転生領主は百合ハーレムを作りたい
人生において死ぬほど後悔したことがあるかと聞かれたら、私――ルーテ・アルフィスにはある。
それはまさに、今この瞬間であった。
目の前には、ボロボロと徐々に肉体が朽ちていく『魔獣』の姿。私が数えきれないほどに魔法を打ち込んで、ようやく殺すことのできた――人類における災厄、と呼ばれる存在だ。
「命がけとか、柄にもないことしてしまった気がする」
小さくため息を吐きながら、私は空を見上げた。灰色の雲に覆われ、今は太陽の光が差し込む場所は見えない。
魔獣は一体ではない――すなわち、まだ世界は救われていない。それは私もよく分かっていることだけれど、少なくとも私の『役目』はここで終わりだ。
同時に複数の魔獣の相手をするのはまず無理だから、私が単独で一体相手取る。残る魔獣は二体いるはずだが、きっとそちらは大丈夫だろう。
「ふぅ……」
再び、今度は大きく息を吐き出す。すでに身体の痛みは感じない――見れば、あちこち血だらけで、どこから出血しているのかも分からない。
もう、私の身体が限界であることは分かり切ったことであった。
だから、無駄な延命処置もしないし、私は残るわずかな人生を、こうして脱力したまま、静かに過ごさせてもらう。
どうしてこんなことになったかと言えば、おおよそは一人の少女のせいだ。
小さな村で生まれた私には、幼馴染が一人いた。活発で剣術が好きな子で、私をいつも外に連れ出してくれる。
けれど、私はどちらかと言えば、外よりも中で書物を読んでいる方が好きだった。
少しうんざりしていたけれど、私は書物を片手によく一緒に遊んだ。
それから、私は魔法を学ぶために村を出た。才能を見込まれて、とある有名な魔導師に弟子入りして、気付けば『賢者』なんて呼ばれる称号まで手に入れて――少なくとも、普通とは程遠い人生を送っていたと思う。
別にやりたいことがあったわけでもない私は、小さな地方の村で目立たないようにひっそりと暮らしていた――そんなある日、幼馴染の少女が突然やってきて言った。
「ルーテ、久しぶり! あなたの力が必要なの!」
彼女はいつの間にか、勇者と呼ばれる存在になっていた。
私が村を出たあと、彼女は彼女で剣術の修行を続け――非凡な才能を発揮したらしい。
あんな小さな村から、若くして二人も名の知れた人間が出たことには驚きだ。
突然やってきた彼女はそう言って、また私を連れ出した。
どうやら私が小さな村に引きこもっている間に、世界は大変なことになっていたらしい。
数千年に一度、復活して世界に滅亡をもたらすという魔獣――それが三体同時に復活した、という話だった。
お伽話でもしているのかと思ったのだけれど、すでに私の故郷は滅ぼされ、国がいくつか消滅したと言う事実を確認してしまうと、それを現実と受け入れざるを得ない、というわけだ。
私は彼女に協力して、世界を救うことになった。
あまりにスケールの大きな話だけれど、結局誰かがやらなければならないのだ。
その出番が、たまたま回ってきただけ――断ることは当然できたけれど、私は断らなかった。
復活したばかりの今の段階であれば、まだ『戦力のあるうち』であれば十分に勝利できる、という話だったからだ。
確かに、私一人でも勝てる魔獣ならば、それほど大したことはない……そう思いたいところではある。
さて、ここで私が後悔していることについて、話しておこうと思う。
――すごく早い話、私は幼馴染の彼女のことがずっと好きだった。
好きだから一緒に遊んでいたし、好きだから協力を頼まれた時、断らなかった。そして、好きだから、この戦いにおいて『彼女が死なない』ように立ち振る舞った。
私のところに戦力を割くようなことがあれば、私が生き残ったとして、彼女の方は敗北して全滅する可能性だってある――ならば、私一人で相打ちになれば、その方が効率はいい。
これはあくまで私の強さが魔獣に匹敵することを前提にしたものだったけれど、結果的には正しい動きになった。
ここまで思い通りになったわけだけれど、何を後悔しているかと聞かれたら――私は結局、彼女に『好き』だということを伝えていない。この気持ちは友人としてのものだけではない。
けれど、それを伝えた時、彼女がどう反応するのか、どう思うのかが怖くて言えなかった。
もしも生き残ったら、この気持ちを伝えよう……そんな風に考えていたけれど、やっぱりそういうことを考えると、生き残れないようになっているみたいだ。
こういう時、ギリギリになって彼女が私の下にやってきてくれるとか、そんな妄想もしたけれど、やっぱり現実はそうはならない。
まあ、仮に今のタイミングでやってきたとして、私の想いを伝えるのは、やっぱり『重すぎる』と言わざるを得ないだろう。
