袁紹と愉快な仲間たち・1
なんやかんやと南皮に着いた郭図と郭嘉。
相変わらず手土産はいるよなぁ……とボヤく郭図を無理矢理郭嘉が引っ張って来た感じである。
南皮の城門前は入城待ちをしている者たちの喧騒で賑わっている。
『今回の御輿には誰が乗ってるかなぁ?』
とか、
『新しい屋台は出てるかな?』
と言った会話が聞こえて来るあたり、祭りが行われている事が推測された。
「何かめでたい事でもあったんですか?」
と、郭図が声を掛けてみると、
「ああ、都から勅を受けた袁紹さまが并州を平定したんだよ」
声を掛けられた男が笑顔で答えた。
「へぇ?それはそれは……」
「なんだい、アンタらは旅人かなんかかい?」
「ええ、豫州から先程着いたばかりなんですよ」
「そうかそうか、随分と遠くから来たもんだねぇ。俺はこっから三日ばかり行った所にある村から祭りを見に来たんだ」
「そうなんですか」
「おうさ。ま、せっかく来たんだから祭りを楽しんだら良いさ」
「はい。そうさせて貰いますよ」
男との会話を終えると郭図がその視線を郭嘉に向けた。
「想像以上だな」
「ええ。南皮周辺は随分と治安が良い様ですね。それに気軽に祭りを見にこれるだけの余裕が民にある、と」
「これは袁紹殿に会うのが楽しみだ」
実際に目にして分かる真実。
冀州で流れていると言う袁紹の噂は郭図が聞いた以上であった。
それは人々を見れば一目瞭然。
郭図たちの故郷も豊かで比較的治安が良いと見ていたが、南皮は次元が違う。
それをまざまざと見せ付けられた気分であった。
順番待ちを経て南皮の城下へと入った郭図と郭嘉。
二人が目にしたのは都もかくやと言わんばかりに賑わう街並み。
溢れんばかりの行き交う人々の表情は皆生き生きとしている。
二人はその目に映る光景に圧倒されていた。
「すっげぇな……」
「ええ、これほどとは思いませんでした」
「活気だけならここの方が圧倒的に都より上だわ」
「祭りだと言う事を考慮しても人や物がこれだけ集まるとは……」
「……で、これはどうやって前に進めば良いんだ……?」
「従兄どの、突貫して下さい。続きますので」
「物騒なこと言わないの。怪我させたら不味いだろー」
「袁紹どのに最も早く会えるかも知れませんよ?」
「そのまま牢獄行きになるでしょ」
「他人の振りなら任せて下さい」
「助けようよ?!」
と、下らない話をしながらなんとか前へ前へと人ごみを掻き分けながら進んでいく。
漸く人ごみを抜け出し、
「やっと抜けられたかー」
と、郭図が安堵の息を吐いた所で、
「おっと、これ以上は前に出たら危ないから下がりなさい」
と、側にいた兵士に人ごみの中へ押し戻された。
思わず『なんでやねん』と零した郭図であったが、
「お?さっきのあんちゃんじゃないか。奇遇だな」
と声が掛けられた。
そちらに目を向けると入城待ちをしていた際に郭図が声を掛けた男がいた。
「おや、先ほどの。その節はどうも」
「見てたよ。祭りの行進が始まる前で良かったな」
「行進……ですか」
「そうそう。袁紹さまは何かあるたんびにこうやって祭りを開いて行進するんだよ」
「ほほう?」
「先頭は袁紹さまと二枚看板の顔良さま、文醜さまで変わった事はないけど、その次から功を上げた順になってるらしいぜ……って、きたきた!」
男の声に釣られる様に向けた視線の先に何かが向かって来るのが見えた……のだが、
「なーんかチカチカしてんな……」
刺すような光が目を直撃。
上手く目を開けていられない。
「はっはっは!初めてだと上手く見えねぇだろうな。袁家の軍装は金ピカだから光をめっちゃ反射すんだよ」
男は慣れているのだろう。
然して気にする素振りもなくやって来る一団を眺めている。
尤も、その目は開いているのか閉じているのか分からないくらいに細められているが。
周りに目をやれば、周囲の者達が全員似たような顔をしていた。
全員眩しくて目を細めていながら口元は笑っている為、側から見ると引き攣った笑みを浮かべている様にしか見えなかった。
「……眩しい。この軍装は目眩しの要素でも取り入れているのでしょうか」
郭嘉が頓珍漢な疑問を抱いていた。
「いや、真っ先に目が眩むのは自分達だろ……」
そんなどうでも良いやりとりをしていると、『わっしょい!わっしょい!』と威勢の良い掛け声と共に、『おーっほっほっほ!!』と阿保みたいな高笑いが聞こえてくる。
近付いて来る一団の先頭。
筋骨隆々とした男達が担ぐは、眩いばかりに輝く黄金の御輿。
そこに『袁』・『顔』・『文』の将旗が翻っている。
一番前を行くのはやけに大きい『袁』の大将旗を八の字に振り回している元気有り余っていそうな少女。
