旅立ち・3
郭図の説得に応じた荀彧。
旅支度が終わると二人は荀爽に別れを告げ屋敷を出た。
別れの挨拶の際、
『由輝くん、娘をどうか宜しく頼む』
そう言って郭図の手を取り深々と頭を垂れた荀爽。
その手は震えていた。
荀彧の事なのか、それとも荀攸の事だろうか……。恐らく両方だろう。
きっとこの時の事は生涯忘れる事はないだろうと郭図は思った。
「んじゃ、行くとしますか」
そう言って郭図がニカッと笑みを浮かべた。
「胡散臭い顔ね」
会心の笑みは荀彧にバッサリと切り捨てられた。
「ひでぇ……」
軽口を叩き肩を竦めるものの、「ま、どうせ仮面だしな」と納得していた。
✩✩✩
「お、やっと来たか。遅せえよ兄貴!待ちくたびれたぜ」
二人が郭嘉、郭援と合流すると暇を持て余していた郭援が文句を垂れた。
時折その視線が荀彧に向けられている所を察するに彼なりに気を使っている事が分かる。
都から戻って来て以来ずっと屋敷に引き篭っていた荀彧が本当に着いて来るとは思っていなかったのだろう。
「わりぃわりぃ、便所に引き篭ってクソしてたら二日経ってたわ」
そんな郭援に合わせる様に郭図が笑って答える。
用足しに二日も掛けたという言い訳は余りにも適当過ぎる気はするが。
そこに郭嘉が口を挟んだ。
「無駄話はそこまでです。時間は有限。ただでさえ予定が遅れているのです。さっさと出発しますよ」
彼女は郭図にも荀彧にも触れない。敢えてそうしているのだろう。
聡い郭嘉である。
郭図が故郷を離れようとしていた事も、それでいて荀彧を気遣う余り行動を起こせなかった事も気付いているに違いない。
彼女は言った。
『ただでさえ予定が遅れている』と。
それは何を指す言葉だったのか。
その答えを郭嘉が言葉にする事はないだろう。
だが、恐らく郭図は察している。
彼女が内に秘めた想いに。
一人で故郷を離れるでもなく、急に郭図が荀彧を連れて行くと言い出しても律儀に待っていた。
「ったく、嘉はせっかちだなぁ。そんなに急がなくても仕官先は逃げねーぞ?」
そう言って郭嘉の肩に手を置いた郭図。
――ありがとな。切っ掛けとしては充分だ――
郭嘉の耳元で小さくそう呟いた。
思わぬ郭図の言葉に郭嘉は一瞬大きく目を見開いたが、――さて、なんの事やら――と、すぐに澄まし顔に戻っていた。
郭嘉の計らいで故郷を離れ旅に出る事になった郭図と荀彧。
果たして、二人は魔窟に囚われた荀攸を助け出す事が出来るのだろうか。
後世で『出ると負け軍師』と揶揄された【郭図】という男の物語が幕を開けた。