だから、この気持ちは――これから死にゆく私だけのものにしておこうと思う。
「でもやっぱり、伝えておけば、よかったかなぁ……」
意識が遠退いていく。思い出すのは、彼女とのことばかり。
――私、ずっと前からあなたのことが好きだった。
それが、私の人生における後悔であり、実に静かで寂しい最期であった。
***
生まれ変わったらしてみたいことを聞かれたら、答えることは一つしかない。
今度の人生はきっと、後悔がないように生きる、と。
そんな私――クリス・トルフィーナには前世の記憶がある。
こんな話をしても誰も信じてもらえないだろうけれど、私は初めて魔法を使う練習をした際に全てを思い出した。
思い出したと言っても、それは遠い過去の記憶のようで、はっきりと『自分のこと』と認識するにはまだ違和感がある。
けれど、はっきりとその時から、前世の私の『後悔の念』は残るようになってしまった。
自分自身のこととは少し違う気がしたけれど、魔法は習ったことがないものも使えるようになったし、まだ幼い子供の身であった当時、明らかに他者よりも自身の実力が上にあったことも理解できた。
故に、私はその力を秘匿した。
その結果どうなったかと言えば、私は十五歳にして小さな領地の領主に任命された。
トルフィーナ家は国内でも有数の領地を保有する大貴族であるが、私はそんな家では『無能』として扱われ、早い話が家を追い出されるような形で特に国内でも力が持てず、弱小とも言える場所を与えられたわけだ。
つまり、能力を認められて領地になったのではなく、無能なお前にはこの小さな領地で静かに余生を過ごすのがちょうどいい、と言われたようなもので、十五歳にして私は中々に大きな裁量権を与えられたことになる。
――これは、ある意味では嬉しい誤算だった、と言える。
大きな仕事を任されたり、貴族としての役目を果たさせられたりするようなことがあれば、それここ望む自由な生活はできないかと思ったが、幸いにも私には他に優秀な兄や姉がいる。
私に対して何も期待しない、という父の考えは正しく尊重し、私はその意見に従って――こうして領主、クリス・トルフィーナとしての人生を歩み始めたわけだ。
目的は一つ――こうして領主となり、誰も私の行動を制限する者はいないのだから、私は自らの野望を叶えるために動き出した。
「いざ、可愛い女の子だけのハーレムを!」
小さな屋敷で、私は拳を握り締めて高らかに宣言する。
前世の私は、好きな女の子に告白できなくて後悔を残した。
その後悔は、今世では女の子に対して絶対に妥協しない、という強い意志に変わり、何故かこんな風に少し拗れてしまった気がするけれど――まあ、これが私の望みだから仕方ない。
……前世も今世も私は、女の子なわけだけれど、そこは気にしないようにしよう。
***
結論から言うと、今の世界はかなり平和であった。
魔獣が討たれてからすでに数百年という時が流れていて、過去の記憶にある世界とはかなり変化はしているけれど、どうやら無事に魔獣は打ち倒されたのは間違いないようで、その事実自体が半ばお伽話のように扱われていた。
それでも魔物なんかは当たり前のようにいるし、実際のところ安全とは程遠い場所だってこの世界には存在する。
けれど、少なくとも私の暮らしている領地は平和そのもので、魔物による被害なんかもほとんど報告されていない。――逆に、平和すぎるくらいだった。
「……いざハーレム、と大それた宣言をしてみたものの、これできるのかな?」
私は一人、書斎で静かに書類に目を通しながら呟いた。
領主としての役割は、領内で暮らす人々からの意見書や申請書に目を通し、それに対応していくことが主となる。とはいえ、大きな問題の起こるような場所ではなく、結構暇な時が多い。
もちろん、仕事を探そうと思えば細かなものはいくらでも見つけられるけれど、私は別に仕事一筋で生きていたいわけではない。
そして、私は領主として――たとえば村娘なんかを拉致して侍らせたいわけではない。
あくまで合法的に、彼女達の方から私と一緒にいたい……そう思ってもらえるような、そんな理想を掲げているわけだ。
だが所詮、理想は理想とでも言うべきだろうか。『領主様かっこいいー!』と活躍できるようなイベントはおろか、可愛い女の子と接する機会もほとんどない。
たまにやってくるのは意見書を持ってくる村の長老だったり、『若いのに領主は大変だろう』と老人達が私に差し入れをしてくれたりするだけだ。
私の下心丸出しの領主生活を知ったらきっと幻滅するかもしれないけれど、悲しいことに私には下心はあってもそれを現実にできる状況になかった。