その隣に半泣きで恥ずかしそうに身を縮こまらせている少女。
「「「おーみこしわっしょい!おーみこしわっしょい!」」」
担ぎ手のガチムチ達や元気有り余ってるっぽい少女の掛け声に合わせ、
「おーほっほっほっほっほ!!」
と、御輿に設置された椅子の上で高笑いしている女。
「先頭にいる二人は顔良殿と文醜どのだな。都で何度か見掛けた事がある。旗を振り回してるのが文醜どので、縮こまってるのが顔良殿だ。
んで、御輿の上にいる五月蝿いのが袁紹殿だな。いつ見ても存在そのものが五月蝿いなあの御仁は……」
「随分と個性豊かな主従ですね。取り敢えずあの軍装はどうにかならないでしょうか。目に優しくありません」
「今はどうにもならないから諦めて」
目の前を通り過ぎていく『袁』・『顔』・『文』の旗を見送り、その後に続く将旗に目を向ける。
将旗は金の布地に深紅の縁取り、そして『朱』の文字。
隣には同じ色合いの『路』の旗が翻っている。
御輿には和かな笑顔を浮かべ民衆に手を振る女性の姿。
身に纏うは将旗と同じく金で縁取られた深紅の鎧。
隣には厳つい表情の大柄な男性が腕を組んで陣取っている。
「朱に路…ですか。従兄どのはご存知で?」
「いや、分からない。都には顔を出してないか、入れ違いになってたんじゃないか?」
「なるほど。女性の見た目は良家のご令嬢と言った感じですが、鎧を纏っている所からして武将ですか」
「まあ、良家のご令嬢っぽいってだけなら顔良殿も似た様なもんじゃないか?」
「それもそうですね」
「隣のあんちゃんは強そうだなぁ。怒らせたら怖そうだ……」
「従兄どのであれば大丈夫だと思いますが」
言葉を交わしつつ朱と路の旗に見送ると、続いて見えたのは『張』と『高』の将旗。
色合いは金の布地に黒の縁取り。
御輿の椅子には年若い少年が一人。
緊張しているのか、ガチガチに固まっている様だ。
もう一人は少女であり、御輿の天蓋の上で『わっちょい!わっちょーい!』と上下する御輿の上でぴょんぴょん飛び跳ねている。
「あれ、よく落ちないな」
「まるで猿ですね」
更に続くのは紺の布地に金糸の『淳于』の旗。
「ん?あの人は淳于瓊殿じゃないか!」
御輿に座する男に見覚えがあるのか、郭図が意外そうな声を上げた。
「お知り合いですか?」
「あー、話した事はないんだ。オレが都に入って直ぐに居なくなってな。
賊討伐で名を馳せた人なんだけど、十常侍の賄賂の要求を突っぱねて都から追い出されたって話だったけど……。まさか袁紹殿の所に身を寄せてるとは思わなんだ」
「袁紹どのの噂を知らなかった……と言うのはないですよね」
「それはないさ。文武ともに相当出来る人って話だったし、情報の扱いもかなりのものって聞いてたけど」
都で郭図が聞いた淳于瓊の噂。
文武両道、質実剛健、冷静沈着ながらも勇猛果敢。
情報戦にも長けており、普段は自ら先陣を行く将ではないが必要とあればそれが出来ると言われている。
良い噂しか聞いた事のない男だった。
きっと悪い人間ではないのだろうと郭図は思う。
袁紹の元に身を寄せたのは彼が宦官を嫌っているからだろうか。
今の郭図には淳于瓊が何を思い袁紹の元にいるのかは分からなかった。
「袁紹どのに会えば淳于瓊どのがここにいる意味も分かるのでしょうかね?」
「さぁ?それは会ってみない事にはなんとも言えないなぁ」
目の前を過ぎ行く淳于の将旗。
御輿に座する淳于瓊の横顔からは何も読み取れなかった。
次に現れたのは『田』と『沮』の旗であった。
「あれは冀州の名家である田家と沮家の旗ですね。良家のご令嬢とは何度かお会いした事があります」
「へぇ?可愛いの?」
「……今更女好きの振りはしなくても良いのでは?」
「女の子の持ってる情報って侮れないのよ。必要なら口説く」
「いつか刺されますよ?」
「大丈夫。もう何度か刺されたから」
「良く生きてますね?」
「覚悟して刺されると意外と大丈夫みたい。うん、人間って結構頑丈に出来てるわ」
「…………」
カラカラと笑う郭図。
それを見た郭嘉は『駄目だコイツ…!早くなんとかしないと…!』とか思ったとか思わなかったとか。
そんな中、
「あ、やべ!?横顔がチラッとしか見えなかった!!」
郭嘉とのやりとりで田と沮の令嬢二人の顔を見逃した郭図であった。
それからも袁家の軍事パレードは続き、終わる頃には陽が傾き始めていた。
「随分と長い行進でしたね。それだけ袁家に人材が集っていると言う事なのでしょうが、この行進に何か意味でもあるのでしょうか?」
祭りもそうだが、これだけの規模の行進となるとどれだけの費用が掛かっているのやら、と郭嘉が首を捻る。
「んー、理由は色々考えられるけど、一番の目的は袁家の持つ力の誇示かなぁ?
