。
「確認してもらって大丈夫ですよ」
丸山先生から許可をもらったので、一旦スマホのメッセージを確認する。
『先生、少しお話できませんか? 塾の近くの公園にいます』
予想してなかった一之瀬くんからのメッセージに私の心臓は飛び出そうになる。でもここで変に慌てると丸山先生にバレてしまう……。私は必死に平静を装い、
「お話中にすみませんでした。是非お邪魔したいんですが、授業で使う小テストを今日の夜、集中して作りたくて……」
嘘は言っていない。本当に作るつもりだ。私は心の中で必死に言い訳した。
「さすが河本先生です。じゃあ、またお誘いしますね。熱心なのはいいことですが、しっかり休むことも大事ですからね」
丸山先生は本気で心配してくれているようで、良心がチクチクと傷んだ。でももう私の気持ちは公園で待ってくれている一之瀬くんの方に向いていた。
急いで授業の片付けをして、私は公園へと急いだ。夜中の公園のベンチに一之瀬くんがポツンと座っていた。
「ごめんね、待たせちゃって……。急にどうしたの?」
「先生、急にごめんなさい。急いで来てくれてありがとうございます……」
どこか歯切れの悪い一之瀬くんに違和感を感じながらも、ひとまず私は一之瀬くんの隣に腰掛けた。しばらくの沈黙の後、ゆっくり一之瀬くんが話し始めた。
「その……ずっと気になってしまって……前、男の人と一緒にいらっしゃいましたよね?」
「うん、そうだね……。一之瀬くんも女の子と一緒だったよね? 彼女??」
「そんなんじゃ……! そんなんじゃないです……。クラスのやつにバッタリ会って、勝手に向こうが付いて来ただけです」
ホッとしている自分がいた。こんなにかっこいいんだから、別に彼女くらい居てもおかしくないだろうに。
「それで……河本先生と一緒にいた方は付き合ってる方なんですか?」
「えっ! 違う違う!!」
一之瀬くんの眉毛がピクッと動いて、急に雰囲気が変わった気がした。
「……そうなんですね、河本先生は付き合ってない人と街中でキスするんですね?」
「えっ、何のこと……?」
「とぼけないでください、僕この目で見たんですから」
「何か勘違いして……」
「……っ!」
何が起こったか分からなかった。一瞬で一之瀬くんの顔が目の前まで近付いて、それで……。
私が固まっていると、同じく固まっていた一之瀬くんが顔を真っ赤にして急に慌て始めた。
「あっ、その、これは……と、とにかくごめんなさい……!!」
一之瀬くんはすごい速さで走っていってしまった。1人取り残された私は状況を整理していた。
「一之瀬くんがなぜか私と戸田っちがあのときキスしてたって勘違いしてて、それで訂正しようとしたら目の前に一之瀬くんの顔があって、それで……」
ボンっと顔が熱くなった。
「私……一之瀬くんにキスされた……?」
思春期って何をしでかすか分からないですね…!
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