「これは予想外……仮に私がスローライフを望む身であればいいのかもしれないけれど、スローライフはハーレム作ってからがいい……」
書類に目を通しつつ、そんな願望を垂れ流しながら、私は今日もいつもと変わらない日を過ごしていた。
やはり、自分から何か行動をしなければダメなのかもしれない。
つまり、私自身が『困っている美少女』を見つけて助け出す、という行為をしにいく、ということになるのだが、私はそこまでアクティブな人間じゃない。
正直、それを上手くやる自信もなかった。
「可愛い女の子の方から勝手に来てくれないかな……」
こんな願望丸出しの言葉を聞かれでもしたら、きっとこの領地で暮らす人々は幻滅して出て行ってしまうだろう。
だが、さすがにここまで何もないと、愚痴の一つでも言わなければやっていられない。
「まあ、そんな簡単にイベントなんて発生するわけが――ん?」
大きく息を吐いて、椅子にもたれかかったところで、窓の外に立つ人陰と目が合った。
フードを目深に被っているために、顔全体がしっかり見えたわけではないけれど、窓際に立ってこちらを覗いている。
どうやら、私に用があるみたいだけれど、何故だか私と目が合った途端、慌てたように逃げ出してしまった。
「今のは……?」
放っておいてもよかったのだけれど、さすがにあそこまで思わせぶりな態度を見せられてしまうと無視はできない。
ひょっとしたら、領主の私に相談したくてもできないことがあるのかもしれないし。
そう思って、私は急ぎ屋敷を出て、先ほど逃げ出した人陰を追った。
そこまで遠くには行っておらず、すぐ近くにある木陰に身を潜めるようにしていたので、私は声を掛ける。
「さっき屋敷の中を覗いていた人だよね?」
「っ、す、すみません!」
話しかけた途端、勢いよく頭を下げられた。
声から察するに女の子のようで、贔屓するわけではないけれど、私はできる限り優しい声で問いかける。
「別に怒ってもいないし、謝る必要なんてないから、大丈夫だよ。私に用があってきたのなら、話を聞かせてほしいだけだから。一応、私はこの辺りの領主をやっている身だから。それで、私に用があったんだよね?」
「そ、それは……えっと、その……」
少女は困った様子を見せる。
私に用があったには違いなのだろうけど、簡単に話せるようなことではないのかもしれない。
私は、そんな少女の手を握り、
「すぐに話せないようなことなら、時間を置いてからでもいいよ。話せるようになったら、教えてね?」
「あ……」
そうして、私は彼女の下を離れる。
無理に聞き出したりしてもダメだろう――これは、過去の私の経験……というか、過去の私がこんな感じだったので、それとなく対応できただけなのだけれど。
「あ、あの、待って、ください!」
少女に背を向けた直後、彼女は私を呼び止める。振り返ると、そこにいたのは――可愛らしいエルフの少女であった。長い金色の髪に、尖った耳が特徴的。私も本物を見るのは久々――というか、滅多に見られる種族ではない。
思わず、驚きに目を見開いてしまう。今度はエルフの少女が私の手を握り、
「あ、あの、私、働ける場所を探していて……けど、見ての通り、なので……」
エルフが普通に働いても目立ってしまう――そういうことなのだろう。
実際、私も驚いてしまうくらいだ。
「どんな仕事でも大丈夫、ですので! どこかで仕事を紹介してもらえないか、と……あ、どんな仕事と言っても、目立つようなものは……」
「えっと、その前に、どうして人里で働きたいと……?」
「そ、それは、その……」
視線を泳がせながら、エルフの少女は恥ずかしそうに俯いて、小さな声で言う。
「憧れ、みたいな……?」
――ただの『おのぼりさん』だった。
確かにエルフの仕事先、で、あまり目立たない場所で働くとなると、そんなに都合のいいところなんて、
「あ」
一つ、私の中で閃きがあった。
私の傍で働いてもらえばいいのではないだろうか。
彼女は仕事先を探していて、私は可愛い女の子を傍に置きたい――これはまさにウィンウィンの関係、というものではないだろうか。
早速、私は思いついた提案をする。
「私のところでハーレム作らない!?」
「え、ハーレム!?」
「口が滑った……! 私のところで働かない!?」
「! い、いいんですか……?」
「はい、もちろん! ちょうど、働き手を探していたので」
「そ、それなら是非、お願いしたいです。でも、その前に……『ハーレム』ってどういう仕事ですか?」
「それは忘れてくださいお願いします!」
――こうして、私のハーレム作りの第一歩がようやく始まった。
このあと無知なエルフちゃんは屋敷で色んな仕事を教えられるのだった(完)