袁家であればこれだけの事が出来るって民衆に見せつけてるんだろうね。つまり、冀州がそれだけ豊かだって証左かな。
後は将や兵に民衆の顔を見せる為かなぁ?その逆もあるだろうけど」
「それだけの為にここまでする、と?」
「効果はあると思うね。少なくとも祭りの盛況さを見る限り袁家は間違いなく民衆の心を掴んでる」
「持っている力を誇示する事で民衆の不安を和らげていると言う事ですか」
「そうなるかなぁ?民だって力の無い者に従って不安定な生活をするのは御免だろうしね」
民の心とは離れ易いものだ。
そして、一度離れた民心を掴むのは至極難しい。
今の漢王朝が良い例だ。
国に力無く、世には賊が跳梁跋扈し、民を護るべき存在の為政者たちの多くがその役目を放棄するばかりか、逆に護るべき民を虐げている。
「私からすると無駄遣いにしか思えませんが……」
「そんな事はないさ。金や物を動かすって事は民に仕事が出来るって事だし。并州から流れ込んだ流民も少なくないだろうから彼らに労働を与えて生活費を稼がせるって名目もあると思う。
恐らくこれは前段階で、次は并州の開拓が始まるんじゃないかな?」
「流民が生活に困り賊に身を落とさない為……ですか」
「多分な。これを考えたのが袁紹殿なのか、それとも周りに侍る誰かなのかは知らないけど、河北で袁紹殿が名高いのも頷ける」
そんな世の情勢の中で燦然と輝いているのが今の袁家だろうか。
元より四世三公の名門であり、この広い中華で最も勢いのある勢力である。
そんな勢力の長が善政を為せばそこに人が集まるのは道理。
先の行進で姿を見せた兵の中にどれだけの流民が居たのだろうかと郭図は思う。
郭図が見た袁家の政策は実に合理的だ。
治安を改善し、民の生活を安定させ、流民を受け入れ、戦える者は兵とし、戦えぬ者には仕事を与える。
安定した治世は民の心を打ち、その噂を聞き人が更に増える。
人が増え、地に根付けば税収が増える。
言葉にすればやっている事は単純だ。
だが、それが出来る為政者がこの中華に何人いるだろうか?
多くの者は目先の理ばかりを見て私服を肥やし、民を顧みない。
きっとそれがこの中華の当たり前であり、袁家がやっている事が異端なのだろう。
「都で悪評が流れても袁紹殿は気にする素振りも無いとはきいていたけどねぇ。これだけのモンを持ってるなら気にする訳もないわな」
「なるほど、袁家の治世とやらに少々興味が湧きました。私も暫し冀州に逗留するとします」
「ん?嘉は仕える先を決めてるんだろ?そんなにのんびりしてて良いのか?」
「別に私は急いでいる訳ではありませんから。それに此処で得る物があれば仕える先でも役に立つでしょうし」
「そっか。まあ取り敢えず会いに行ってみるか」
「取り継ぎ先に宛はあるのですか?」
「んにゃ、オレにはそんなもん無いよ?彧がいれば袁紹殿に直接会う事も出来るだろうって考えてたし。まあでも、田と沮のお嬢様方なら会えるだろ?嘉がいるんだから」
「……随分と行き当たりばったりですね」
「それはしゃーない。オレは彧が立ち直ったら動くって計画だったからなー」
「……事前準備が出来なかったのは私のせいでしたか。それは申し訳ありません」
「良いって良いって。どうせあのままだと父上や母上に家から叩き出されてただろうし……」
「ええ。大層ご立腹で、私が連れ出せなければ親子の縁を切るとまで仰っていましたよ」
「おぉ……。流石は父上と母上だ。容赦がねぇな」
「自業自得です。叔父さまと叔母さまが大切にしていた壺を売ったりするから」
「えっ!?倉庫で埃被ってたぞあの壺」
思わぬ郭嘉の言葉に郭図の顔が若干青くなった。
やべぇ、殺されるかも……とか呟いているあたり郭図も人の子である。キレた両親は怖いらしい。
「その倉庫に私物を大量に押し込んで取り出せなくしていたのは従兄どのですよ?賭博に注ぎ込む銭を捻出するのに私物を売り払う事までは黙認していたのでしょうが、他人の物まで売り払うのは人としてどうなんですか?あの壺は御両親が結婚なされた時の記念として購入された物だったそうですが」
「…………。さて、田と沮のお嬢様方に会いに行くかー」
郭図は現実から目を逸らし逃げる事を選んだ。
多分、暫く実家には帰れそうにない。
自業自得だが。
「話を逸らさないで下さい!袁家でその様な事をしたら叱られるだけでは済まないのですよ!?」
「ダイジョブダイジョブ!ソンナコトシナイヨ〜。HAHAHA☆」
「そっぽ向いたまま何を宣っているんですか!あっ!こら!逃げないで下さい!」
あははは、と引き攣った笑い声を上げながら明後日の方向へ駆け出したバカを郭嘉は慌てて追うのであった。