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袁紹と愉快な仲間たち・2

 怒りで鬼となった両親を想像し、顔面蒼白となり現実逃避しようとした郭図。


 しかし、残念ながら郭嘉と言う魔の手からは逃れる事叶わず、引き摺られるようにして南皮の宮城へと訪れていた。


 ガクブルしている郭図が役立たずだった為、諸々の一切合切は郭嘉が頑張った。


 勿論、目当ては郭嘉と既知である田豊と沮授だ。


 城に勤める文官に客間まで案内された二人だったが、郭図は部屋の隅で小さく蹲りガタガタと震えている。


 それを見詰める郭嘉の表情は能面のように無表情であり、その目はやはり冷え切っていた。


 内心、コイツはここまで何しに来たんだと言っているのが良くわかる。


 側にいないブチ切れているであろう両親に怯えるよりも仕官しようとしている袁家について頭を使えば良いだろうに、と。


 そんな郭嘉の冷たい視線がザクザクと郭図の背中に刺さりまくって暫く。



「お待たせしました」


「待たせたわね」



 と、年若い少女二人が客間に姿を現す。



「二人ともお久――」



 久方振りの再会に郭嘉が声を掛けようとした時、その目の前を恐ろしい速さで黒い人影が横切った。



「初めまして麗しいお嬢さん方。私は郭図。字は公則と申す者。以後お見知り置きを」



 案の定、おバカ……郭図であった。


 先程まで部屋の隅で小さくなりガタガタと震えていたはずのバカが部屋を訪れた少女二人の手を取りニッコリと微笑む。


 キラリと郭図の歯が光った。


 ……が、



「「いっ……いやあああああああああああ!?」」


「ほげぇぇぇぇ!?」



 絶叫し、郭図の手を振り解いた少女二人の拳がその顔面に突き刺さった。


 それもそのハズ。


 郭図は良い男を演出したつもりであろうがその姿と言えば、髪はボサボサ、無精髭は伸び放題。


 身に纏う衣服は元が上質な物とは思えぬ程に着崩されヨレヨレのボロボロ。


 側から見れば不審者そのものである。


 いや、浮浪者だろうか?


 そんな得体の知れない不審人物にいきなり手を取られたのだ。彼女たちの反応は当然である。


 華奢な少女たちから放たれたとは思えない豪快な一撃は、見事に郭図の顔面、左右の頬を打ち抜いた……のだが、



「……なんて情熱的な一撃!この郭公則、感激にございます!」



 生憎、このバカは普通では無かった。


 両の頬を撃ち抜かれその身体は若干仰け反ったものの、まるで何事も無かったかのように自分の頬に突き刺さる少女たちの拳を優しく掴んだ。


 元より『覚悟を決めてれば刺されても大丈夫!』とか豪語するバカである。


 殴られた程度で怯む程ヤワではなかった。



「「ひ、ひぃ……っ!?」」



 目の前の不審者に再び手を取られた上、そのまま愛おしそうに頬でスリスリされて少女たちの全身を怖気が走った。


 手に走るジョリジョリとした無精髭の不快な感覚。



「きゅぅ……」



 少女の一人、長い黒髪の神経質そうな少女は耐えられなかったのか、可愛らしい悲鳴と共に気絶した。



「あっ!祈里!?こ、この!放しなさい変態!!」



 蜂蜜色の長くふんわりとした髪に眼鏡をかけた少女がキレた。


 大きく振りかぶった細い脚が弧を描いて振り抜かれる。


 キンッと情けない音が室内に響いた。


 少女の脚がバカの股間にクリティカルヒット!



「ぷぎぃッ!?」



 股間から脳天に向けて強烈な痛みがバカを襲った。


 いくら頑丈なバカとは言え、男として生まれてきた以上は耐えられる痛みでは無かった様だ。



「おげげげげげげ……!!??」



 もんどり打って転げ回りビクンビクンっと痙攣している。


 その顔面を郭嘉が容赦無く踏み付け、メキィッと言う音と共に踵がバカの顔にめり込んでいた。



「真直どの失礼しました。祈里どのは大丈夫でしょうか?」


「……え?稟?あー、えっと祈里なら大丈夫だと思うわ。たぶん?」



 郭嘉はショックで気絶した少女の身を長椅子に預けると、おバカの股間を蹴り上げた眼鏡の少女に向き直り申し訳無さそうに頭を下げた。



「えっ…と、この変な男は稟の関係者で良いのかしら?」


「……遺憾ですが、一応は郭家の一員です。全く以て甚だ遺憾ですが」


「そう……。なんだか大変そうね?」



 郭嘉の心情を慮ってか、眼鏡の少女が苦い笑みを浮かべた。


 この少女は田豊。


 袁紹配下の軍師の一人であり、冀州の豪族を束ねる大家の一つである田家の令嬢だ。


 尚、ショックで気絶した少女は沮授。


 田豊と並ぶ袁紹配下の軍師である。


 そして、沮家も田家と並ぶ大家であり、冀州の豪族を取り纏める立場にある。


 袁紹配下としては田豊が政務の中心にあり、沮授が軍部の中心として役割を分担している。



「まあ、性格には色々と問題はありますが、能力だけで見ればこれ以上の人物はいないでしょう。」



 踏みつけた郭図の顔面で足をグリグリと捻る郭嘉。


 全く説得力の無い構図である。



「稟がそこまで評価するなんて……。人は見掛けに寄らないわね」


「奇行に目を瞑れば…ですが。迷惑を掛けるのは確定しているので先に謝罪しておきます」


「って事はもしかして、稟じゃなくてコレが仕官希望な訳……?これ以上変人が増えるのは嫌なんだけど」



 郭嘉の言葉で郭図が袁家に仕官を希望しており、更には郭嘉本人は袁家に仕えるつもりがない事を察した田豊。


 おバカのストッパーがその内居なくなる事を知って田豊の顔は引き攣っている。



「いるんですか……。他にも変人が」


「いるわよ!って言うか、袁紹さまがその筆頭だもの!それに加えて文醜に張郃……!色々やらかすからその尻拭いが大変なのよ!そこにまた一人増えると思うと……うぅ、胃が…………!」


「其方も随分と苦労しているようで……」


「そうなのよ!あの方はやる事が滅茶苦茶なんだもの!民を富ませれば良からぬ事を企む可能性があるから生かさず殺さずって言うのが一番だって私は言われて育って来たのよ!?

 民が欲を満たせば更に欲を満たそうとして歯止めが効かなくなる……。それは民だけじゃなくて士大夫や名士だって変わらない。だからこそ清貧を誰もが心掛けるべきだって考えてたのに…!」




 郭嘉は文醜も張郃も知らないが、袁紹の為人はある程度把握していた。


 あくまで噂程度でしかないが、苦悶の表情を浮かべる田豊の様子を見て当たらずしも遠からずであると思った。


 ただし、その根底にある物は常人とはかけ離れた物であるとも感じていた。


 袁紹の現本拠地である南皮の街。


 その目で見た異様な程に栄えた街並みと活気に溢れている民衆達。


 郭嘉は袁紹に対する考えを一段階修正した。


 決して軽んじて良い存在では無いと。



「常識から外れた事を袁紹殿は好む……。しかし、その行動が良い方向へ向かう、と。

 いやぁ、ますます興味深い。噂に聞く袁紹殿と実際の袁紹殿。どちらも間違ってはいないのだろうが、この目でその本質とやらを見極めてみたいものだ」



 郭嘉と田豊が言葉を交わす中、唐突に郭図が口を挟んだ。


 先程までとは違い、高揚を感じさせない淡々とした口調であった。



「尻拭いが大変とは言うが、その苦労に見合うだけ、若しくはそれ以上の結果は出てるんだろう?で無ければ余所者の袁紹殿はとうに追い出されているだろうしな」



 雰囲気の変わった郭図の様子に田豊は顔を顰めた。


 だが、否定は出来なかった。


 袁紹が冀州に入ってから目に見える程に良い方向へと河北は変わり続けている。


 袁紹の破天荒な行動は冀州だけでは無く、青州にも影響を及ぼし、つい先日には并州も袁家の統治下に収まった。


 既に河北は四州の内、三州が袁家の統治下となっているのである。


 名門、汝南袁氏の名声の影響もあるのだろうが、それを加味したとしても余りにも早い。


 都では黒い噂の絶えない袁紹だが、朝廷に太い繋がりを持っているが故に出来た事だろう。



「朝廷に賄賂をばら撒き腐敗を加速させている――。

 都では袁紹殿のそんな噂が飛び交っているが、その結果がコレなんだろうな。朝廷から青州と并州を与えられるくらいには上手くいっている。

 今陛下と真名を交わした間柄とも聞くし、外戚の何進殿と十常侍の対立を煽っているとも聞く。

 つまり、陛下、若しくは何進殿が宦官の排斥に乗り出した。袁紹殿に河北三州を与えたのは軍事力を以て宦官達を牽制する為か。尤も、今陛下と真名を交わす位に親しくなったって事は、十常侍の中にも袁紹殿と手を結んだ奴がいるって事だが……」


「…………」


「金も使い方次第とは言うが、そもそも中抜きやらなんやらでこの国には金が無い。それは短い間だったとは言え朝廷で政務に携わっていた事があるオレが良く分かっている。それでも国が破綻しないのは袁紹殿のばら撒いてる金があるからなのかもなぁ」



 そう言って郭図は田豊に視線を向けた。


 その視線に田豊は怯んだ。



(ふむ。冀州豪族を束ねる田と沮のご令嬢との事だが、反応を見るからに袁紹殿の動向に両家の意志が介入している訳でも無さそうだ。

 今陛下は政に興味が無いと言う話もある。今のところ動いているのは侍中の何進と袁紹だけか。上手く取り入れば都の情報は簡単に引き出せそうだな)



 これまでの流れで郭図は袁紹の動きが独自のものであり、それと連動しているのが何進の派閥だけであると当たりを付けた。


 余計な思惑が絡んでいないのであれば袁紹を自身に都合良く動かす事も難しくは無い。


 そう郭図は北叟笑んだ。



「袁紹殿が何を考えているのかは分からないが、もし朝廷に変革を齎そうとしているのであれば都で政務に携わっていたオレの経験は役に立つと思う」



 田豊は郭図の考察に舌を巻いていた。


 冀州に袁家を迎え入れ、順調過ぎる程に発展を続けている事に浮かれていたのだろう。


 袁紹がこうも早く勢力を拡大している背景に考えが及んでいなかったようだ。


 そして、田豊は郭嘉の言葉の意味をここで漸く理解したのである。


 尤も、彼女からすれば袁紹がそんな大それた事を考えているとは思えなかったが。


 しかし、それでも田豊には郭図という存在を捨て置くという考えは頭に無かった。


 他所に流れた場合、この小汚い男が将来的にどれだけ厄介な存在となるか判断出来なかったからだ。



「……仕官希望だったわね。良いわよ、取り次いであげる」


「それは有難い。宜しくお願い致す」



 郭図は田豊に認められた。


 こうして郭図は袁紹に面会する事となった。








 余談だが、この時の郭図は未だ郭嘉に顔を踏んづけられたままである。

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